えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

救援新聞2011年5月25日号より

福井女子中学生殺人事件

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 「息子の無実を晴らす最後の機会」__殺人事件の犯人とされた息子・前川彰司さんの裁判をやり直すため、動かぬ体を奮い立たせて支援要請に奔走する父・禮三さん。再審を開くかどうかの決定が夏にも出されようとしているいま、禮三さんの思いを伺いました。(編集部 山下)

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 ”女子中学生が刃物でメッタ刺し”__1986年、福井市で凄惨な殺人事件が起きました。
 「県内で起きた珍しい大きな事件。どのマスコミも取り上げていました」。彰司さんの父・禮三さんは振り返ります。
 翌月シンナー遊びをしていたグループのつながりから、彰司さんのところに警察が聞き込みに訪れました。「食事会をやった日だ」。事件が起きた日、彰司さんの姉夫婦を招き、自宅で食事会が開かれていました。警察には、近所の中華料理店に頼んだ料理、会話したことまで包み隠さず話しました。彰司さんには完全なアリバイがあったのです。さらに、彰司さんは被害者の女子中学生とは全く面識がありませんでした。「警察はこの時点で、息子が事件と関係がないことはわかっていたんです」と禮三さんは話します。

現地調査のお知らせ.gif

 犯人が見つからないまま半年が過ぎました。その頃、彰司さんと同じ中学の1年先輩で、覚醒剤取締法違反などで逮捕された暴力団関係者が、「事件の翌朝、自分のマンションに前川彰司が訪れた。胸や靴には血がついていた」などと警察に言い出しました。自分の罪を軽くしてもらうためのウソでした。しかし、捜査に行き詰まっていた警察はこのウソに乗り、彰司さんを犯人にする「捜査」が始まりました。
「家庭では、『何もやましいことがないんだから、堂々としていろ』と言っていましたし、妻も『警察が尾行しているなら悪いこともできなくてちょうどいい』なんて言って笑っていました。
 事件当日に食事をしていた家族は彰司さんが無実であることを一番よく知っていました。

ウソが現実に

 しかし、87年3月29日、彰司さんは突然逮捕されます。警察の暴力的な取り調べに耐え無実を訴え続けますが起訴され、裁判が始まりました。

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 法廷でウソの供述をした暴力団関係者の尋問が行われました。血がついていたと主張する場所、彰司さんを匿ったという人物、事件の核心ともなる血のついた服を捨てた場所さえも変遷。その変遷の理由もありませんでした。
「素人でもウソだと見抜ける証言だった」と禮三さん。この人物が、同棲していた女性に留置場から宛てた手紙(右)には「殺人事件のことが、俺の情報で逮捕されれば減刑してもらえる」などと書かれてあったことも明らかになりました。一審は、このウソの証言についてはっきりと「信用できない」と指摘し、殺人について無罪の判決を言い渡しました。ところが二審は、証言は「信用できる」とまったく逆に評価。彰司さんに懲役7年の逆転有罪判決を言い渡しました。
 禮三さんは二審判決について、「検察は新しい証拠を1つも出していません。無罪を確信していたので、判決日には職場の仲間とパーティーを開こうと準備していました。それが全く同じ証拠で正反対の結論になるとは思ってもみませんでした」と振り返り、肩を落としました。

家族が奔走し

 禮三さんはその後、同じ北陸・石川県の山中事件の無罪判決で、国民救援会のことを知り、支援を要請しました。彰司さんの母・真智子さんは、禮三さんが退職するまで支援の訴えに走りました。「自分が取り調べで彰司のアリバイをもっと強くしていれば」。息子を奪われた、行き場のない悔しさを支援の訴えに注ぎました。
 名古屋高裁金沢支部に再審請求する1ヶ月前の04年7月、真智子さんは亡くなりました。「彰司は絶対やっていない__それが妻の遺言でした」と禮三さんは涙をにじませます。
「国民救援会には言葉にできなほど感謝しています暑い日も吹雪の日も、街頭に出て、あるいは署名に協力してもらうために、支援を訴えていただいています。また、彰司の刑が確定してからは、金沢、岡崎の刑務所への面会に、県本部の金子さんが一緒についてきてくれました。ここまで支援してくれる人って他にいるでしょうか」
 そう話す禮三さんも、幾度も裁判所・検察庁に要請に向かい、「家庭をメチャクチャにされた。誰が償ってくれるのか」と思いの丈をぶちまけました。

再審へ道開く

 いま、ようやく裁判所が動きを見せています。08年、支援者と弁護団の奮闘で、検察が隠していた証拠のうち、66点が開示されました。弁護団はこの開示された新証拠もふまえて、彰司さんの無実を強く訴えました。今年1月、、弁護団と検察側双方の証人尋問が行われ、検察側の証人でさえも、確定審での有罪判決の認定が誤りであったことを認めざるを得ませんでした。
「本人も気にしているのでしょう。10日に1回私の元に届くハガキには私の健康を気遣う言葉とともに、必ず再審請求の審理について尋ねてきます」
 3月には双方の最終意見書も裁判所に提出され、いつ決定が出されてもおかしくない重要な段階を迎えています。北信越ブロックの国民救援会は1月、3月と要請行動をおこない、、4月27日に金沢で開かれた集会には130人を超える支援者が駆けつけました。禮三さんも体調が悪い中、5月8日におこなわれた長野県本部委員会で県本部の五十嵐事務局長とともに支援を訴えました。6月には第3回目となる全国現地調査がおこなわれます。
「わたしはこの再審請求に命をかけています。生きているうちに息子の無実を晴らす機会はこれで最後かもしれません。皆さん、助けてください。その一心です。私の力だけでは、無実を訴える思いは裁判所に届きません。全国から多くの人の思いがうねりとなって裁判所を飲み込む力となるよう、今一度ご支援をいただきたいと思っています」



鹿児島・大崎事件

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原口さんが意見陳述          冤罪背負った人生語る

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 5月11日、鹿児島地裁で第2次再審請求審をたたかっている大崎事件・原口アヤ子さん本人の意見陳述が行われました。
 意見陳述で原口さんは、事件があったとされる10月12日の夜の行動、そして見たこと聞いたことを詳しく述べ、原口さんが「事件」に関与していないことを述べました。
 意見陳述は非公開で行われました。弁護団によると、原口さんは「殺すなんていう恐ろしいことはしていないのです」と無実であることを訴え、「私に残された時間は少ないです。一日も早く再審開始がなされ、無実の罪が晴れることを願っています」と切々と訴えました。
 また、無実の罪で懲役10年の刑を言い渡されてから後に、、冤罪事件被害者としてどれだけ悲惨な人生を歩んだのかを語り、「親として、2人の娘とその家族の人たちに肩身の狭い思いをさせ、苦労させたことを心苦しく思います」と心境を訴えました。
 非公開の意見陳述の間、支援者は鹿児島市一の繁華街・天文館で宣伝署名行動をおこないました。宣伝・署名行動には、約30人が参加し九州各県からの参加者代表がマイクをとり、原口さんの無実と鹿児島地裁宛の署名を訴えました。1時間半ほどの行動でしたが、ビラ500枚を配り、署名が191人分集まりました。

事件と無関係.....無実は明らか

 午後からは、意見陳述報告集会がおこなわれ約70人が参加しました。報告集会は、最初に昨年の第2次再審請求申立時に鹿児島で放映された大崎事件の特集報道を上映し、その後、弁護団報告として、原口さん本人の意見陳述の内容と大崎事件について3人の弁護士が報告しました。
 弁護団の報告の後、国民救援会の九州各県と首都圏の会の代表がそれぞれの支援活動について発言し、最後に、原口さんが、日頃から支援者の皆さんにお世話になっていること、しかし、冤罪を晴らさない限り、自分は死ねないことを訴え、これからもぜひ支援してほしいと強く訴えました。



東京・痴漢えん罪西武池袋線小林事件

新緑の中ピクニックへ


ピクニック風景

 痴漢えん罪小林事件支援する会は4月29日、東京・井の頭公園でピクニックをしました。
「ピクニック」とは、郊外などで個々人が軽食などを持ち寄り、おしゃべりしながら楽しむこと。この日は15人の参加で、参加した人の中には、タケノコなどの煮物や炊き込みご飯などを作ってきてくれる人もいる豊かな屋外ランチとなりました。
 支援事件は暗い気持ちになりがちです。小林事件では、毎年春にお花見をしていましたが、今年は大震災がありできなかったことから、あらためて新緑の公園に出かけました。
 小林さんの娘さんも参加し、静岡刑務所にいるお父さんや自宅で療養するお母さんの病状などを語り、参加者も一日も早く小林さんを獄中から取り戻すため頑張ろうと楽しく交流をしました。



三重・名張事件

農薬の鑑定人決まる

引き延ばしせず、再審開始を

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 三重・名張毒ぶどう酒事件で名古屋高裁(下山保男裁判長)は5月10日、奥西勝さんがぶどう酒に混入させて5人を殺害したとされる農薬(ニッカリンT)の「成分分析」をするための鑑定人を決定しました。報道によると、鑑定人は研究機関の学者で、早ければ9月頃に鑑定結果が出る見通しです。

 再審開始をめぐり審理が行われている名張事件は、事件現場の飲み残しのぶどう酒から検出された農薬が、奥西さんがウソの「自白」で使用したとするニッカリンTとは別物だと弁護する弁護団の主張が最大の争点となっています。昨年4月、最高裁は再審決定を取り消した名古屋高裁の異議審決定を科学的知見に基づかないと、審理を名古屋高裁に差し戻しました。
 奥西さんの特別面会人の一人、国民救援会中央本部の稲生昌三副会長は決定を受けて次のように話しました。「最高裁から名古屋高裁に審理が差し戻されてから、検察は主張を変転させてきた。鑑定人による「分析」結果が、弁護団の主張に沿うものとなった場合は再度主張を変えて、当時のぶどう酒も再製造し、当時のクロマトグラフィーによる鑑定方法でおこなう意向を示唆している。検察は「成分分析」の結果がどう出ようと、際限ない引き延ばしをもくろんでいる。少なくとも、「成分分析」の結果が出た時点で検察の主張が破綻することは明らかである。奥西さんの再審を開始すべきことはいっそう明瞭になる。裁判所は、破綻した理屈をこじつける検察の主張を退け、一刻も早く奥西さんの再審を確定し釈放すべき。そのために私たちは、要請や宣伝行動をいっそう広げ、いまこそ世論の力で再審を開かせるよう力を尽くしてたたかう」

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