えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

救援新聞2011年 4月 5日号より

■救援新聞2011年4月5日号に掲載された主な記事

東日本で巨大地震     

被災地の県本部は困難の中、活動      会員の安否を調査

 3月11日午後2時46分ごろ、三陸沖を震源とする巨大地震(東日本大震災)が発生し、東北地方を中心に甚大な被害が生じました。巨大津波を受けた岩手、宮城、福島の被害が大きく、沿岸部の会員が被災しました。現在、被災地の県本部が安否の確認をつづけています。
 この地震で、宮城県では震度7を観測。地震の規模を示すマグニチュードは9・0と、国内での観測史上最大の地震となりました。
 地震発生後、東北地方沿岸部には巨大津波が押し寄せ、街が水没し壊滅的な被害となりました。多くの被災者が、避難所での避難生活を余儀なくされています。
 津波の被害が大きかった宮城、岩手、福島などでは、いまだに沿岸部を拠点にする会員と連絡がとれていません。現在、県本部が安否の確認に奔走しています。
 揺れの大きかった青森、秋田、山形、茨城などでは、会員の無事は確認できましたが、ガソリンなどの燃料不足によって移動が困難になり、活動に支障が出ています。
 原子力発電所の放射能漏れが発覚した福島県では、県民が次々と県外に避難。物流も滞り閉鎖する商店も増えるなど、街が静まり返っている状況です。
 こうしたなか、被害の大きかった石巻市に暮らす宮城県本部の庄司捷彦会長から、3月21日、被災後初めての通信が中央本部に届きましたのでご紹介します。


この街に生きる人として 

宮城県本部会長・庄司捷彦  

 震災から10日目。あの一瞬の振動がこんなにも大きな災害を引き起こしたなんて信じられない気持ちです。
 懐中電灯や蝋(ろう)燭(そく)の明かりで数日間を過ごしました。地震、津波そして火事に襲われて、南浜町という一つの街が消えました。高台からの眺望はまるで「ヒロシマ」の風景です。
 自分の娘や弟夫婦、事務員とその家族らの安否確認に数日を要しました。犠牲者の知らせも少しづつ寄せられてきています。
 停電が続いたのでテレビが見られませんでした。自分たちの受けている災害が、どのような規模のものか、津波の様子はどんなだったのかなどの状況は、リアルタイムでは何も見ていないのです。
 4日前に電気が、3日前に電話が通じるようになりました。知人から安否確認の電話を頂き、私の声に「生きていたのですね」と安堵してもらいました。
 本当に幸運ですが、私の自宅も事務所も、裁判所も高台にあり、地震被害も微少でした。
 外で出会った知人らと互いの無事を確認しあった時の言葉は「いのちあってよかったね、一緒に頑張ろうね」というものです。
 一昨日町内会が配布した「救援物資」は、「一世帯あたりカップラーメン1個」でした。
 復興までの道程が果てしなく遠くに感じられますが、この街に生きる人間の一人として、小さな力を尽くしたいと思います。人生からの引退を押し止められた思いです。


被災地レポート  

 震災によって大きな被害を受けた宮城、岩手、福島県本部では、懸命に支部や会員の安否の確認が続けられ、救援に向けたとりくみがすすめられています。各県の被災状況と、困難ななかでの活動の様子を伝える報告が届きましたので紹介します(3月20日時点)。

安否確認に奮闘 宮城県本部からの報告  

 かつて経験したことのない規模の地震でした。
 3月11日、私は重税反対統一行動での国公法弾圧事件の署名活動を終え、仙南支部の役員とともに車で仙台市内に戻る途中でした。高速道路の出口を降りたとき、激しい揺れに襲われました。
 5~6分ほど車がひっくり返りそうなほど揺さぶられ、ハンドルを握って耐えました。自宅に戻ると、屋根の瓦が落ちて散乱。近隣の家も同様の状態でした。
 数分おきにくる激しい余震に襲われながら、ただちに仙台市中心部にある救援会県本部の事務所へ。事務所の書棚やロッカーの本や備品が床に落ち、書類が散乱し足の踏み場がありませんでした。
 電車やバスなどすべての交通機関がストップ。道路はほとんど車が進まない大渋滞で、歩いて自宅へ帰る人の列が延々と続いていました。電気が止まっており、日没になると街は真っ暗になりました。
 翌12日、震度4クラスの余震に怯(おび)えながら事務局の三浦さんとともに事務所を片付けました。その後、県内の救援会員の安否確認をおこなお うとしましたが、沿岸地域は電話回線が切断されており、電話が通じません。道路も水没するか瓦(が)礫(れき)で埋まっており、直接近づくことさえでき ず、安否確認は困難を極めました。被災地の会員や、18日の合葬追悼会に参加される予定だった11人の方がたへの連絡に全力でとりくみました。しかし、石 巻支部、気仙沼支部、仙南支部、仙台市若林区、宮城野区などの少なからぬ会員の安否を確認できませんでした。
 13日に電気が復旧。15日から16日にかけてようやく携帯電話、電子メールがつながるようになり、それとともに関係者の様子が伝わってきました。
 県本部の堤副会長も会員の安否確認に奮闘。仙台・太白支部の宮野支部長は、地域の救援活動のボランティアをしているという報告が伝わってきまし た。海岸近くに住んでいた会員の菊地さんは、たまたま小学校にいたときに被災したため、子どもたちを安全な場所に避難させていたことがわかりました。
 ずっと連絡がとれなかった仙台筋弛緩剤冤罪事件の守大助さんのご両親からは、16日の夜にメールが。「2人とも無事です。電気はつきましたが、ガス、水道はまだです。ガソリンがなく出かけることもできません」
 18日には、津波の被害が大きかった石巻市にいた県本部の庄司会長から被災後初めての電話が。数人の救援会員らとともに被災地での安否確認などの活動をしていることが報告されました。
 続いて電話があった石巻支部の芳賀さんは、支部の常任委員と数人で、名簿をもとに会員の家を一軒一軒訪ねているとのこと。自転車で20~30キロを走らねばならず、バイクが数台欲しいと切なる訴えがありました。
 こうしたなか、行方不明になっていた石巻支部事務局長の斉藤定夫さんが津波によって亡くなられていたことが、親族によって確認されました。
 19日現在、ようやく水道も復旧。路線バスや一部の地下鉄は運行を再開しました。しかし、極度のガソリン不足のために、車で移動することができま せん。給油所には何百台もの車が列を作っています。私も自宅と事務所の往復が困難なため、毛布にくるまって事務所に泊まり込んでいます。このため、役員を 集めて会議を持つことも今のところできていません。
 兵庫県本部、岐阜県本部をはじめ、全国からのお見舞い、激励、連帯のメッセージが次々と寄せられています。深く感謝申し上げるとともに、全国の被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
 被災以降、東北地方に寒波が押し寄せ、激しい雪が振り続きました。木々の上にも、屋根にも、道路にも、車にも、7~8センチ程つもりました。春の雪とい うには、あまりにも非情な雪です。電気も暖房も毛布も食料も水も衣料も医薬品も何もない、愛する人を失った被災地の方がたが心配です。そして原発の恐怖に 怯える人々。国の対応はすべてが後手後手です。これ以上の惨事の拡大がないことを、ただ、祈るのみです。人間の善意と無限の可能性を信じながら。(事務局 長・吉田広夫)

放射線対策を要請 福島県本部からの報告  

 地震と津波の被害により、県東部沿岸にある福島第一原子力発電所の原子炉が制御不能になり、放射能の大量流出を起こした事故の影響が深刻な被害をもたらしています。
 退避指示が出された原発から20キロ圏内の市町では、住民が次つぎと住み慣れた街を離れて避難生活をしています。県内で生産された牛乳やほうれん草から 基準値を超える放射線が検出されたほか、県本部がある福島市でも、水道水から放射性物質であるセシウムが検出されており、放射能による汚染が深刻になって います。
 さらに、避難した地域の会員とはほとんど連絡がとれず、沿岸部にある5支部とはいまだに連絡がとれておりません。ガソリン不足も深刻で、役員で集まって会議をすることができない状態です。
 県本部ではこうした状況のなか、被災した当該県本部としてできうる限りのことをしようと関係者と協議し、郷土の将来を担う子どもたちを放射能による諸害 から守るために、体内被曝を軽減させるためのヨウ素剤を住民に投与する体制を整えるよう、3月16日に要請書を福島県知事や福島市長宛てに送りました。中 央本部を通じて、同趣旨の要請を菅首相、厚労相などに対しておこないました。(事務局長・石川信さん)
 原発事故は、市民生活に大きな影響を与えています。
 ガソリン不足によって物流が機能停止し、県内では物資不足が深刻になっています。いつも自動車で満員になる福島市内の大型スーパーは閉鎖。店を開いても 4時間程度の縮小営業のため、行列に並んで物資を買い求めなければなりません。工場などの操業が停止しているため、従業員は自宅待機を余儀なくさせられ、 小さな子どもがいる家庭は、被曝をおそれ外で遊ぶこともできません。街行く人はみな放射線防御のためにマスクと帽子をかぶっていますが、歩いている人はほ とんどおらず、まるでゴーストタウンのようです。ガソリンの給油待ちで徹夜の行列ができることも珍しくありません。
 私たち夫婦は、日本共産党と農民連が実施している避難所で炊き出しを手伝っていますが、今日はレタスときゅうりが手に入ったので、サラダを作って出した ところ、「地震のあと、初めて生野菜を食べた」と喜んでくれました。しかし、避難所からも被曝を恐れて県外に退避する人が出ていて、2千人が避難していた 体育館では、いまは半分ほどになっています。(常任委員・目黒幸子さん)

中央本部が対策本部を設置し、救援活動を開始  

 被災した県本部への支援活動をすすめるために、国民救援会は3月15日に中央本部内に救援対策本部を設置しました(本部長・鈴木亜英会長)。東日 本大震災救援ニュースを随時発行して、現地の状況を全国に発信し、各地から寄せられた激励やカンパを被災地県本部へ届けます。また、被災地の県本部へ、救 援物資を積んで激励におとずれることを決定しました。
 被災地の惨状が伝えられるなか、各地の国民救援会が募金活動を開始しました。
 愛知・天白支部は、3月17日に定例の宣伝行動と合わせて募金活動。寒風吹きすさぶなかで、「寒いけど、現地はもっと寒い。がんばろう」と激励し合って行動しました。
 同じく愛知・尾北支部では、会員宅を直接訪問して募金を募っています。大野邦夫支部長は、「270人の会員宅をまわって、善意を募金とともに現地に届けたい」と話しています。
 大分県本部では、3月19日、常任委員会終了後、大分市内で被災者支援の募金活動をおこないました。小学生から子ども連れのお母さん、お年寄りなどが募金に応じてくれました。

被災されたみなさまへ 国民救援会中央本部会長・鈴木亜英  

 東日本大震災により、地震と津波で多くの尊い人命が失われました。ご遺族に対し謹んで哀悼の意を表します。また、家を奪われご家族の行方さえ分か らないまま、不安のなかで避難所暮らしおよび屋内待機を余儀なくされている方がたに対し、まずは心からの同情をお寄せ申し上げます。
 消息不明になった方を含め、幾千人を超える犠牲者が出たことが報道されるなか、日本国民救援会は会員の安否を心配して連絡をとり続けております。残念な がら亡くなられた方がいらっしゃいます。県本部と支部の連絡がとれない事態、交通遮断と生活物資の途絶など生活不便を強いられている方がいらっしゃるなど の情報が次つぎ寄せられています。
 国民救援会は3月15日、中央本部に救援対策本部を設置しました。被害の大きかった岩手、宮城、福島各県本部などと連絡をとりながら会員及びご家族の安 否、被災地の情報収集をしております。救援対策本部は被災地支援の一環として、救援募金を開始しております。皆様の善意をお寄せ下さい。
 都道府県本部及び支部ならびに会員の皆様。地震、津波、火災、被曝など未曾有の難局をなんとしても乗り越えるべく、日頃の活動のなかから培われた惻隠の 情を今こそ発揮しようではありませんか。皆様にニュースをもって被災地の様子を刻々お届けしながら、現地での人命救助支援や、今日とりわけ重要な災害関連 死を最小限に食い止めるとともに、不安と不便を多少なりとも軽減することを当面の目標に、救援対策本部は最大限の努力をしてまいります。皆様のご理解とご 支援を呼びかけるものです。


滋賀・日野町事件の阪原弘さんが死去  

 滋賀・日野町事件の当事者・阪原弘(ひろむ)さんが3月18日午前3時45分、入院していた広島市内の病院で亡くなられました。享年75歳。21日、支援者らを含めて告別式が厳粛に執りおこなわれました。
 阪原さんは84年12月に起きた強盗殺人事件の犯人にされ、広島刑務所に収監されていましたが、昨年11月から食事が食べられず、免疫力が落ち、重篤な 状態に陥っていました。弁護団の要求をうけ、12月にようやく広島地検が刑の執行停止を決め、外部の病院に移送されましたが、今年1月に痰が喉に詰まり、 意識不明の重体となっていました。
 阪原さんは執行停止直前に弁護士と面会した時には既に口もきけず、ストレッチャーに乗せられた状態でした。家族や守る会、国民救援会をはじめ、支援者ら はかねてから阪原さんの健康状態を踏まえ、刑の執行停止を求め続けていました。再審請求を家族が継承するかどうかについては、今後、弁護団・家族・対策委 員会で検討されます。


福井・女子中学生殺人事件で名古屋高裁金沢支部へ要請  

 無実の前川彰司さんが殺人事件の犯人とされた福井女子中学生殺人事件の一日も早い再審開始を求めて3月8日、名古屋高裁金沢支部へ第14次の要請行動がおこなわれました。要請行動には、国民救援会福井、石川、富山、三重の各県本部と中央本部から20人が参加しました。
 要請では、前川彰司さんの父・禮三(れいぞう)さんが「一審は完全な無罪判決でした。この事件で息子が逮捕されたことで家庭は滅茶苦茶にされ、彰司の母 親も息子の汚名を晴らすことができずに亡くなりました。無念であり本当に腹立しい」と訴えました。参加者は、「1月におこなわれた法医学者の証人調べに よって、前川さんの無実がいっそう明らかになった」と、一刻も早い再審開始決定を強く求めました。
 福井県本部の五十嵐事務局長が全国から寄せられた署名1889人分を提出。累計で2万2139人分、237団体となりました。
 また、前日の3月7日、弁護団は最終意見書を裁判所に提出しました。すでに2月末に検察も意見書を提出しており、再審請求審は大詰めを迎えています。福 井県本部では、全国から再審開始を求める署名やハガキを裁判所に集中することを求めています。次回の要請は、4月27日午後1時半からおこなわれ、要請後 に市民集会も予定されています。

〈要請先〉〒920―8655 石川県金沢市丸の内7―2 名古屋高裁金沢支部・伊藤新一郎裁判長


東京・東電OL事件でゴビンダさんの妻が来日  

 「無実のゴビンダさんを支える会」の招きで、3月11日、ゴビンダさんの妻ラダ・マイナリさんがネパールから面会のため来日しました。折悪く東日 本大震災が重なったため、14日から19日までゴビンダさんに連日面会し、1カ月の滞在予定を早めて21日に帰国。4月2日に予定されていた支援集会も急 きょキャンセルになりました。(無実のゴビンダさんを支える会・客野美喜子)


茨城・布川事件の判決日が延期 5月24日に  

 水戸地裁土浦支部は3月14日、茨城・布川事件の再審裁判の判決日(3月16日)の延期を決定しました。東日本大震災による交通機関の混乱等のためとしています。
 なお、判決期日は5月24日に指定されました。

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