えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

救援新聞2012年7月15日号より

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ここに掲載されている内容は、救援新聞2012年7/15号に紹介されている「再審えん罪事件全国連絡会」に関連する記事の一部です。

名張事件不当決定   推論で再審認めぬ

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鈴木泉弁護団長の解説

 三重・名張毒ぶどう酒事件に対し、5月25日、名古屋高裁は再審開始決定を取り消し、奥西勝さんの再審請求を認めない不当決定を出しました。鈴木泉団長に決定の問題点を聞きました。

まず、第7次再審請求の今回の不当決定までの経過を教えて下さい

 2005年4月に名古屋高裁刑事1部で再審開始決定が出されましたが、検察官の異議申し立てを受けた名古屋高裁刑事2部が、06年12月に再審開始決定を取り消しました。その理由は、毒物問題(■注1)について、「本件毒物はニッカリンTであり、トリエチルピロホスフェート(ニッカリンT特有の不純物、以下「トリピロ」と略)もその成分として含まれていたけれども、(事件直後におこなわれた)三重県衛生研究所の試験(■注2)によっては、それを検出することができなかったと考えることも十分可能」というものでした。
 最高裁は10年4月、この再審取り消し決定を取り消して、名古屋高裁に審理を差し戻しました。そして差戻しを受けた名古屋高裁刑事2部が
今回不当決定を出したのです。

最高裁は差戻し審にどのようなことを求めたのでしょうか

 最高裁は、名古屋高裁の06年決定について「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがあ」ると判示しました。
 つまり最高裁は、不確実な推論による判断を戒め、科学的知見(科学理論と実験によって確認された事実)に基づいた「事実の解明」を求めたのです。

では、差戻し審ではどんなことがおこなわれたのですか

 差戻し審が始まった途端、検察官はそれまで最高裁に出した主張を引っ込め、新たな主張を言い出しました。
 再審開始決定が新規・明白な証拠と認めた新証拠3(■注2)佐々木・宮川鑑定_では、弁護団が発見した昭和40年製造のニッカリンTにはトリピロが17%以上含まれており、三重県衛生研でおこなわれたペーパークロマトグラフ試験(以下「PC試験」と略)で十分検出される量であることが証明されていましたが、検察官は、「製造されて間もないニッカリンTには、トリピロはせいぜい5%以下しか含まれていない(から、PC試験でトリピロが検出されなかった)等と言い出しました。
 そこで差戻し審では、昭和40年に製造・販売が中止されたニッカリンTを新たに造って、最新鋭の分析装置で成分分析するという鑑定をおこなうことになりました。

鑑定結果はどうなりましたか

 新ニッカリンTにはトリピロが24.7%も含まれていることが分かり、検察の主張は完全に否定されました。ニッカリンTが犯行に使用されたと認定した確定死刑判決に重大な疑問が提起され、再審の扉が開かれなければならなくなりました。
 ところが、鑑定人は、裁判所から依頼されてもいない鑑定を実施していたのです。

どのような鑑定がおこなわれたのですか

 三重県衛生研は、PC試験の前に、事件検体(飲み残りのぶどう酒)と対照検体(市販ニッカリンTを混ぜたぶどう酒)に含まれている毒物成分を取り出すために「エーテル抽出」という操作をしています。
 鑑定人は「水に溶かした新ニッカリンTをエーテル抽出し、抽出物の成分を分析した結果、トリピロが抽出されなかったという結果が出た」と鑑定書に書きました。
 検察官はこの鑑定の結果を都合よく使って「事件検体からトリピロが検出されなかったのはエーテル抽出されたからだ。対照検体からトリピロが検出されたのはエーテル抽出されなかったからだ」と主張しました。
 ところが、鑑定人はこの鑑定をするに当たって、大変な誤解をしていました。

どのような誤解ですか

 三重県衛生研では、事件検体も対照検体も、エーテル抽出されていたのです。このことは実際に試験をした検査官が一審法廷で明確に証言しています。
 ところが、鑑定人は「事件検体はエーテル抽出されたが、対照検体はエーテル抽出されなかった」という大変な誤解をしていたことが、鑑定人に対する尋問で明らかになったのです。

それなら鑑定のいいとこ取りをした検察官の主張は通らないのではないですか

 そのとおりです。しかし、今度は裁判所が鑑定の結果のいいとこ取りをしました。裁判所は、次のように考えられると言いました。
 つまり、①鑑定によりトリピロは、エーテル抽出されないことが分かった、②対照検体では、トリピロの元になったペンタエチルトリホスフェート(以下「ペンタ」と略)相当量存在しており、これがエーテル抽出された、③抽出されたペンタが水に分解されてトリピロになり検出された、④事件検体では、ぶどう酒に混ぜられて相当時間が経っていたので、エーテル抽出される前に既にペンタは水に分解されてなくなっていたからペンタはエーテル抽出されなかった、⑤その結果、事件検体からはトリピロは検出されなかった、以上のように「考えられる」と言いました。

そのような裁判所の判断は正当なのですか

 まったく不当です。
 ①は、通常複数回おこなわれるエーテル抽出操作を鑑定人は1回しかやらずに鑑定しています。また鑑定人は、②や③のようなことを一切述べていませんし、これを示す実験も一切おこなっていません。つまり決定は、化学に素人の裁判官が、何らの科学的知見に基づかない実験を想像し、これらをつなぎ合わせて④のように「推論」したに過ぎない、まさに「砂上の楼閣」と言うべきものなのです。
 これは最高裁が求めた「科学的知見に基づく事実の解明」とはほど遠いものです。

ほかに名古屋高裁決定にはどういう問題がありますか

 名古屋高裁の「推論」は、それまでの審理で話題にさえならなかったことですし、検察官さえ主張しなかったことです。従ってこの決定は、憲法が禁ずる「不意打ち認定」以外の何物でもありません。
 さらに決定は、弁護人が提出した新証拠3(毒物鑑定)について、「本件ぶどう酒に混入された毒物がニッカリンTでないことを証明するものでもなく」と言っています。これは

弁護人に対して、「ニッカリンTでないことを証明せよ」と言っているに等しく、まさに弁護人に無罪の立証責任を負わせるものであり、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反すること甚だしい決定です。
 弁護団は5月30日、最高裁に特別抗告を申し立てました。

最高裁に求められることは

 最高裁は、速やかに名古屋高裁の不当決定を取り消して、前回のように差し戻すのではなく、自ら再審開始決定を下すべきです。奥西さんが86歳の高齢であることを考えれば、もはや一国の猶予も許されません。

国民救援会への要望は

 裁判所に正しい判断をさせるのは、世論の力です。国民救援会には、最高裁が一日も早く再審開始の決定を言い渡すよう、この決定の不当性をひとりでも多くの国民に知らせる運動を広げてほしいと思います。
__ありがとうございました


東電OL殺人事件ゴビンダさん帰国記   支援の心に感謝します

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無実のゴビンダさんを支える会         客野美喜子さん

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 東電OL殺人事件のゴビンダさんは6月7日、再審開始決定と刑の執行停止を勝ち取りました。無実のゴビンダさんを支える会事務局長の客野美喜子さんから、国民救援会へ支援のお礼が寄せられました。
 2012年6月7日、東京高等裁判所第4刑事部(小川正持裁判長)は、ついにゴビンダさんの再審開始を決定しました。さらに「刑の執行停止」も認められ、ゴビンダさんは当日のうちに横浜刑務所から釈放され、東京入国管理局横浜支局に移されました。
 私たち「支える会」の招きにより、決定前日緊急来日していた家族(妻・ラダさん、長女・ミティラさん、次女・エリサさん)も、この感動的な勝利の一日を、多くの支援者らと共に体験することができました。

 一夜明けた8日の午前10時、私は、家族3人と横浜の入管でゴビンダさんと面会しました。案内された面会室は、拘置所や刑務所とほぼ同じ。しかし、アクリル板の向こうに白いスポーツウェアを着た「私服のゴビンダさん」の姿を目の当たりにして、「もうゴビンダさんは“受刑者”ではなくなったのだ!」という実感がこみ上げてきました。以下はゴビンダさんから聞いた話です。
 
 7日午前10時過ぎ、神田安積弁護士の面会で「再審開始決定と刑の執行停止」を知らされ、「荷物をまとめておくように」と刑務官から指示された。受刑者仲間たちは、工場の昼休みに「ゴビンダ、バンザイ!」と喜んでくれた。高検が異議申し立てをし、釈放を取り消すように高裁に求めたが、高裁が棄却したことなども、神田弁護士を通じて承知していた。そして夕方5時頃、刑務官から「釈放だ」と告げられました。まさか、その日のうちに釈放されるとは期待していなかったので、、その瞬間、嬉しさのあまり「頭が真っ白に」なってしまった。

家族と一緒の生活始まる

 6月15日、ゴビンダさんは成田空港から、家族とともに帰国の途へ。「支える会」の蓮見さん、片川さん、私も同行。乗り継ぎのバンコク空港では、ゴビンダさんだけが翌朝のフライトまで、現地の入管当局に身柄を拘束されるなど緊張の連続でしたが、16日、何とか無事にカトマンズ空港に到着。出迎えたお母さんとの再会を果たすことが出来ました。2人はしっかりと抱き合い、「やっと帰れて嬉しい」、「よく頑張ったね」との言葉を交わしました。
 到着の夕方、記者会見があり、その晩は、家族と親族だけの歓迎会。ゴビンダさんは数日前から興奮と緊張でほとんど寝ていないため疲れているようでしたが、翌朝、自宅を訪ねると、大分落ち着いたようでした。意外なことに、ゴビンダさんと家族たちの様子から、母国を離れて18年(事件から15年)という長いブランクは、ほとんど感じられませんでした。この長い年月、ゴビンダさんと家族は、たとえ引き離されていても、ずっと心はひとつだったのです。「支える会」が、ほぼ毎年のように家族を日本に招き、日常的に家族と連絡をとり、ゴビンダさんと家族の絆を保って来られたのも、多くの皆様のご支援あってこそです。  

経験に学んで支援の心知る

 2001年3月(高裁の逆転有罪判決の翌春)、「支える会」を結成したものの、当時の私たちには、冤罪支援活動の経験が全くありませんでした。国民救援会のご指導とご協力により、裁判所への要請や署名集め、街頭宣伝やビラまき、他事件の集会での訴えなどを、何とかおこなえるようになったのです。
 また、そうした実践的活動を通じて、国民救援会の方々の長年にわたる貴重な経験に学ぶうちに、「本人や家族に寄り添い、その悲しみや怒りを共有する」という、もっとも大切な「支援の心」を教えていただきました。そのことに、何よりも深く感謝しています。

早期決着むけご支援下さい

 5月13日再審請求審の結審、31日決定日の通知、6月6日の家族緊急来日、7日再審開始決定と即日釈放、そして15日帰国という、息をつく日間もないような目まぐるしい展開でした。とりあえず最大の山場を越しましたが、ゴビンダさん再審のたたかいは、これから新たな局面を迎えます。当面の課題は異議審の早期決着です。どうぞみなさまのお力添えをよろしくお願いいたします。


静岡・袴田事件     第7回現地調査

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「巌を助けて」                 姉 秀子さん

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6月24日・25日、静岡県静岡市(旧清水市)で袴田事件第7回現地調査がおこなわれ、18都道府県から95人が参加しました。
 主催者を代表して国民救援会清水支部の内田隆典支部長が挨拶。弁護団の奮闘と、多数の方々が現地調査に参加したことへのお礼が述べられ、地元救援会として袴田巌さん(76)を一日も早く救出する決意が述べられました。
 現地調査の弁護団報告で小川秀世弁護団事務局長は、第2次再審請求審で証拠開示を勝ち取った176点の証拠などを説明。
 再審の最大の争点である犯行着衣とされた5点の衣類について、新たなDNA型鑑定の結果、5点の衣類に付着していた血痕は、被害者や袴田さんのものではないことが科学的に明らかとなり、証拠がねつ造されたと、これまで弁護団が主張していたことが裏付けられたと強調しました。
 小川弁護士は、袴田事件は証拠を捏造されて作られた冤罪事件であり、再審開始をすることが必要だと力説しました。
 事前学習会の後、参加者は事件があった味噌工場跡地で、事件の問題点について、説明を受けました。
 25日、現地調査をうけて疑問や今後の運動について議論し、現地調査団として裁判所、検察庁、静岡県警へ再審開始、すべての証拠の開示、違法捜査を批判する要請書を持ち3班に分かれた要請行動をおこないました。
 総括集会で袴田巌さんの姉の秀子さんが、「弟は無実です。長い間の拘禁生活で拘禁症を患い、この2年半面会ができていません。どうか無実の弟を救うため、なお一層のご支援をお願いします」と訴えました。
 初めて現地調査に参加した女性は、「事前に事件のことも自分なりに勉強したが、弁護団や地元の話を聞いて理解が深まった。冤罪事件が本人と家族の人生を狂わし、人権を蹂躙することを肌で感じることができて参加して良かった。帰ったら署名活動をはじめ頑張りたい」と感想を述べました。



名張事件      最高裁での勝利めざし 守る会報告集会 

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 再審を求めるたたかいが最高裁に移り、奥西勝さんが東京に移送されました。このような状況のもと、東京での運動を広げようと、名張事件奥西勝さんを守る東京の会は6月26日、都内で不当判決の報告集会をおこない、50人が参加しました。
 報告集会では、東京守る会が作成をした事件紹介DVDを上映。弁護団の野嶋真人弁護士が報告をおこない、5月に名古屋高裁で出された不当判決について報告がされ、質疑応答がされました。
 守る会の落合修さんからは、東京の八王子医療刑務所に移送された奥西さんの体調について報告がされ、行動提起を確認しました。



東住吉冤罪事件     刑の執行停止を認め青木さん・朴さんの釈放を

 今年3月7日に再審開始決定を勝ちとった大阪・東住吉事件では、青木惠子さんと朴龍晧さんの刑の執行停止が大阪地裁で認められました。
 しかし、検察の異議申し立てがされ、大阪高裁によって刑の執行停止が取り消されました。その後、弁護団は特別抗告をおこない、現在最高裁で審理がされています。
 東電OL殺人事件では、横浜刑務所に収監されていたゴビンダ・プラサド・マイナリさんの再審開始決定と刑の執行停止が認められました。検察による異議申立てがされましたが、東京高裁は異議申立てを却下。ゴビンダさんは釈放され、ネパールに帰国することができました。
 「東住吉冤罪事件」を支援する会と、国民救援会大阪府本部は、16年以上の長期にわたり不当にも拘束されてきた、青木さんと朴さんの一日も早い釈放を求めて、署名やはがき等のとりくみを訴えています。
<問い合せ先> 国民救援会大阪府本部  TEL 06-6534-7215
<要 請 先> 〒102-8651 東京都千代田区隼町4-2  最高裁判所 第3小法廷



JR山科京都駅間痴漢冤罪事件    今秋に判決へ

支援広げ無罪勝ちとろう

柿木さん

 滋賀・JR山科京都駅間痴漢冤罪事件は、目撃証人の尋問や、無実を訴えてたたかっている柿木浩和さんの本人尋問を終え、7月18日に結審し、今秋には判決を迎えます。

痴漢常習者と間違えられて

 事件発生前、電車内で痴漢にあったと女性2人が警察に被害の申告をしました。警察は「風貌」が似ているとして、痴漢被害にあった女性と同じ路線を使って通勤をしていた、当時中学校教師の柿木さんを、痴漢常習者としてマーク。10日以上にわたって尾行していました。
 しかし、女性が痴漢の被害にあったその日、柿木さんの服装や風貌は全く異なっており、別人としか考えられず、柿木さんを「痴漢常習者」としたのは、警察の見当違いでした。

雪のため遅れ混雑した車内

 逮捕当日、柿木さんがいつも乗車する電車は、雪のために遅れて到着し、車内は混雑。警察は、柿木さんを尾行していました。
 その車中で、柿木さんが痴漢行為をしているのを見たとする警察官Aは、「横の客とは30センチ離れ、前の人とは20センチ離れるぐらいの間隔があった」と証言しました。
 ところが、目撃者は法廷で、「普通より込んでいた。乗っていた前方の方で、こんなところで読むなとか口論していた」と証言するほど混雑をしていました。

再現実験

捜査の矛盾が次々明らかに

 柿木さんは青年時代から、カバンを右肩から下げてきました。
 警察官は当初、柿木さんが右肩からカバンを下げていたのを目撃したとしていましたが、後になって左肩に訂正しています。身体の右側にカバンがあったのでは、警察官がいた位置からはカバンによって痴漢行為を見ることができません。
 また目撃者は、柿木さんの真後ろにいた警察官Bが音楽プレーヤーを使い、柿木さんの右肩上から何かを撮影していたようで画面が光っていたことや、警察官Bが変な動きをしていたのでジッと見ていたことなどを証言しています。しかし、警察は、痴漢行為を撮影していないと主張しており、数々の矛盾が法廷で明らかとなっています。

署名と支援が大きく広がる

 裁判所に提出された署名は2万5千人分を超え、支援の輪が大きく広がっています。国民救援会滋賀県本部は、判決が出る最後までの支援を訴えています。
<要請先>〒604-8550 京都市中京区菊屋町 京都地裁第3刑事部合議係・市川太志裁判長

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