えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

第22回・裁判勝利をめざす全国交流集会の要旨

 4月22日~23日熱海市で行われた、第22回裁判勝利をめざす全国交流集会での、「主催者あいさつ」と「討論のまとめ」の大要、記念講演「3.11後の司法の現状と大衆的裁判闘争の課題」の要旨(救援新聞5月25日号より)

第22回裁判勝利をめざす全国交流集会      

画像の説明

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裁判と社会のあり方 批判する運動を

 第22回裁判交流集会に、日本全国からご参集のみなさま方に、主催者の一団体である自由法曹団を代表して、ごあいさつを申し上げます。
 日々のご奮闘、ほんとうにご苦労様です。

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 東日本大震災から1年が経ちました。この間、様々なところで人と人との「絆」が語られ、2012年こそ、人びとが平穏に暮らしを営める新たな社会を作ろうという機運が、多少とも、高まっていたのではないかと思います。
 しかし、この1年の現実はどうでしょうか。
 あれほど人びとを恐怖におとしいれた原発事故から1年も経たないうちに、政府は、国民の不安をよそに、再稼働へ向けて躍起となっています。
 さらには、「税と社会保障の一体改革」の名の下に消費税の増税をたくらみ、TPPをはじめとする、歯止め無き自由化政策を推し進め、貧富の格差を拡大しています。
 2009年、期待をもって政権を交代させた国民の声は、経済的な疲弊と無能無策な政権を前に、怨嗟の声へと変わっています。そしてその憤懣の思いが、「強力なリーダー」を演出する大阪市の橋下市長のような、新たなファシズム像へ向かうという、極めて危険な状況も生んでいます。
 橋下市長の下でなされた思想アンケート調査のような、思想・信条への権力介入が、「公務員バッシング」の風潮のもと、むしろ市民の喝采を浴びるような状況が生じています。
 そしてさらに危険なことには、このような風潮が、一地方にとどまらず、日本全体を席巻しようとしていることです。
 「既得権益」の粉砕という名の下に、憲法上の権利侵害を正当化し、市民どうしをたたかわせ、分断する。ここに、人と人との「絆」など、存在しません。むしろ「絆」の破壊があるだけです。
 ふりかえって裁判、司法の状況はどうでしょうか。
 裁判所も国家機関の一翼である以上、現在の情勢の影響を受けないはずはありません。
 情勢との因果関係を拙速に論ずることはできませんが、現実には、昨年後半から、イレッサ訴訟高裁判決、泉南アスベスト訴訟高裁判決、水俣病訴訟高裁判決など、とくに人びとの暮らしと密接に関わる分野で、一審勝利が逆転敗訴となる、いわば反動判決が顕著にあらわれています。
 なぜこのような司法の後退現象があらわれているのか、そして、これとどうたたかうべきなのか、根本にさかのぼった検討が必要ではないでしょうか。この後の篠原団長の講演をお聞きし、ぜひご一緒に考えていただければと思います。
 さて、今年の裁判交流集会における分科会のテーマは、労働事件冤罪・再審事件、言論弾圧事件の3つの分野です。
 労働事件の分野が、現在の社会・経済状況のもと、後退局面にあることは、みなさんもご承知のことだと思います。
 今年に入ってからも、ホンダ、いすゞの非正規従業員切りを認める不当判決が出ています。JALの2つの裁判では、いずれも会社側の主張を全面的に認める不当判決が出ました。
 これらの判決から分かることは、裁判所は、正規・非正規を問わず、労働者蔑視、敵視政策を丸呑みする傾向にあるということです。
 これらの不当判決に、どう根本的な批判を加え、勝利へと結びつけてゆくのかが、大きな課題となっています旺盛な討論をお願いします。
 冤罪・再審の分野では、特に再審において、足利事件、布川事件で私たちの勝ちとった無罪判決の成果が、福井女子中学生殺人事件の再審開始へとつながり、更には、名張事件、東電OL殺人事件、袴田事件の、最近における前進へとつながっています。
 このことに確信を持ち、更にこの成果を確かなものにして、冤罪全般の救済へと発展させる運動が不可欠ではないでしょうか。
 言論弾圧の分野では、さきほど話した新たなファシズムともいうべき現象は、現在最高裁にかかっている2つの国公法弾圧事件においても、裁判官の深層心理に影響することは大いにあり得ます。公務員を含めた、「人間」としての思想・信条、表現の自由が、権力によって奪われることを、絶対に許してはなりません。
 私たちはいま、新たなファシズム現象とたたかうための、反撃の論理を構築すべきときに来ているのではないでしょうか。
 最期に、私たちが対象とするすべてのたたかいにおいて、裁判は法廷だけで勝利することはできない、法廷を越え、裁判、そしてそれを支える社会のあり方もを批判する運動がなければ、勝利はこの手につかめない、これは、ここに集まっているみなさま方の共通認識であろうと思います。
 この2日間の交流会における討論で、さらにこの認識を高め、みなさま方のこれからのたたかいが、有意義なものになるよう、主催者として願ってやみません。2日間ともにがんばりましょう。

事実と道理によって裁判所を説得しきろう

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討論のまとめ

 新自由主義・構造改革路線の本格的な巻き返しという下での攻勢的なたたかいで裁判勝利をめざすというのが、この交流会の主眼です。

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 情勢の変化と勝つための裁判闘争を考えてみます。
 第1は、裁判員裁判や相次ぐ再審開始・再審無罪などでの、裁判に対する国民の関心と注目の高まり・広がりです。このために、裁判や裁判所とは本来どうあるべきかという問題意識が芽生えており、ここに接近する通路が開かれたとも言えます。
 そこで、この情勢の変化と勝つための裁判闘争との関係ですが、、大衆的裁判闘争というのは、個別事件のたたかいを通じて、憲法の基本的人権を守り、発展させるたたかいであり、国の民主的再生と発展をめざすたたきと連動しています。
 情勢の変化のなかで、司法制度に対する民主的改革の展望を含んで、攻勢的な立場に立った新しい挑戦の時代を開いており新しいせめぎ合いが始まっています。
 裁判所というところは、国民抑圧の国家権力体制を維持する性格を持つ一方で、具体的な事実関係の下で国民をある程度納得させるだけの判断を示さなければならないという、矛盾した特別の任務を帯びた機関です。したがって、どんなに政治や社会情勢が民主的に高揚している時期であっても、それによって裁判が自動的に勝という条件整備とはなりませんし、逆にどんな反動期であっても、裁判の勝機はあると言えます。
 要は、個別事件において、裁判をめぐる全体動向をふまえたうえで、どこまで事実と道理によって裁判所を説得しきるか、これにかかります。
 裁判勝利をめざす大衆的裁判闘争は、「当事者の団結を基礎に、法廷闘争と連帯して、事実と道理に基づいて、事件の真実を法定外に広く訴えることにより、国民の良心を結集し、その良心を裁判所に集めることによって、裁判を監視・批判し、裁判所、裁判体に対して、良心と勇気の発揮を呼びかけて、真の意味での公正な裁判を実現すると同時に、再び権利侵害を起こさせない力を国民的に強め、広げる運動です。それは、事件の真実を、事実に基づいて広く訴え、国民個々人の良心に支えられた裁判批判の世論を集めて、この世論を法廷に現し、裁判所・裁判体に対して予断と偏見を捨て、曇り無い目で事件を見るように、その良心発露を促す運動」です。
 このような裁判の特殊性と同時に今日の情勢との関連と区別をしっかりと踏まえたうえで、集会の成果を各事件の勝利のために活かしてほしいと思います。

裁判官の心揺るがそう  自由法曹団団長 篠原義仁さん

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記念講演   「3.11後の司法の現状と大衆的裁判闘争の課題」

 昨年8月25日、大阪泉南アスベスト訴訟で11月25日には、東京高裁イレッサ訴訟で、私たちは、国と企業に勝訴した一審判決を覆す敗訴判決を言い渡されました。

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 3月29日、30日には、JALパイロット76人、客室乗務員72人の整理解雇で整理解雇4要件のいままでの判例理論に逆行する敗訴判決をうけました。
 国や国家事業を相手にする裁判で以前にもあったことですが、再び逆流現象が生じています。それにどう反撃してゆくのか、喫緊の課題となっています。
 いくつかの論点はありますが、公害薬害訴訟では、被害を訴えきる。まず、そのことから反撃を開始しようと確認しあっています。

被害を全面にたて勝利の展望見いだす

 被害との関係で、被害者が前面に出て、裁判所(官)の心を揺るがした時に、困難な事件でも勝利の展望を見いだすことができます。
 千葉野犬事件についてお話しします。千葉野犬事件は、一般的な法律論で言ったら、難しい事件です。
 昭和30年代、40年代でも、結構野犬がいたんですね。保健所が犬を捕獲できなかったため、4歳の子供が買い物に行く途中で、3頭の野犬にかみ殺された事件です。これは警察の義務ですから、県が責任を負うわけですが、県が国賠法1条の責任を問われた事件です。
 この事件では、被害を押さえて、裁判所の心を揺るがしたから勝っているのです。
 被害を前面に立てて、この損害(被害)を法の正義の観点からだれに負担させるのが公平かと問いかけ、損害の公平な負担の原則から、被害者に泣き寝入りを強いるのではなく、国賠法上の責任を認めさせて勝ったわけです。
 被害論を全面的に展開してたたかう意義を整理しておこうと思います。
 私は、「被害論」には4つの側面があると思います。
 1つは、勝訴判決を書かせるための動機付けとしての被害論。その例が千葉野犬事件です。この裁判は、大衆的裁判闘争とは無縁だと思いますが、やっぱり悲惨な被害は裁判所の心を動かしたのでしょう。
 2つ目は、責任論における被害の位置づけ。これは、国の権限不行使における違法性の追求に端的に示されているとおりです。
 3つ目は、損害論における被害の位置づけ。高額賠償にどうつなげるかです。
 4つ目は、大衆運動を広げるために必要不可欠な被害論、「被害の訴え」です。

裁判所要請にもアクセントつける

 裁判所への署名提出行動、要請行動についてお話しします。
 川崎公害訴訟では、やはり公害被害者だと裁判所の対応がいいのですが、それでも最初は書記官室で立って署名を受けとった。
 なんでこんな失礼な受け取り方をするのか、部屋をちゃんと用意しろと言って、部屋で受け取らせた。次には、事前に電話しておくから、そして、必ず毎週火曜の昼休みに来るからと通知し、毎週1万、50万提出しました。毎週火曜日の12時15分にきちんと行きました。
 そして、部屋で、患者だと言って椅子も用意させて、双方椅子に座って面談して受け取らせました。
 やっぱり、いきなり行く要請行動はダメですね。書記官には、「すいませんね。昼休みの貴重な時間を。あなたの昼飯時間削っちゃって」と必ずあいさつしてくる。礼儀正しい要請行動をしようよ、ということでやってきました。これも、裁判所の心を打つ工夫かもしれません。
 2つ目が、署名の提出・要請行動にアクセントをつけようと言いました。支援者も含めてオーソドックスに普通に行く日。今日は婦人デー。女性だけに行ってもらう日。公害患者だけが行く日。夏休みだったら、親と子なのか孫なのか、子供デー。子供も連れて行く日。今日はお年寄りだけで行って、私が生きているうちにいい判決を書いてくださいという日。
 いつも労働組合だけ、救援会だけ行くという、あんまりアクセントのない要請行動というのは、受けないですね。
 何のためにたたかい、何のために署名を集めているのですか。勝ちたいために集めているのでしょう。どういうふうにしたら、裁判所の心に響くことになるのか、手立てを考えて署名をもっていきましょうよ。アクセントを付けて、「えっ、こんなに広がりある署名なのか」。これは裁判所に届きます、響きます。
 私が主任になる事件については、いつも言っているのですが、署名を集めて、裁判所の心を動かすということを、安直に単語だけで使っていませんか。
 みんなの知恵で、少しずつでも、工夫してゆきませんか、と。

私たちは負けない 勝つまでたたかう

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 勝利の教訓として、被害者が先頭に立ってたたかうということが大切でしょう。
 水俣や有明をたたかった馬奈木弁護士の言葉に、「私たちは絶対に負けない。なぜなら、勝つまでたたかうからです」という言葉があります。公害闘争も、私たちは一審で負けたときもあるんですよ。負けないというのは、手を変え品を変え、裁判を、運動をやるんです。
 よみがえれ有明訴訟でいえば、民事事件の差止をやったらダメ、負けても行政事件で取消訴訟をやる。県は開発に違法な公金を出しているんだといって、監査請求、住民訴訟をやる。仮処分をやる。本訴もやる。
 同じ裁判は同じ原告では二度起こせませんから、勝つまでやるといったって、同じ裁判だったら一審、二審、最高裁で終わり、仮に本訴と仮処分を組み合わせてもそれまで。公害闘争のいいところというのは、別の原告団を組織して、二陣、三陣訴訟を次々と提訴する。また、様々な角度で切り込むと、いっぱいたたかいができるという有利な条件があるので、これを使う。
 だから私たちはある局面で負けても、運動上は悲壮感はあるものの、少し楽観的に気持ちをもって、「私たちは絶対に負けない」と言います。なぜか。勝つまでたたかうからです。
 公害闘争は、別に裁判がすべてではない。裁判は手立てですから、大阪空港訴訟は最高裁で差止請求は却下で負けました。でも、ブリッジ協定を結び、夜間飛行は差止た。運輸省と地方自治体、地方自治体と原告団がブリッジ協定を結び、そういう知恵を出して運動で住民の悲願の差止を実現しました。
 名古屋新幹線訴訟も同じで、差止裁判は負けたけれど、敗訴後のたたかいで国鉄と原告団は協定を結び、スピードダウン、周辺の環境対策の実現ということで、騒音・振動の差止要求を実現した。

勝つことの意義しっかりつかもう

 裁判に一喜一憂し、裁判に勝たなければ絶対ダメなのか。勝った方がいいに決まってします。でも、裁判がすべてではないんだ。けっこう公害闘争は負けているんですが、負けたからもう終わりではなくて、しつこく行政闘争をやるし、地方自治体闘争をやる、勝利するまでやるのです。
 だから私たちは、絶対負けないんです。勝つまでたたかうからです。その勝ち負けの基準を裁判だけで私たちは決めていない。要求が実現したときは勝ちです。
 ちなみに私たちは、勝利解決した今でも、10年以上にわたって川崎公害のとりくみで、①公害の根絶、②被害者の救済、③環境再生とまちづくりを3本の柱としてたたかいを継続しています。
 これは私のスローガンですが、川崎公害裁判では支援を訴えてたたかった以上、要求実現まで「解散しない原告団・弁護士」と言っています。
 今の情勢は、国や国家的事業を相手にしたり、非正規雇用の大企業相手の裁判は、一定の困難性をもっています。しかし、「勝つ」ことの意義をしっかりとうけとめ、がんばり抜いていきましょう。

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