えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

2010年 新年の挨拶

あけましておめでとうございます!
―今年も元気に、「無実の者には無罪を」を掲げ、頑張ろう―

 今年の最初のニュースです。本連絡会の5人の代表委員に、みなさまへのごあいさつ、決意などをお寄せ頂きました。

斗って勝つ   代表委員 竹澤哲夫

 新年おめでとうございます。
 昨年は、長い長い斗いの末、布川、足利の斗いが再審開始を不動のものとしました。無実は無罪に、共に斗ってきたものとして無罪への道を確実にした喜びを共にしたいと思います。おめでとうございます。
 白鳥決定の出たのが1975年5月20日、今年は35周年の節目の年にあたります。白鳥再審を目指して、松川運動の襷をつなぐ勢い、盛り上がりの中での最高裁白鳥決定でした。それまでの再審といえば、「開かずの門」「自白は証拠の王」が刑事裁判の実態で、えん罪に泣く人が後を絶たず、白鳥決定を契機にえん罪・再審の声が噴出しました。免田、財田川、松山、島田の死刑再審4事件はえん罪事件の深刻な実態を象徴するものでした。
 このように、再審えん罪事件の斗いが重要な成果を勝ちとってきたもう一方で、名張などえん罪を訴え続け未だ報われない事件や、新たなえん罪を訴える事件など後を絶ちません。
再審・えん罪の斗い、斗って勝つ、今年も頑張りましょう。

新年のご挨拶    代表委員 秋山賢三

 昨年(2009年)は再審と冤罪救済にとって画期的な年でした。無期懲役を言い渡され服役した桜井さん、杉山さんの布川事件、菅家利和さんの足利事件について再審開始が確定し、菅家さんについては、既に宇都宮地裁において再審公判が始まっています。
 これまで三行半の上告棄却決定ばかりが言い渡されてきた痴漢冤罪事件についても、昨年4月14日、最高裁第三小法廷は、一、二審判決破棄、逆転無罪判決を言い渡しました。実に3対2の僅差での無罪判決でした。それだけではありません。昨年、最高裁は、第一小法廷(21.3.26 軽犯罪法違反被告事件判決、21.7.16 暴行被告事件判決)、第二小法廷(21.9.25
殺人未遂被告事件判決)、第三小法廷(21.4.14 強制わいせつ被告事件判決)等、の全ての小法廷において、破棄自判無罪、或いは有罪判決の破棄、差戻判決を言渡しています。これは、これまでかつてなかった歴史的な出来事だと言えると思います。
 冤罪は、見込み捜査等捜査機関の誤り、捜査過程が可視化されず証拠が開示されない密室司法、検察による強引な起訴と証拠の不開示等公判の強行、現在の弁護活動が有している様々な不十分性、等の原因から人為的に起っているものです。とりわけ官僚裁判官が「疑わしいだけでは罰してはいけない」と言う刑事裁判の基本原則を守ろうとはしないことが最大の原因となって人為的に起こっているのです。
 冤罪の犠牲者の悲惨さについては、今更、改めて言うまでもありません。私が主任弁護人として関わった防衛医科大学の名倉正博教授は、保釈されて数日後に睡眠薬自殺を図ったことが本人の手記(文藝春秋09 年6 月号)によって生々しく語られています。まして無実の罪で死刑判決や無期懲役判決など、およそ人生そのものを否定してしまう判決を言い渡された無実の方々の心境は想像するだに恐ろしいことです。そして、そのようなことが今も現実に起こっているのです。
 一昨年から、多摩地域の事務所で若い先生と一緒に働いているのですが、無実、冤罪を訴え是非とも力になって欲しいと頼まれることが少なくありません。略式命令に従い罰金20 万円を納めたのだが、どうしても諦めきれないという人、九州の裁判所で懲役1 年半の実刑判決を言い渡されて服役し、出所してから再審で身の潔白を明らかにしたいと望む人、痴漢容疑で逮捕され、勾留請求が却下されたために釈放されたが、処分が決まらず不安の余り事務所を訪ねてこられる人等、様々です。
 「力」になって上げたくても、再審開始をかちとるためには高いハードルがあります。現実的には困難であることを納得して貰い帰って頂くことがしばしばのことですが、このような方々に対する援助の体制がもう少し充実すればと思わされることが少なくありません。
 昨年から始まった裁判員裁判は、今のところ自白して争いのない事件が殆どのようですが、今に必ず本格的な否認事件が起訴される筈です。このシステムが冤罪救済機能をどのように果たすのか、そのときに間われるはずです。その意味で、不況下に始まったこの新しい年は、冤罪・再審の局面においても、尚、厳しい年を迎えると言って良いのかも知れません。皆様方におかれましては、今年も呉々も宜しくお願いいたします。

新年を迎えて   代表委員 佐野 洋

 2010年を迎えました――こう書いて思い出すのは、09年12月15日に、私の書斎にかかってきた電話です。
 送受話器を取った私の耳に、元気の良い男性の声が響いてきました。ただ、余りにも元気が良すぎて聞き取りにくく、「え? どなた?」と、私は聞き返しました。
「桜井です。布川事件の……。最高裁が検察の特別抗告を棄却しました」
桜井さんの声が元気過ぎたのは、それだけ喜びが大きかったからでしょう。
「ああ。それは良かった」そう応じた私の声も弾んでいたと思います。
 そして、これより約半年前の6月には、足利事件の菅家さんが釈放され、再審が開始されることになりました。こう考えると、昨09 年はえん罪をなくす運動にとって、悪い年ではなかったな、という気がしないでもありません。 
 しかし、油断はできません。かつて『白鳥決定』が出てほんのしばらくの間、再審の門が開けたように思われた時期がありました。ところが、その流れは徐々に道筋を変えられ、再び『いつか来た道』になってしまった事実があります。
 私もことし82歳。体力の衰えを痛感しておりますが、その分を気力で補い、思ったこと考えたことを、若い世代の方々に伝えて行くつもりです。

決してあきらめるな 09.12.21   代表委員 庭山英雄

1. 2009年12月14日、待ちに待った布川事件の再審開始決定が出た。最高裁第二小法廷の竹内行夫裁判長に感謝すべきか。長かった道のりを思い出す。まだ名古屋の中京大学に在職していた頃であるから1980年の半ばであったか、現在東北大学名誉教授の小田中聰樹さんから電話があった。都立大学教授の清水誠さんから支援の依頼があるので検討してもらえないか、との趣旨であった。早速、都立大学の清水研究室に赴いて、終日、記録を検討した。途中、逆送の事実にぶつかって冤罪を確信した。
 そのあと獄中の桜井さんに手紙を出した。あなたの救出のためにできるだけのことをするが、しゃばに出られたらどういう行動をとるつもりか。これに対して桜井さんは、若気の至りで恥ずかしい行動をとったことがあったが、しゃばに出られたら誤判・冤罪に苦しむ人のために全力をつくす、と答えた。仮釈放後の桜井さんの行動は、手紙での約束どおりで、この男なら必ず再審を勝ち取るに違いない、とこれまた確信した。

2. 私は「狭山事件の再審を求める市民の会」の代表をつとめているが、袴田事件の支援者グループとは共闘している。先日も、袴田さんのお姉さんと一緒に横断幕を持って、柳のそよぐ銀座通りをデモ行進した。私は萬81歳を目前にして、さすがに日比谷公園から日本橋までは遠いと思ったが、袴田さんのお姉さんは矍鑠たるものであった。
 袴田事件では後楽園ホールの催しに参加したこともあった。心ならずも有罪判決を書いたという元裁判官にも会って、硬く握手をかわした。リング上にはたくさんの有名ボクサーが並び壮観であった。ボクシングファンの私には、胸の躍るような催しであった。
 最後に西嶋勝彦弁護団長が挨拶した。私が四国の香川大学にいたとき、西嶋さんから頼まれて、香川大学農学部に味噌の醸造についての研究者を探し回ったことを思い出した。袴田事件の関係者が狭山事件の関係者と共闘してくれるのは、程度は違うが同じ差別に悩む者との共感があるためであろうか。

3. 事件発生以来46年間、つかず離れず付き合ってきた狭山事件でとうとう検察官に対する証拠開示勧告が出た。決してあきらめてはならない、と励まし続けてきた「市民の会の代表」としては、嬉しさよりも安堵の感情が優った。狭山事件の勝利は、権力に衝撃を与え、他の再審請求事件の支援者に大きな励ましとなろう。時代は大きく変わりつつある。最高裁も国際人権基準に重大な関心を寄せつつある。国民救援会の皆様も「陰
ながら」エールを送っていただきたい。
 ごく最近届いた日弁連人権擁護委員会編の再審通信には、足利事件、布川事件、名張事件、袴田事件、日野町事件、福井女子中学生殺人事件、横浜事件、福岡事件、板橋事件、東電OL事件、大崎事件と並んで、狭山事件の主任弁護人中山武敏弁護士(青年法律家協会会員)の手になる近況報告も収録されていて、ほっとしたことであった。誤判・冤罪を許せないと思う人たちは、互いに励ましあって全事件で最後の勝利をぜひ勝ち取りたい。

新しい挑戦の時代の「運動哲学」   代表委員 本藤 修

 かつて、知人が、そのたたかいの渦中の自分および彼につながる人びとの立ち位置の情況と展望について、現在の「不可視光線」のなかでこれをいつか「可視光線」に変わる日に思いをはせると書いたことがありました。また、かつて、別の知人たちは、「長い坂のむこうに」と題した企画のつどいを開きましたが、「長い坂」のその先に頂上が見えているというメッセージではなかったと思います。こうしたことを思い起こさせたのは、ここ最近、とくに昨年一年間の政治・社会、さらには司法全体の動きの、これまでには抱きにくかった展望を含む、急激な変化です。時代の変遷・発展は、もちろん私自信を含めた、個人の想像力を超えることを、あらためて実感させられました。
 戦後半世紀以上にわたって続いてきた政権が選挙によって交替し、新しい「せめぎあい」が始まっています。司法が、こうした政治情勢と単純・自動的に連動するものではないにしても、この世界にも顕著な変化と展望が生まれて、ここでもまた新しい「せめぎあい」が開始されています。現代を生きる私たちにとって、歴史的ともいえる「新しい挑戦の時代」が始まったのだといえるのでしょう。
 このようななかで迎えた新年につよく思うことは、政治と司法とを問わず、さらに、司法の部門においても、再審・冤罪事件と言論弾圧事件など事件の種類を問わず裁判勝利をめざすために、さらには裁判員裁判など司法制度の民主的改革の課題においても、国民主権―この国の主権者は誰か、という問題を避けては通れない情況が生まれていることです。
 刑事裁判では、いくつかの貴重な前進がみられたなかで、不当裁判には、そのかたくなな治安維持志向の顕著さが、そして、それゆえの道理のなさ・説得力の欠如が、より目立つようになってきています。裁判員裁判にしても、まだ初期実践の段階ですが、市民の生活実態に裏付けられた健全な常識発揮への期待と、制度設計者側の意図の吐露や運用実体との間の矛盾と乖離が具体的事実をもって明らかになってきており、この検証と将来展望を考えるためには、この国と社会のありように思いをはせることなくしては無理という情況があるように思えます。
 個々の再審・冤罪事件で、引き続き独自の課題を追求しつつ、その運動の共通の基礎として、国民主権をすえた「運動哲学」の構築にむかった新たな発展を夢見ています。

powered by Quick Homepage Maker 4.16
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional