えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

布川事件 桜井さん・杉山さん きっぱり無実だ!

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救援新聞7月25日号より抜粋

水戸地裁土浦支部   再審公判はじまる


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 43年の時を経て、強盗殺人の汚名を晴らすときが来ました。
 1967年に茨城県で起きた強盗殺人事件で、桜井昌司さんと杉山卓男さんが犯人とされた布川事件の再審裁判の第1回公判が7月9日、水戸地裁土浦支部で行われました。
 法廷に立った桜井さんは「私は無実です」、杉山さんは「おれは人殺しの犯人ではありません」と、裁判官に向かってきっぱりと述べました。

「恥ずかしくないか」

桜井さん・杉山さん 有罪主張の検察を批判

 傍聴に小さく笑顔を見せて入廷する桜井昌司さん、対照的にやや緊張した表情で歩を進める杉山卓男さん。7月9日におこなわれた布川事件再審の第1回公判に、傍聴を求める622人が集まり、法廷内外には熱気があふれました。

 「あんたたち、恥かしくないのか」

 桜井さんの怒りの声が法廷に響き渡りました。42年前に行われた1審の初公判と全く同じ、2人を犯人とする起訴状を朗読した検察官2人を睨みつける桜井さんと杉山さん。その後ろには22人の弁護団。まさしくこの裁判の正義がどちらにあるのかをはっきりと知らしめる法廷となりました。
 起訴状朗読のあと、意見陳述に立った桜井さんと杉山さんはあらためて「私は無実です。人殺しの犯人ではありません。殺害現場にもいなかった。無関係です」ときっぱりと述べました。杉山さんは取り調べでの自白強要を振り返り、「心ならずも嘘の自白をさせられてしまった自分自身の情けなさと後悔は、この43年間悔やんでも悔やみきれません」と述べ、桜井さんは「警察と検察の不法行為を見逃さないでください」と裁判所に強く求めました。また、家族のことにも触れて桜井さんからは「妻は『2人で選挙に行くのが夢』と結婚式で挨拶した」、杉山さんからは「息子は『人殺しの子ども』と言われている。それを晴らしたい」と胸を打つ発言でした。
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 その後、弁護団が検察を厳しく追及しました。この8年余にわたる再審請求の審理のなかで明らかになった、2人の無実を証明する目撃証言などの証拠を検察が隠していたこと、「自白」テープなどの証拠のねつ造を鋭く指摘。「違法・不当な捜査によって誤った確定判決へと導いた検察に、有罪を主張する資格はない」と批判し、無罪判決しかありえないと強調しました。

 再審裁判で検察はあらためて有罪立証をするため、被害者の口に詰められていた下着などのDNA型鑑定をおこなうなどと主張していました。この点について、弁護団は意見書と合わせて、法廷でこのDNA型鑑定の危険性を指摘。そもそもDNA型鑑定をおこなうための適正な保存がされておらず、さらには取り調べでも何度も、桜井さん、杉山さんの前に現物を示されたような証拠のDNA型鑑定は信用性がないどころか、新たな冤罪を生みかねない危険きわまりない主張だと厳しく批判しました。

 また、その一方で、検察が隠していた、犯行現場の被害者宅前で、桜井さん、杉山さんとは違う人を見たとする目撃者の供述調書の証拠調べに同意しないという検察の姿勢を厳しく批判しました。弁護団は再審請求審でなされた8年間の充実した審理を尊重すべきで、これまで主張していなかったことをあらたに主張するのは許されないとし、検察は弁護団の請求している証拠調べに同意し、DNA型鑑定の請求を撤回すべきと主張しました。

 検察は起訴状だけでなく冒頭陳述までも「原審(有罪となった一審)の通り」の一言で済ませ、またDNA型鑑定について「(弁護団の意見書に対して)反論がありますか」と裁判長が尋ねたのに対して、「ないとはいえない」と答えるなど、無責任な態度を繰り返しました。裁判長は「意見があれば早急に提出するように」と検察に念押しするなど、迅速な審理を進めたい意向が見受けられ、DNA型鑑定などの証拠を調べるかどうかに関しては、次回(7月30日)以降に決めることとなりました。

 次回公判では「自白」テープの再生や弁護団がおこなった再現実験の映像などの証拠が調べられることとなっています。

「一日も早く無罪を」

支援者が駅前で宣伝行動

署名ありがとう!

 公判中、支援者は小雨が降るなか、土浦駅前で宣伝行動をおこないました。ビラを受け取った男性が無罪判決を求める署名用紙にサイン。話を聞くと、「苦しんでいる人は助けなくっちゃね」と笑顔で話しました。また、地元の男子高校生グループも、「マジで?そんなので犯人にされてんの?」と声を上げて驚き、署名しました。地元茨城での関心の高さもあり、多くの通行人がビラを受け取り、署名に協力しました。

 記者会見では守る会の代表世話人・清水誠さんが「攻めて、攻めて、攻め抜いた弁護団」と評し喝采が湧きました。当日は守る会から80人の参加者をはじめ、足利事件の菅家利和さん、守大助さんのご両親、ジャーナリストの江川紹子さんなど各地から支援者が駆けつけました。
 守る会では毎月の裁判所要請と土浦駅前での宣伝行動、公判傍聴をひきつづきおこない、一日も早い無罪判決を求めていきます。また、9月10日の第3回公判後から11日にかけて、第20回全国現地調査もおこないます。
 桜井さんは支援者の前で、「今日という日を迎えられたのは、ここにいるみなさんのおかげです」と笑顔を見せました。最後の最後まで運動を広げきって、無罪判決を早急に勝ちとりましょう。

《要請先》 〒300-0043  茨城県土浦市中央1-13-12
                  水戸地裁土浦支部 神田大助裁判長



無罪判決への第一歩

証拠のデッチ上げ追求する...桜井さん

他の冤罪事件に勇気与える...杉山さん


インタビュー風景

桜井 第1回公判が始まり、ようやく無罪判決に向かってスタートし、ほっとしました。検察官が42年前と同じ起訴状を読み上げました。改めて読み上げられると非常に腹が立ってきました。よし、やってやるしかないな、という気持ちです。
杉山 今日は穏やかな気持ちで裁判に臨もうと思っていたんですが、桜井の興奮が私にも伝わってきたので、落ち着けと自分に言い聞かせていました。無罪判決までもう少しがんばっていこうという気持ちになりました。

__検察は法廷で消極的でしたが...

杉山 有罪立証をすると言っていますけど、立証するだけのものがないんでしょう。だからああいう消極的な態度になってしまうんだと思います。
桜井 そもそも検察というのは再審請求において何の立証もしてこなかったんですね。ですから、弁護団と検察の証拠や資料に差があるのは当然です。検察がDNA型鑑定をするといっていますが、往生際の悪さを感じます。

__他の冤罪事件について...

桜井 冤罪事件はウソの自白で始まり、それをカバーする警察のデッチ上げ、検察の証拠隠しによって作られます布川事件を通じて、全国のみなさんに冤罪事件というのは証拠をデッチ上げられているんだということを訴えたいですし、もっと厳しく検察や裁判所を見ていただきたいという思いを伝えていきたいと思います。そして、布川事件の中で、できたら検察の証拠開示を義務づける“証拠開示法”のようなものを作って、冤罪事件で苦しむ人の力になりたい。
杉山 布川事件は「自白」だけで有罪となり、検察の証拠隠し、「自白」テープの改ざんが明らかとなった冤罪のオンパレードなんです。布川事件が勝ったら、他の冤罪でたたかう人たちに勇気を与えることができると思います。布川事件に他の事件も続いてもらいたい。


関係者のコメント

国民救援会茨城県本部 横倉達士事務局長

 「布川事件と出会って、35年ほどになる。再審裁判で負けるとは思っていない。早く無罪判決を勝ちとりたい」
    
足利事件・菅家利和さん

 「間違いなく無罪が出ると思う。2人は無実なんだから、無罪にしなきゃ生けない。桜井さんと杉山さんが無罪になったら、一緒に他の冤罪事件の犠牲者の支援活動をしたい」
     

宮城・筋弛緩剤冤罪事件・守大助さんの母・祐子さん

 「2年前の今日、大助が千葉刑務所に収監されました。朝、東北道を走ってきましたが、、2年前の同じ時間、大助もこの道を通ったと考えると、涙があふれました。『桜井さんと杉山さんが勝ったら、次は大助だよ』と、車中から声をあげました」



“冤罪の根” 断罪を

ジャーナリスト 江川紹子さん

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 この裁判で罪に問われるべきは、やはり検察であり、裁判所だと思います。
いま、いろいろな冤罪の問題が出てきていますが、検察の証拠隠しが大事なポイントだと思います。大阪の郵便不正事件でも、検察官のメモが全部廃棄されているんです。検察官が自分たちの不利益になるものを隠蔽したり廃棄することは、現在でもおこなわれています。裁判所は、冤罪の元になった検察の証拠隠しの体質をきちっと断罪すべきだと思います。
 検察は40年以上も苦しんできた人に対して、証拠隠しをしたり有罪立証を新たにしようとする態度を示しています。組織防衛のつもりかもしれませんが、「真実の発見や正義よりも、組織防衛のほうを優先するのか」と国民に思われたら、検察としてマイナスになると思います。裁判員制度で、国民が検察の主張を聞いて、有罪か無罪を判断するときに信用されません。
 菅家さんの無実が明らかになったとき、謝罪をしたことで、警察や検察の評価は一瞬ですが上がりました。「間違ったら謝ってくれる」というところで、すべてとは言いませんが、国民は評価します。検察は国民のそう言った面を信頼していないのではと思います。



弁護団の意見陳述(要旨)


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 再審開始までに32年もの歳月が経過し、事件から43年が経過している。司法がなぜ無実の2人に強盗殺人犯の汚名を着せ、苦難の人生を強いてしまったのか。再審公判では2人の無実を速やかに明らかにするとともに、冤罪が生み出された原因が明確にされなければならない。
 2人は無実である。(原審の一審以来)無罪の主張は6度にわたって退けられ、獄中生活は29年余に及び、逮捕当時20歳と21歳の青年だった2人は還暦をこえたが、無実の訴えはいささかも揺らぐことはなかった。42年余、1万5000日を超す生涯をかけた訴えは、それだけで無実を明らかにしている。

冤罪の原因

 8年余に及ぶ再審請求の審理は、警察および検察による数々の違法・不正の行為が、誤った確定判決を招いたことを明らかにした。2人の無罪立証に役立つ多数の証拠が収集されていたが、捜査官はこれらの証拠を蒸し・軽視して、自白に追い込んだほか、目撃供述をことごとく捜査の都合にあわせて変容させた。それどころか桜井テープには11カ所の編集痕があることまで明らかとなった。
 2人と犯行を結びつける確実な証拠は何一つ見いだせず、検察官は自らつくりあげた供述証拠を根拠として、2人を無理矢理起訴に持ち込んだのである。
 公判においても、目撃証人の初期の供述調書など、審理に必要不可欠な証拠を公判に提出しようとせず、編集痕のあるテープの開示を避けるため、取調官の偽証まで許してしまった。

検察は謝罪を

 弁護人は検察官に対しこれらの違法・不正な行為について謝罪を申し入れたが、検察官はこれに応じないので、公開の法廷においてあらためて検察官の意見をうかがいたい。
 43年、2人にいわれなき強盗殺人の汚名を着せ、苦難の道を歩ませたことについて、心から謝罪をすべきであり、自らの違法・不正を猛省し、自らを厳しく律するべきと考える。

再審公判の使命

 本再審公判の使命の第1は、2人に一刻も早く、無罪判決を宣告し、救済をはかることである。以下の2点を強調しておきたい。
 8年余に及ぶ審理の結果である再審開始決定を尊重すべきである。再審の目的は無辜の救済であることをかんがみれば、謝罪も反省もない検察官には、あらたな有罪立証をおこなう資格はないというべきである。
 本再審公判の使命の第2は、確定審が誤判に陥った原因を明確にすべきことである。

早期の無罪判決を

 検察官は、いまなお何らの謝罪もないまま、本再審公判の進行を妨害し、確定判決と離れたあらたな有罪立証を試みようとしている。それは、重要な目撃者の供述調書を、再審公判の証拠とすることを拒否したことである。また、取調時に2人のDNAが混入した危険性がある下着の鑑定を請求していることである。検察官には請求する資格などなく、DNA型鑑定請求を直ちに撤回し、審理の迅速な進行に協力することを求める。
 検察官がこの要求に応じないのであれば、裁判所は道理のない鑑定を速やかに却下し、2人に対し早期に無罪判決を宣告するよう求める。



布川事件のあらまし

事件のあらまし.gif

 1967年8月に、茨城県利根町布川で、男性が殺害され、現金が奪われる強盗殺人事件が発生。警察は、近くに住む桜井昌司さんと杉山卓男さんを別件逮捕し、殺害したとウソの「自白」をさせます。

 2人は公判で無実を主張しますが、1,2審とも無期懲役判決で、78年に最高裁で確定します。96年に仮釈放されるまで、逮捕から29年間を千葉刑務所などで過ごしました。

 獄中から再審請求(第1次)をするものの棄却。2001年に、再び再審請求をおこないます。06年に水戸地裁土浦支部で再審開始決定。09年に最高裁で確定しました。

崩れた「自白」

 殺人事件と2人を結びつける客観的証拠(指紋や遺留品など)は一切なく、2人のウソの「自白」と、それを補強する6名の「目撃」証言だけが有罪の根拠でした。再審を求める審理で争点となったのは、2人の「自白」の信用性でした。
 再審開始決定は、殺害方法についての「自白」が、客観的証拠と矛盾することから、「自白」全体の信用性に疑問を投げ、他の証拠とあわせて再検討しました。その結果、不自然な変遷や、真犯人しか知らない「秘密の暴露」がないことなどは、捜査官の誘導による可能性が大きいとして、「自白」の信用性を否定。2人を有罪とした裁判所の判断に疑いが生じたとしました。

証拠の改ざん

 再審を求める審理でもう一つ焦点になったのは、検察の証拠隠しと証拠改ざんでした。検察は、「被害者宅で2人とは違う容姿の人を見た」という目撃証人をはじめ、被害者宅にあった毛髪が2人のものと異なる鑑定書など、2人に有利になる証拠を検察は隠し続けていました。これらは弁護団の追求を受けてようやく開示されました。また開示された桜井さんの「自白」テープには、11カ所にテープが途切れる編集痕があり、2人の不利になるように改ざんされていたことが明らかになりました。

ひろがる支援

 支援運動は、2人が獄中にいるころからはじまりました。数多くの手紙が刑務所に届けられ、何人もが激励の面会に訪れました。毎年の現地調査をはじめ、無数の学習会と宣伝をおこない、事件の真実を広げてきました。第2次再審請求後は、毎月裁判所要請をおこない、全国から10万を超える署名や要請ハガキが寄せられ、各地で支援コンサートや演劇、美術展、映画などが開かれました。再審開始は、支援運動と当事者、弁護団がひとつになってたたかい、勝ちとった成果です。

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