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□「袴田事件」発生50年にあたって、袴田巖さんの再審無罪を求める声明

「袴田事件」発生50年にあたって、袴田巖さんの再審無罪を求める声明

2016年6月29日 日本国民救援会
会 長  鈴木亜英

 1966年6月30日未明、静岡県清水市(現在の静岡市清水区)で、味噌会社の専務宅から出火し、現場から専務一家4人の死体が発見された事件、いわゆる袴田事件の発生から50年となります。
 1966年8月18日、この事件の犯人として味噌会社の従業員で元プロボクサーの袴田巖さんが逮捕・起訴されました。裁判では、一貫して無実を訴えましたが死刑判決が確定しました。その後、袴田さんは死刑の恐怖と闘いながら無実を叫び、裁判のやり直し=再審請求を求めてきました。
この袴田さんの半世紀に及ぶ無実の叫びがやっと裁判所に届き、2014年3月27日、静岡地裁は「再審開始」、「拘置の執行停止」の決定を行い、実に48年ぶりに釈放を勝ちとりました。
静岡地裁の再審開始決定は、袴田さんを有罪とする「決定的な証拠」とされた「5点の衣類」や、その他重要な証拠が、捜査機関によって捏造(ねつぞう)された疑いがあると認め、これ以上袴田さんを拘置し続けるのは「耐え難いほど正義に反する」とまで述べて、証拠を捏造した警察や、証拠を隠し続けてきた検察を厳しく批判しました。
しかし、検察は東京高裁へ即時抗告し、再審が開始されることなく2年が過ぎ、袴田巖さんはいまだ「死刑確定囚」のままです。東京高裁は、再審開始決定の決め手となったDNA鑑定について、検察側が推薦する鑑定人だけで検証実験を行うことを決定しました。このままでは、袴田巖さんに対する精神的な拷問が続くだけです。
袴田さんは、死刑囚として48年も刑務所に収監され、自由を奪われ、心身ともに健康を害されました。今、釈放後の袴田巖さんと姉・袴田ひで子さんの日常を撮ったドキュメンタリー映画「夢の間の世の中」が、全国で上映され、感動を呼んでいます。映画の中で、巖さんは「袴田事件は終わった。冤罪はない。死刑制度も廃止した。俺は死刑囚じゃないんだ」と語っています。釈放から2年、誤った死刑判決によって、まだ巖さんは“妄想”の中の自分の世界から抜け出すことがない状態にあります。
事件以来、この半世紀にわたって、世間の冷たい視線を浴びつつも弟の無実を晴らすために巖さんを支えてきたひで子さんも83歳となりました。ひで子さんは、「検察の即時抗告によって、巖が万一収監されることがあれば私が代わって刑務所に行きます」と、今も全国を行脚し、支援を訴えています。そして、この6月には、ノルウェー・オスロで開かれた死刑廃止世界大会で、「事件発生から50年になりますが、巖にとっても私にとっても取り戻すことのできない半世紀です。巖は固く心を閉ざしながらも、必死で生きるための闘いをしていると思いますし、その心の中は張り裂けんばかりの無実の叫びであふれかえっていることと思います」と訴えました。その場で、袴田事件に対して参加者から驚愕の声が寄せられ、ひで子さんに大きな激励の拍手が送られました。
これ以上、袴田さんの命を、そして人生を司法がもてあそぶことは絶対に許されません。
袴田さんの人権救済が実現されなければ日本の司法は世界から厳しい批判を受けることは間違いありません。
 日本国民救援会は、事件発生50年にあたって、東京高裁が検察の即時抗告を直ちに棄却し、遅きに失したとはいえ袴田巖さんと家族の人権を救済し、司法の責任を果たすことを強く求めます。そして、日本国民救援会は、その実現にむけていっそう支援運動を強化する決意を表明します。

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