えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

日野町事件 即時抗告審通信54号より

阪原弘さんがご逝去

葬儀に100人参列

日野町事件対策委員会

 えん罪・日野町事件の再審請求人・阪原弘さん(75)が、3月18日午前3時45分、入院をしていた広島の吉島病院で、心不全のため亡くなりました。
 阪原弘さんの遺体は、その日の内に彦根市内の自宅に移され、3月20日に通夜、21日午後1時から、彦根シティホールにおいて告別式がおこなわれ、約100人の参列者が、阪原弘さんとの別れを惜しみました。
 式場には国民救援会中央本部をはじめ、全国の国民救援会や「守る会」、弁護団からの生花や供物が供えられ、数多くの弔電や弔文も届けられ、阪原弘さんの死を悼みました。
告別式では、伊賀興一弁護団長と国民救援会滋賀県本部中野善之助会長が代表焼香を行い、滋賀「守る会」の伊藤和次会長が阪原弘さんの遺影に向かって、「悔しかったやろ、淋しかったやろ、今は、ゆっくり休んで下さい」と、お別れの言葉を述べ、涙を誘いました。

全国のみなさん!    お世話になりました

 阪原弘さんは、昨年12月6日、服役していた広島刑務所内で危篤状態におちいり、外部の病院に緊急搬送されました。
 そして、12月10日、刑の執行が停止され、家族が24時間付ききりで必死に看病を続けてきました。入院後、一時は回復の兆しをみせ、意思疎通が出来るまでに回復していたのですが、今年1月2日、痰を喉に詰まらせて意識不明の状態となり、その後、気管切開手術も受けましたが、長年にわたる過酷な拘禁生活によって阪原弘さんの体力は極度に低下しており、3月18日未明、家族に看取られながら息を引き取りました。本当に残念無念としか云いようがありません。
 しかし、102日間にわたる阪原弘さんと家族の闘病生活を支えたのは、全国の救援会、「守る会」のみなさんの励ましや支援カンパであり、弁護団の激励です。本当にありがとうございました。とりわけ国民救援会広島県本部のみなさんには、家族の宿舎の手配や、細やかな連絡・調整役等を果たしていただき、心からお礼を申し上げます。

再審請求審について    継承問題は今後検討

 大阪高裁第1刑事部で進められてきた再審請求の即事抗告審は、請求人阪原弘さんの死亡によって、残念ながら終結せざるを得ない状況となりました。
 しかし、伊賀興一弁護団長はマスコミの取材に対して「再審請求人の阪原弘さんが死亡しても、法的には遺族が再審請求を継承出来る」と答えています。
 また、長男の阪原弘次さんは、「父は波瀾万丈の人生でした。生きているうちに取り戻せず悔しい気持ちもある。でも今は、父ちゃん、よく頑張ったねと褒めてあげたい。今後のことはまだ決めていないが、父の名誉を回復したい意思はある」(京都新聞)と答えています。 
 再審の継承問題は、家族が落ち着きを取り戻した後に協議し、検討することになります。
 なお、日野町事件対策委員会は3月24日午後、大阪グリーン会館で会議を開き、経過を報告し、今後の課題等について相談します。
 また、日野町事件弁護団は、4月12日午後からの弁護団会議を予定どおり開催し、裁判の継承問題等について検討されます。

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