えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

◆名張毒ぶどう酒事件

三重・名張毒ぶどう酒事件  

2014/10/2更新(署名用紙変更)

事件の概要  

葛尾村落.gif

 1961年(昭和36年)3月28日、三重県名張市葛尾の公民館において開かれた三奈の会(三重県葛尾と奈良県葛尾の生活改善クラブ)の年次総会終了後、懇親会の席上に出されたぶどう酒を飲んだ女性5名が死亡、12名が重軽傷を負うという事件が発生しました。ぶどう酒から有機燐系農薬(テップ剤)が発見されたため、名張警察署は、殺人事件として捜査を開始。ぶどう酒を公民館に運んだ奥西勝さん(当時35歳)が、事件の翌日から連日の取調べを受けて、5日目の深夜に自供したことにより4月3日逮捕され、4月24日、妻と愛人(いずれも事件で死亡)との三角関係を清算するための計画的殺人として起訴されました。
 1審の津地方裁判所は、1964年(昭和39年)12月23日、唯一の物証とされたぶどう酒ビン王冠の歯痕は奥西さんのものとは断定できず、また奥西さんの自白や奥西さんの犯行を裏付ける関係者の(ある時期一斉に検察主張に沿うように変更された、ぶどう酒が届けられた時間経過などの)証言は信用できないとし、無罪判決を言い渡しました。しかし、名古屋高裁は、1969年(昭和44年)9月10日、自白では有罪認定できないとしながら、王冠の歯痕は奥西さんの歯形と一致するという松倉鑑定などを根拠に、一転して死刑の判決を宣告。奥西さんは、2審逆転死刑判決に対して事実認定を争う場を奪われたまま、1972年(昭和47年)6月15日、最高裁第1小法廷の上告棄却により、死刑判決が確定しました。以来、奥西さんは、獄中から何度も再審請求を行ってきました。第5次の再審請求審から日本弁護士連合会の支援を受けています。現在、第7次の再審請求を行っています。
 第7次請求審では、弁護団が提出した新証拠でぶどう酒に入れられた農薬がニッカリンTではなかったことも明らかにされました。自白にもとづいて確定死刑判決が認定した農薬=凶器が違っていたこと明らかになったのです。事件当時、ぶどう酒に入れられた毒物の鑑定人が、検査結果を正しく見ずに、勝手に歪めて結論を出したことによる誤鑑定でした。
 このため、名古屋高裁(刑事1部)は2005年4月に再審開始の決定を出しました。ところが同じ名古屋高裁(刑事2部、門野博裁判長)はこれを取り消してしまいました。理由は、「飲み残しのぶどう酒からも不純物が出ていたのに見落としたかもしれない」「自白があるから」というものでした。
 これに対して、最高裁は「科学的知見にもとづいた判断をせよ」と命じて、決定を取り消し、もう一度名古屋高裁に差し戻しました。(最高裁は、差し戻しなどせずに、直ちに再審開始をするべきと、広く批判されました。)
 差戻しの審理では、あらためて鑑定がおこなわれ、毒物がニッカリンTではなかったことが再度確認されました。ところが裁判所(下山保男裁判長)は、この鑑定を無視、検察官も主張しておらず、証拠上も科学的な知見からもいっさい根拠のない推論(空想)で、「毒物はニッカリンTかも知れない」「自白があるから」として、あらためて再審開始決定を取り消し、再審請求を認めませんでした。科学の解明により、確定死刑判決の認定が根本的に崩れたのに、真理に謙虚にならず、勝手な空想で「何が何でも死刑」というのでは、裁判の名に値しません。2013年には、名張毒ぶどう酒事件の映画「約束」(主演=仲代達矢、樹木希林さんらが出演)が全国で上映され、多くの感動をよびました。
 しかし、最高裁第一小法廷(櫻井龍子裁判長)は2013年10月16日、弁護団の特別抗告に対して、不当にも再審を認めない決定をしました。
 弁護団は第8次再審請求を名古屋高裁に申し立てました。

守る会の連絡先/署名

  <奥西勝さんを死刑台から取り戻す全国ネットワーク> 
  〒 514-0027 津市大門7-15 津センターパレス3F
  津市市民活動センター気付・日本国民救援会三重県本部
  ℡ 090-9922-1596  FAX 059-993-0960

  署名用紙 file一刻も早い再審開始・証拠開示を 奥西勝さんの釈放を求める要請書

■名張事件・東京の会 http://www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/
■名張事件・兵庫守る会 http://www4.plala.or.jp/nabari_hyougo/

その他

 現在、名張毒ぶどう酒事件の映画「約束」(主演=仲代達矢、樹木希林さんらが出演)が全国で絶賛上映中。
 映画「約束」のWebサイトはこちら→http://yakusoku-nabari.jp/



名張毒ぶどう酒事件 略年表

月 日経 過
1961年3月28日事件発生
4月3日奥西勝さん逮捕
4月24日同 起訴
1964年12月23日一審津地方裁判所で無罪判決
1969年9月10日二審名古屋高等裁判所で逆転死刑判決
1972年6月15日最高裁上告棄却・死刑確定
1973年4月15日第一次再審請求(名古屋高裁)
1974年1月9日第一次再審請求棄却
6月4日第二次再審請求
1975年11月21日同 棄却
1976年2月17日第三次再審請求
4月5日同 棄却
9月27日第四次再審請求
1977年3月25日同 棄却
5年18日第五次再審請求
1988年12月14日同 棄却
12月19日異議申立(名古屋高裁)
1991年2月10日名張事件支援全国ネットワーク結成
1995年3月31日異議申立棄却
4月5日最高裁へ特別抗告(最高裁第三小法廷 大野正男裁判長)
1997年11月28日同 棄却
1月30日第六次再審請求(名古屋高裁)
1998年10月8日同 棄却
10月12日異議申立(名古屋高裁)
1999年9月10日同 棄却
9月16日最高裁へ特別抗告申立(最高裁判所)
2002年4月8日同 棄却
4月10日第七次再審請求(名古屋高裁刑事一部)
2005年4月5日再審開始決定(名古屋高裁刑事一部)
4月8日検察側が、異議申立(名古屋高裁刑事二部)
2006年12月26日再審開始決定を取り消し(名古屋高裁刑事二部  門野博裁判長)
2007年1月4日最高裁へ特別抗告
2010年4月5日再審開始取り消しを破棄,名古屋高裁に差し戻し決定(最高裁第3小法廷)

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