えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.44 再審えん罪事件全国連絡会ニュースより

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2010年3月3日発行 No.44



名張毒ぶどう酒事件

許せない! 検察の裁判引き延ばし

2年9カ月も沈黙していた最高検が2度も、大部の答弁書を提出

 最高裁が、昨年7月最高検に、名張毒ぶどう酒事件で、弁護団が提出した新証拠1~5について、答弁書を出すように促し、最高検が昨年10月に200頁もある答弁書を提出し、それに対する弁護団の反論書が出され、2月19日に最高検がさらに120頁を超える反論書を出しました。

 弁護団の特別抗告から、2年9カ月あまりも何の答弁もしなかった最高検が、最高裁に促されて以降、2度も大部の反論書を提出するという異常な動きを見せています。これはそれまでの態度と比較し、奥西さんの84歳という年齢を考えれば、裁判の引き延ばしという暴挙に出ていると言わざるを得ません。なぜなら、特別抗告から2年9カ月以上も沈黙をしていたということは、最高検としては何も主張しない状況で最高裁が決定を出すなら出して構わないという態度を表明していたといえるからです。民事訴訟であれば、最高検の答弁書は、時期に遅れた攻撃防御方法として当然に却下されるような答弁書です。

 奥西さんが無実であることは、再審開始決定であらためて明らかです。無実の者を、しかも84歳という高齢の病人を死刑にしてよいのか、48年間にわたり大量殺人犯の汚名を着せられ、本人のみならず家族の人生までも奪うとともに、日々死刑の恐怖におびえさせるような事態をいつまでも放置していてよいのか、いま、このことが厳しく問われています。 
                                       

再審開始めざす学習集会が開かれました

 2月14日、平和と労働センターで、「名張毒ぶどう酒事件再審開始めざす学習集会」が開かれ、全国38都道府県から103人が参加しました。再審えん罪事件全国連絡会と国民救援会との共催。
 鈴木亜英国民救援会会長が主催者挨拶し、本藤修 再審えん罪事件全国連絡会代表委員・国民救援会副会長が主催者報告と問題提起をしました。

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 その後、足利事件の菅家利和さんと布川事件の杉山卓男さんに「なぜ自白をしたのか」、「無実の人が、どうして知らないことを自白出来るのか」などのインタビューが行われ、警察の取調べの実態を学びました。

 休憩の後、名張毒ぶどう酒事件弁護団の伊藤和子弁護士(右の写真)から、1月29日に提出した特別抗告補充書⑽と自白問題について50分ほどにわたり報告をしていただきました。
 報告では、①ぶどう酒に入れられたテップ剤が、事件当時奥西勝さんが所持し、「自白」においてぶどう酒に混入したとされたニッカリンTでは無いことが明らかになったこと、そして②検察側は、そのことを必死に否定しようとしているが、その主張自体が、訴訟における立証責任の所在を転換させ、あたかも弁護団に立証責任があるかのような主張をしていることや主張自身の中にいくつもの矛盾が含まれており、およそ科学的なものとは言えないことなどを中心に話していただきました。

 その後、全国各地の経験について会場の参加者から発言してもらい、面会人である、稲生昌三さんと早川幸子さんに奥西勝さんの様子などを話してもらいました。
 最後に、学習したことを確信に、名張毒ぶどう酒事件・奥西勝さんの一日も早い再審開始を求める最高裁宛の集会アピールが提案され、満場の拍手で確認されました。この集会アピールは、翌日、最高裁に提出されました。

布川事件・杉山さんと足利事件・菅家さんへのインタビュー

 2月14日の「名張毒ぶどう酒事件再審開始めざす学習集会」で行われた、布川事件・杉山さんと足利事件・菅家さんへのインタビューを掲載します。(敬称は略)
                               

Q:昨年12月に、最高裁で再審開始決定が出たわけですけれども、その時の気持ちをまず教えていただけますでしょうか?

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 杉山:皆さんご存じのように、最高裁はいつ決定が出るか分からなかったんですが、その先週でしたか、葛飾ビラの決定が出まして、同じ第二小法廷で、そして次の週にちょっと事件名忘れましたけれども、また大きな事件の決定が出まして、それで私たちの出る週には何もなかったんですよね。
 ほかの事件に関する最高裁の動きを見て、私は直感で「これは布川の決定が出る」と思いまして、それで仕事を休んで家で待機をしていましたら、案の定、特別抗告が棄却されたという電話連絡を受けまして、それから今度、夕方に記者会見やるから日弁連へ来てくれと言われました。
 何を着ていくかとか、そういうのでウロウロウロウロしていたら、その間にマスコミから電話がボンボンボンボン入ってきまして、もうそれに出られない状態で、一応女房がいますので女房に手伝ってもらって、それで、女房から「何をウロウロしているんだ」と怒られまして、でもなんか、地裁で勝った時と高裁で勝った時は、その何日に出すから来なさいということで、すごい喜びだったんですが、最高裁決定は喜びというより、ちょっと慌てちゃってね、その時は、本当の喜びというのは味わえなかったですね。

Q:何かすごい動物的な勘があるようですけれども、逮捕された時の話をお願いします。もう40何年前に遡るんですが、最初、別件逮捕で警察に連れて行かれたんだと 思うんですけれども、その時にどういった気持ちでした?

 杉山:今は真面目ですけれども、当時すごく悪かったんで、暴力行為等処罰に関する法律違反という事件、3人共犯でしたが、それで逮捕されました。それで、共犯の2人は逮捕されて1週間ぐらいで釈放になったと聞いていました。
 私が逮捕された時に、友達と松戸競輪場で会いまして、それで友達に帰って来いというので、友達の所へ行こうとしましたら、やっぱり布川で警察官がもう一杯張ってまして、なーにまだこの野郎ら犯人捕まんないのかなと思っていたんですけれども、そしたらバス停で待っていましたら、知り合いの女の人が「杉山さん、今、刑事たちが聞いていましたよ」って言うから、「いや関係ねえよ、どうせ俺はすぐ出られるんだから」と、捕まるのは分かっていましたから、暴力行為で。
 ですから、「すぐ出られるんだから」と言って、バスに乗って友達の家で寝ていましたら、案の定、夜中にドンドンドンドンと来まして、「おっ、来た。寝たふりしよう、寝たふりしよう」って友達と2人で寝たふりしていたら、「おい、杉山。杉山」って、起きていたんですけれども、寝ていたふりをして、それで「逮捕状だ」ということで、「ああ、分かった。んじゃ行くから」ということで、それで友達にも「じゃあ、1週間ぐらいで出てくるからな」って言って、警察へ行ったんですけれど、1週間じゃなくて29年、30年近く入っていまして、そうなるとは思っていませんでした。

Q:私たち経験の無い者がなかなか分からないものの1つに、自白、やってない事の自白なんですけれども、杉山さんは警察に自白をどのように迫られたのか、そこを少し教えてください。

 杉山:ですから、暴力行為で調べをやったんですが、それが半日ぐらいで終わりまして、それで終わったから代用監獄の留置場に入れと言われて、入って夕飯食べて寝ようとしていたら、「もう1件聞きたいことがあるから、ちょっと出てこい」ということで行きました。
 「お前、最初のことの他に、何か1件やっているだろう」と言われましたね。1件やっているだろうって言われても、恐喝、暴力行為などをいっぱいやっていますんで、どれを言ったらいいのかと思って、それで、んじゃ一番大きい、あの捕まる1カ月前に、いや違う、布川事件ってのがあった1カ月前に隣町の龍ヶ崎で暴力団同士の抗争事件があり、それにちょっと関係していたので、「龍ヶ崎の事件の事か?」って言ったら、「違う!布川の殺しだよ」って言われて、「冗談じゃねえ!」、「俺はそんなのやってない」って言ったら、その日はあまり詰められませんで、それで「じゃあ、8月28日はどこにいたんだ」って言われまして、でも私は案外、今は頭は悪いですけれども、当時は鮮明にアリバイを覚えていましたので、東京中野区の野方の桜井昌司の兄貴の桜井けんじのアパートに居たって事を言いましてた。
 そして風呂屋へ行ったり、パチンコしたり、映画観たりしてって言ったら、「じゃあ分かった。それなら裏を取るから、今日はこれでいい」ってことで、その日の調べが終わりまして、その翌日にまた暴力事件の勾留取られるために裁判所に連れて行かれまして、そしたら裁判官もね、勾留尋問の裁判官も私に対して「お前、もう1件何かやっているみたいだね」って言うから、「なーに言ってんだ」と思ってね、やっぱり裁判官も布川の犯人だと思っているのかなと思いながら、留置場に帰りました。
 そしたらまた調べがありまして、今度は「昨日お前が言ったことは、裏が取れなかった」と。「お前、布川の事件やったんだろう」って言うから、「いや、やってない」って言ったら、「いや、お前を見た人が布川で20人も30人もいる」。それで「どこにいたんだ」とまた聞かれたんで、「桜井の兄貴のところにいた」って言いましたら、 「桜井の兄貴は、お前と一緒じゃなかったと言っている」って言うんですね。
 それで、桜井けんじって書いてある、コピーの調書を、当時のコピーする所は青い紙になるんですけれども、その調書を見せられまして、そしたら杉山と8月中旬ごろまでしか一緒じゃなかったって書いてありまして、それでも「いや、俺はやってない」って言ったら、刑事が「認めなければ死刑になるぞ」と「認めれば4年ぐらいで出られる」とか、あと「鹿島の方で郵便局員が人を殺して、私がやりましたと謝ったら、やっぱり4年で出られた」とか色々、「自白しなければ、いつまででも調べる」と、そういう事を言われました。
 それでも「いや、俺は関係ない。やってないよ」って言ったら、突然「桜井昌司知ってるだろう」と言うから、「ああ、知ってるよ」って言ったら、「桜井がだいぶ前に捕まって、お前と2人でやったと言って、涙流して謝っているんだ」と言われまして、「冗談じゃねえ! んじゃ、桜井、ここに呼んでこい」って言ったんですね。そしたら「それは出来ない」。そしたら、今度は目の前に、本物の調書をバンと置かれたんですよね。
 そしてちょっと見たら、「強盗殺人 桜井昌司」って名前が書いてあるから、「あれっ? これは桜井、本当にやったと言ってるなぁ」と思っちゃったんですよね。本物を見せられたからね。そして、その間、刑事が色々言っていたんですけれども、それはもう耳に入らないで、「桜井はなんでこんな嘘を言っているんだろう」と思ったんですよね。それで、もしかしたら桜井兄弟で事件を起こして、男2人兄弟だから、2人捕まっちゃうと家系が絶えちゃうんじゃないかと思って、私を犯人に引きずり込んでいるんじゃないかと思っちゃったんですよ。
 その理由は、この事件が起きる1カ月はならないと思うんですが、数日のところで一緒に飲んでと言われ、私が桜井を連れて行ったんですけれども、その時、桜井の頭をビール瓶で殴ったことがあるんですよね。ですから、これで俺を恨んでいて、私を犯人に仕立て上げようとしているんだなと思っちゃったんですよね。もう一つの理由は、少年の時、やっぱり傷害事件で逮捕されて、現場にいなかった人間が、その目撃者の、嘘の目撃なんですけれども、それで犯人にさせられちゃうことがあったんで、警察では何を言っても駄目だ、もうこいつらには通用しないという頭があったんで、もういいやと思って、後は検事のところで本当の事を言うからいいやって思って、「本当に桜井が、俺とやったんだって言っているんだな」って念を押したら、「そうだ」と言うから、「じゃあいいや、桜井が言っているように好きなように書いてくれ」っていうことで認めたんです。

Q:そうですか。それから、私たちにとって、もう1つ分からないのは、やってない事を自白した後に、そのことをどのようにやったか説明しないといけないですよね。それは、どういう風に行われるのですか。

 杉山:ですから、最初は「上申書を書け」っていうことで、「上申書ってどう書くんだ?」って聞いたら、「じゃあ、ひな形を作ってやる」って言うんでね、それで作ってもらって、「被害者に申し訳ない」と、あと、「地元の人達を騒がして申し訳なかったって書け」っていうことで書いて、署名指印させられて、それから今度、東京から現場まで行く時に誰と会ったと聞かれるんですけれども、誰と会ったって言ったって、その日は行ってないですから誰とも会ってないから、その前後のことを本当に日にちが違うんですけれど、前後にあったことをその28日の事として話して、それが調書になっていって、それで現場へ行ったら全然合わない訳なんですよね。やってないんだから。
 そして街の噂で被害者はがんじがらめに縛られていて、猿ぐつわをされていて、床がぶん抜けていて、その下から400万円盗まれたと聞いていたんですよね。そういう事を聞いていたんです。その調べの前に図面を書けって言われたんですけれども、図面を書けって言われたって、分かんないですよね。やってないんだから。
 そしたら、「普通の家はどういう形になっている」って言うんですよね。今はあるかもしれないけれど、当時三角の家とか丸の家は無いなと思って、「四角だ」って言ったら「そうだ、四角を書け」と言われて、でも、そう書くのにも、間違うといけないから、消せないから鉛筆で書けと言うんですよね。
 最後にボールペンでその上をなぞれと言われまして、書き始めたんですけれども、その次の質問は「その家の中には何があった」と聞かれたんですよ。自分で普通の家には何があるのかなと思って、タンスぐらいはあるよなと思って「タンスだ」って言ったら、「そうだそうだ」ということで、「そのタンスはどこにあったんだ」と言うから、
 どこにあったって言ったって、部屋の真ん中にタンスのある家は無いなと思って、「端のここらだ」って言ったら「いやー、そうだそうだ」っていうことで書いて、それから死体がどこにあったなんていうのは全く知らなかったんで、それを書けなかったんです。そしたら、取り調べの刑事が右と真向かいにいたんですけれども、やつら検証図面調書というのを持っていまして、これの3倍ぐらいの大きさなんですけれど、●●●●(注:聞き取れず)
 こうなると、私も興味があるからこう見たんですよ、そしたら死体がだいたいどこらにあるっていうのが分かったから、ここらだなぁって書いて、それで書いたんですけれども、その他、ロッカーとか何とか全然書けなくて、「何かあったろう」って言うから、「ここらに雑然と物があった」とかそういうふうにして書いたつもりなんですよね。
 それが、あとずっと調べになってくるんですけれど、「誰が殺した」とか言われまして、「いや、俺は」、当時私はお金、親のカネがあったんで、そういう事件は起こさなくても、まあ恐喝はやってましたけれどもね、そう人を殺してまでお金必要じゃないので、警察も「これ杉山、お前がやろうと言ってやったんじゃないよな。桜井がカネが無いから、それに付き合ったんだろう」って言うから、「そうです、そうです」って。「お金いくら盗った」って言うから、400万近いって聞いていたんで、「400万だ」って言ったら、「そんなにあるわけない」って言うんですよね。「じゃあ、7000円ぐらいか?」って言ったら、「いや、そんなに少なくちゃ駄目だ」。
 で、いくらにしたらいいのかなと思ったら、うちのお袋が当時郵便局の一枚10万円の貯金があったので、「10万円盗った」って言ったら「そうだそうだ」ってことで、10万円ってことになったんですよね。そのお金のあれでは。それで、「口に何か詰めたろう」って言うから、俺は猿ぐつわって聞いていたんで、「猿ぐつわですか」って聞いたら、「猿ぐつわじゃない」って言うんですね。その口の中に布が入っていたんだっていうことで、「その布は何だ」って言うから、全然分からないから、「いや分からない」って言ったら、「んーおかしいなー」なんて刑事が言って、仕方ないから白い布って言っておけば間違いないやと思って、「白い布」って言ったんです。
 そのずーっと後で、強盗殺人で逮捕状が執行されたのは、その23日になってからなんですけれど、その時に逮捕状に刑事が「これ見ろ」って言うから、見たら、口の中にパンツを詰めたって、「これでパンツだと分かったろう」って刑事が言うんですよね。犯人なら何を詰めたか分かると思うんですけれどもね。刑事がそれを教えてくれて、それから「パンツを口の中に詰めました」となっていくんですけれど、すべてがそういう取り調べで、あと、「被害者は何を着ていた」とか「どういう色のシャツだったか」というのが、刑事が持っている大学ノートに赤・白・青・黒とか書いてあって、「この中から選べ」って言うんですよね。合わないと「夏だろう、夏だと白っぽいんじゃないのか」って「じゃあ白」って言うと、「そうだ」っていうことで調書になっていって、それで「首を絞めたのはどっちだ」って言うから、「俺はやってないよ!」って言ったら「じゃあ、桜井がやったと言っているみたいだから、桜井が首を絞めたんだな」ってことで、そういうようにして作られていった調書なんですよね。

Q:ありがとうございます。本当はもっとお聞きしたいんですが、時間の関係で。次は菅家さんお願いできますでしょうか。菅家さんの場合は、DNAの再鑑定によって昨年6月4日に劇的な形で千葉刑務所を釈放された訳ですけれども、まず釈放された時のお気持ちをお聞かせください。

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 菅家(写真):そうですね。私としては、釈放された日は、全然自分としても全く思いもよらなく、釈放されたんですけれどもね。それが6月4日でしたね。いや、本当になんと言うんですかね、再審が終わってから出られるのかなと思っていたんですけれども、ところがそうじゃなくて、いきなり出されたわけですよ。当時はDNAで捕まって、DNAで釈放されました。それが自分としてはおかしな気持ちですけれどもね。

Q:それでは、菅家さんの場合もやってもいない殺人事件の犯人にされたわけですけれども、ここまで裁判が進んできていて、今一番許せないというのは誰ですかね?

 菅家:そうですね、私としてはですね、当時の科警研ですね。科警研の人。それから、刑事、検察、裁判官、この人達は絶対に許せません。

Q:そうすると、刑事裁判の全関係者みたいな形・・・

 菅家:そういうことですね。もう全員です。この間ですね、栃木県警の本部長と検察が自分に謝っているんですけれども、私としては、本人じゃないですから、まだまだ謝罪はあっても困ります。

Q:取り調べをした本人に謝ってもらいたいということですね。

 菅家:そういうことです。はい、そうです。

Q:次に、取り調べで、杉山さんにも同じ質問をしたんですが、どのように自白を迫られたんでしょうか?

 菅家:そうですね、私としては、とにかく無理矢理ですよね。やってないんですから。もう、全然分からなくて、当日ですね、平成3年の12月の1日の朝なんですけれども、いきなり刑事が来まして、「菅家、いるか」と言うわけですよ。そして私は、何だろうなと思いまして、玄関の所へ歩いて行きまして、ドアを開けたわけですよ。そしたらいきなり入ってきましたね。3人。刑事が...。
 戸を閉めて、「そこへ座れ」と言われたもんですから、座りました。そしたら橋本刑事が、「お前、子どもを殺したな」と言うわけですよ。びっくりしましたね。そして、「お前が子どもを殺したな」と言うわけです。「いや、私はやってません」と、そういうふうに言いましたら、いきなり肘鉄砲ですね。思い切りですよ。で、後ろへドーンとひっくり返りまして、それでやっと起き上がったんですけれど、そうしたらもう1人の刑事、吉村が、写真を見せたわけですよ、私に。そうしたら、「この子に謝れ」って言うわけなんですよね。
 でも謝れと言われてもやっていませんから、そういう気持ちは全然無かったわけですけれども、そしてそのうち、小さい子どもが殺されたので、私は写真の子どもに手を合わせました。そうしましたら、「やっぱりお前は手を合わせたから、お前がやったんだ」と、そういうふうに言うわけです。もう本当にとんでもない刑事で、本当に私頭に来ましたけれどもね、どうにもできませんでしたね。

Q:次に、菅家さんの場合は、他の冤罪事件の方とちょっと違ってですね、裁判が始まってですね第5回公判ぐらいまで、自白を維持されていましたよね。その裏にはどんなことがあったのでしょうか。

 菅家:そうですね、裁判が始まりまして、5回か6回だと思うんですけれども、裁判をやっている時に、傍聴席にですね、刑事がいるんじゃないかと、毎回私はビクビクしていましたね。傍聴席に刑事がいるんじゃないかと。それで私はもう、やってはいないんだけれども、どうしても後ろに刑事がいるような気持ちでおりまして、それで「やってない」と裁判官に言えなかったわけですね。
Q:それはやっぱり肘鉄砲を食らわせた刑事とか、そういった暴力的な事をやられたということが大きかったということですか?
 菅家:そういうことですね。

Q:再審冤罪事件の全国連絡会や、国民救援会は、警察の取り調べの可視化、録音・録画を主張しているんですけれども、菅家さんはどう思われますか?

 菅家:やはり、そうですね。可視化をやってもらったほうが自分としてもいいですね。というのは、私は橋本刑事にですね、髪の毛を引っ張られたり、それから足蹴りされましたね。だから、そういう事がありますから、録画・録音、これは絶対やってもらいたいと思っています。

Q:はい、ありがとうございました。それでは、また杉山さんの方へ戻って、杉山さんに質問したいのですが、菅家さんにも聞いたんですけれども、一番許せないのは誰かということで、記者会見で杉山さんは裁判官だとお答えになっていると聞いているんですが、その理由はどういったところにあるんでしょうか?

 杉山:だから、本当は菅家さんも言うようにそうですけれども、私の場合はまた違う考えでして、警察は犯人を作るところですから、それをいつまでも未練を持っているつもりはないんですけれども、それを分かってくれるのは裁判官だという気持ちでいましたので、裁判官は今じゃこんな事言ったらおかしいけれど、神聖なものと思って、裁判官ならなんでも分かってくれると思っていたので、それが第二次で勝つまで6回負けていたので、もう中にいた時も、佐野洋先生に●●(注:聞き取れず)からの裁判官という手紙を書いて、それが本になっていますけれど、ですから裁判官が一番許せないですね。

Q:はい、ありがとうございます。再審開始が決まって、3月19日に今後の再審裁判について、三者協議がおこなわれると聞いているんですけれども、この再審裁判で杉山さんはどんなことを望まれますか?

 杉山:ですから、弁護団の方針とも色々、明日検察庁に弁護団が行って、色々出方を見てくるというんですけれども、検察庁は新聞などでは全面的にまた争う、有罪立証をすると言っていますけれども、今更有罪立証するって言ったって、もう何も無いわけですよね。はっきり言って。ですから、それを検察官がそういう出方をしなければ、なんか弁護団の方にも隠し球があるみたいで、ここでは言えませんけれど、向こうがこう出てきたらこうやったら、それを検察庁引っ込めるんじゃないかっていう予想でして、そしたら、もう2、3回の裁判で決まるんじゃないかというような話もありまして、それで私は、そういう展開になったら、弁護団も本人尋問もやらないと、今までもやっているんだから、でも意見陳述はやらせるからと。桜井は2時間ぐらいやろうかななんて言っていましたけれど、私は裁判官にこの事件に巻き込まれて、私は裁判、確定審の段階で、家も土地も全部裁判費用に売り払っているんですよね。ですから、それはもう裁判官が分かってくれなかったというためなんで、それを、家、お金よりか、今たとえばお金があれば家は買えますよね。買えるけれど、その家の中で暮らした親子の思い出というのはお金では買えないんですよ。ですから、それを裁判官に絶対言ってやろうと思っています。

Q:はい、ありがとうございます。菅家さんにも聞きましたが、警察の取り調べの全面可視化について、杉山さんどのようにお考えですか。

 杉山:全面可視化しないと、私らの場合みたいに一部可視化で録音テープを、都合の良い録音テープを法廷に出されて、それを法廷で聞いた裁判長が「すらすら述べているようだね」その、すらすらというのは、こうこう教えられてこう喋れというあれでやったものであってと言っても、「いや、犯人じゃなければこうすらすら喋れない」と裁判長は言っていますので、ですから、全面可視化して取り調べを明らかにしない限りは、冤罪は無くならないと思っています。それともう一つは、布川事件は証拠開示で勝ったようなものですから、証拠開示も、全面可視化と証拠開示が法案で、それが通らなければ駄目だと思っていますね。冤罪が無くならないと思っています。

Q:ありがとうございます。証拠の全面開示まで言っていただいて、ありがとうございます。私からの最後の質問ですが、これから再審裁判のたたかいになりますけれども、晴れて無罪判決が出たら何をされたいですか。

 杉山:まあ、具体的にそういう事は考えていませんけれども、この前私は千葉県本部の人、神奈川県本部の人と千葉刑務所へ守大助さんの会いに行ってきましたけれど、その守大助さんが私が行ったということで、すごく喜んでくれまして、色々話をしてきましたけれけど、そこに長年いた苦労話なんかもちょっと聞きましたけれど、それで私が入っていた時にまだ一緒だったやつらが入っているらしいんですよ。無期懲役で30年ぐらい出られないみたいで、守大助さんが杉山さんが面会に来るということで言ったら、杉山さんが入ってきた時には、あの風貌・体格で犯人に間違いないと思っていたんだけれども、付き合っているうちに、「ああ、この人はやっていないんだな」と思えるようになったんで、頑張ってくださいと言われました。守大助さんとか名張事件の奥西さんとか、そういう人達を助けるために少しでも力になりたいなと思っています。

Q:はい、ありがとうございます。それでは、菅家さんにお聞きしたいんですが、同じ質問です。菅家さんの場合は、3月26日に無罪判決が出ることになっていますよね。無罪判決が出たら何をされたいですか?

 菅家:そうですね、私は仕事をやりたいと思っていますし、それから運転免許も取りたいと思っています。それから、私と同じように苦しんでいる人達のためにも、これからも支援をしていきたいと思っております。

Q:ありがとうございます。ぜひ、私たちと一緒に冤罪を無くすために頑張っていただけたらと思っています。

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加盟各事件と支援の状況

名張毒ぶどう酒事件の報告

 去る1月29日、名張毒ぶどう酒事件弁護団は、事実上の最終弁論といえる「特別抗告申立補充書10」を最高裁判所へ提出しました。これは、昨年10月23日に検察官が提出した新証拠に対する反論(「答弁書」)への再反論です。この弁護団最終意見書の提出をもって、いよいよ最高裁判所に判断、再審開始を迫っていく時期となりました。
 ところが、先日行われた弁護団と最高裁調査官との面談で、検察官が再度反論を提出する意向を示したことが明らかになりました。事件発生から49年、今年84歳となった奥西さんにとって、検察官によるこれ以上の審理の引き延ばしは許されません。一日も早い再審開始を改めて求めるものです。
 今年私たちは、毎年恒例となっている地元三重県での「お伊勢さん」宣伝に始まり、1月14日の奥西さん84歳の誕生日を激励する宣伝行動に取り組みました。この行動は、救援会の皆さんと共同で札幌、秋田、福島、茨城、埼玉、東京、山梨、神奈川、岐阜、愛知、滋賀、奈良、大阪、岡山、広島、山口、徳島、熊本など、日本全国で取り組まれました。
 また、昨年再審の流れを切り開いた足利事件や布川事件の皆さんにもご協力いただきながら毎月最高裁判所へ要請を重ねています。3月7日には、最高裁判所のお膝元・東京で、「私は無実だ リレートークin銀座 2010」が企画され、守る会の皆さんが奮走する毎日が続いています。
 来る3月27日(土)・28日(日)(事件発生当日です)には、28回目となる全国現地調査が名張事件全国ネット、日本国民救援会、そして再審えん罪事件全国連絡会の共催で開催されます。この現地調査に向けて弁護団が提出した補充意見書の学習会などをこまめに開き、文字どおり日本全国から代表を送ってもらう取り組みもはじめました。
 こうした各地の取り組み、そして足利・布川事件での再審開始、弁護団の最終意見書の提出などをうけ、獄中の奥西さんは、物静かな中にも「今度こそは!」と最高裁決定にかける意気込みや期待、闘志をみなぎらせていることが、面会人からも伝えられています。奥西さんのこの悲願を何としても実現するために、さらなるご支援をお願いします。

名張毒ぶどう酒事件全国ネットワーク
事務局次長 田中哲夫(愛知守る会)

福井女子中学生殺人事件の報告

○裁判
 再審請求5年に入っている福井女子中学生殺人事件は、いま大詰めを迎えています。一昨年8月、殺害現場における物的証拠の開示がなされ、それにもとづいた鑑定補充書等の作成、提出も完了し、残る課題であった供述証拠の開示は、昨年10月13日裁判所は検察庁へ開示勧告をなし、翌11月19日検察庁は5名の証人(証人調書21通)の証拠開示をした。
 現在、弁護団は開示された証人調書の分析を時系列的におこなっているが、その要旨は「前川犯人説を唱え出したA証人の供述を補強するため、取調べの警官や検事が他の証人を誘導し、作り上げられたものであることがより明白になった」と言明している。

○署名
 5年目を迎えた今年1月の裁判所に対する再審を開けの要請行動で署名の累計は1万3000筆となった。これは一審判決時と同数である。
 以来、今日まで1000筆近くの署名が北陸3県や兵庫、大阪、京都、熊本など11県から寄せられ、父・禮三氏も100筆近く集めています。

福井事件責任者・金子 光伸

東住吉えん罪事件の報告

青木さん、朴さんの近況

(ひまわり通信への便りからの抜粋)

 お正月は雑居部屋(8人)ということもあり、珍しく風邪を引いたことで、ゆっくりさせてもらいました。でも、今年で獄中でのお正月は終わりにしたいし、平成22年、この「22」という数字はMちゃんの亡くなった日だからこそ、真実を明らかにし、社会に帰るという奇跡が起こると信じたいです。今年も、「今日一日」を乗り超える気持ちで一歩ずつ、負けずに争っていきますので、ご支援をお願いいたします。

(1月2日記 青木惠子)

 ※1月10日 寺内世話人の面会時、「お湯が使えないのでしもやけになった」とのこと。

 新工場完成により、昨年11月から第15工場でツナギの裁断をしています。工場ではツナギを作ることが初めてなので、裁断の責任者として、ツナギ班長とともに作業全体もプロデュースしています。再審請求をしている身でありながら、責任ある立場に立てたことは意味深いことです。今年も皆さんに支援をお願いすることになりますが、どうかよろしくお頼み申し上げます。再審無罪を勝ち取れるよう、力を合わせて闘っていけたらと願ってやみません。布川事件、おめでとうございます。  

(1月1日記 朴龍晧)

再審請求の現状
 (朴弁護団:2009年7月7日、青木弁護団:同年8月7日、大阪地裁に再審請求、個別事件として、同部に係属)
 ◎3月23日、第2回3者協議予定

活動報告
 ◎1月25日 裁判所前宣伝行動の後、大阪地裁へ署名提出 
        青木さん:1842筆、朴さん:1787筆
 ◎宣伝行動
    ・1月16日 救援会大阪府本部「名張事件 奥西さんの誕生日宣伝」に参加。朴さんのお母さんが支援訴え
    ・救援会各支部大会で支援・署名要請や学習会に参加
 ◎宣伝行動用 のぼり作製「青木惠子さん 朴龍晧さんは無実です」

たんぽぽの会(関西えん罪事件連絡会)
 ◎第7回1月19日(火)
 ・ニュース新年号発行・発送
 ・関西市民集会について、集会のタイトル、予算、ビラ、企画について検討

当面のスケジュール
 ◎救援会各支部大会で支援・署名要請、
学習会参加
 ◎3月13日(土)支援する会兵庫県支部結成大会開催 弁護団から現状報告等
 ◎3月19日(金)裁判所前で宣伝行動 
大阪地裁へ署名提出(第4回)
 ◎たんぽぽの会
 第8回2月24日(水)
 第9回3月23日(火)
      

「東住吉冤罪事件」を支援する会
事務局長 尾崎良江

日野町事件 の報告

4万筆署名を達成

1.本格的な審理の開始が迫る

 大阪高裁第1刑事部(的場純男裁判長)は、昨年秋、「本格的な審理を(弁護団が3月末頃に提出予定)補充書の提出後から始める。即時抗告から相当の期間が経過しており、悠長にならないようにしたい。しかし、裁判所も検討のための充分な時間が必要」と表明しており、本格的な審理が開始されようとしています。
 弁護団は、この間、何度も日野町に足を運び、関係者から事件当時のことを聞き取る調査を続けており、また、浜田寿美男奈良女子大教授が、阪原弘さんとの面会に速記者を伴って聞き取った会話をもとに、阪原「自白」に関する鑑定書の作成作業をすすめています。

2.再審開始要請署名が4万筆に!2月25日に家族とともに提出

 06年3月30日、大阪高裁へ即時抗告を申立ててから4年近くになりました。
 この間、対策委員会は再審開始を求める要請署名運動に取り組み、昨年秋までに3万5千筆の署名を提出しています。
その後も署名運動の取り組み強め、2月20日、5千筆の署名を集めることができました。そこで2月25日、大阪高裁の門前で新しく作成したリーフレットを家族とともに配布した後、5千筆(トータルで4万筆)の署名を大阪高裁第1刑事部に提出し、口頭でも再審開始決定を行うよう強く申し入れます。
対策委員会では、引き続き次の署名目標である5万筆を目指して、奮闘する決意です。

3.菅家さん、桜井さんを迎えて「守る会」総会と市民集会を開催

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 滋賀「阪原弘さんを守る会」は、2月20日(土)午後、事件の地元、日野町の必佐公民館で、第9回守る会総会と、再審を勝ち取った足利事件の菅家利和さん、布川事件の桜井昌司さんを招き「えん罪事件を考えるつどい」を、県内外から133人の参加者を得て開催しました。
 集会には日野町事件を研究している東京経済大学の大出ゼミの学生が東京から参加し、集会後は泊まり込んで、夜間と翌日の早朝、大出教授とともに弁護人らの案内で、熱心に現地調査を行いました。

4.阪原さんを激励するハガキに阪原さんからお礼のハガキが届く
 阪原弘さんは、この冬、少し体調を崩すこともありましたが、今のところ風邪も引かず比較的元気に過ごせています。
 家族との面会では、足利事件、布川事件が再審開始を勝ち取ったことを喜び、自分も早く再審開始をと、話しています。
ところで昨年12月9日、弁護団が広島刑務所に「支援者と阪原さんとの面会を許可するよう」申し入れましたが、今も支援者との面会は実現していません。
 そうした中にあって、対策委員会では、阪原弘さんへ激励の手紙やハガキを送ろうと呼びかけてきました。それに応えて全国から年賀ハガキが100通を超えて阪原弘さんに送られました。特に広島県福山市の井上進さんが、阪原弘さんに激励のハガキを熱心に送り続けられた結果、阪原弘さんから井上進さんに「お便りを沢山頂きまして、よろこぶ今日です」などと書かれたお礼のハガキが届きました。
獄中にあって、獄外から送られてくる通信は嬉しいものと桜井さんたちも語っており、通信活動を強めたいと思います。

日野町事件対策委員
 佐藤佳久

大阪地裁所長オヤジ狩り国賠裁判の報告

 12月15日、第4回大阪地裁所長オヤジ狩り国賠裁判が開かれ、裁判終了後、中庭で報告集会を行ないました。
「原告5人の陳述書も整いました。裁判所が明らかにした調べる予定の者に少年の捜査官・府警の福積捜査主任が抜けていました。証人尋問を誰にするかはこれからの裁判で決まります。いよいよ佳境。裁判長は積極的に日にちを入れてくれています。国賠請求で、冤罪の構図を明らかにするため、傍聴に来ていただいた皆さんのお力を貸して下さい」の説明に傍聴者の皆さんから拍手があり、今後も傍聴をしていくことをみんなで確認し合いました。傍聴に参加された東住吉冤罪事件の朴さんのお母さんから、裁判の感想と息子の無実のために再審開始のために署名のご協力をお願いしますとの訴えがありました。支援する会から裁判所に個人署名5679筆と団体署名127団体を提出しました。引き続き、署名のご協力の訴えを確認し合い終了しました。

大阪地裁所長オヤジ狩り事件の国家賠償請求を支援する会事務局長
中川泰一

大崎事件の報告

 2月10日「大崎事件・原口アヤ子さんの再審をかちとる首都圏の会」新春のつどいが、東京・平和と労働センターにおいて、52名の参加で行われました。
 大崎事件の一人芝居を演じた俳優・青田いずみさんの詩の朗読にはじまり、南京玉すだれやギター弾き語りなど楽しいアトラクションに加えて、布川事件の桜井さんと杉山さんも参加してつどいは大いに盛り上がりました。
 「今年こそ第二次再審請求を提出し一日も早く原口さんの再審・無罪を」と決意し、最後に参加者全員で集合写真を撮影して、つどいに参加できなかった原口さんを元気づけようと送りました。

原口アヤ子さんの再審をかちとる首都圏の会
事務局次長 真木小百合

特急あずさ35号窃盗冤罪事件の報告

 2月18日現在の署名数は、9006筆となりました。
募金は、33万5662円が寄せられています。
 ご協力いただいたみな様に心より御礼申し上げます。
署名をさらに広げるために、引き続きご協力くださるようお願いいたします。

 東京高裁への再審請求は、再審請求をしても判決時の裁判長が審理する恐れがあることから、昨年10月16日の提出予定日が延期されたままになっています。
 弁護団が、いつ請求するか、そのタイミングをはかっていますが、現在のところ、具体的な日程は明らかになっていません。本人は、1日も早く再審決定がなされることを望んでいますし、勝ち取る会としても、裁判所に係属していない事件の運動の進め方のやりづらさもありますので、再審請求が早期になされることを望んでいます。
しかし、上記のような事情がありますので、ご理解ください。
再審請求の具体的な日程は、明らかになり次第お知らせします。

※「柳澤広幸さんの無実を勝ち取る会」は2月に「お知らせ」No.2を発行しました。その中に載せられた柳澤さんの決意と訴えを紹介します。

 新たな年が明けました。今年こそ「開かずの扉」といわれる再審の門を開かせたい。その為には、この「特急あずさ35号窃盗冤罪事件」が冤罪であることを、広範な人々に認知していただき継承すること。そして、たゆまない運動の継続の必要性を感じます。
 再審闘争は、まさに茨の道ともいえます。好き好んで歩む人はいないでしょう。しかし、闘わなければ再審開始、再審無罪はありません。人間の尊厳にかけても再審無罪を勝ち取らなくてはなりません。
今年に入り、1 月16日に国民救援会長野県本部旗びらき、1月24日に国民救援会上小支部旗びらきに伺わせていただき、事件の概要・構造、そして判決についての説明をさせていただきました。皆様方のご理解や激励を頂きまして本当に勇気づけられました。一般市民の方々が理解でき、事件構造を不信に思うのに、なぜ? 職業として、司法のプロでなくてはならない、裁判官、検察官、そして警察官がこんな単純明快な真実がわからないのか、激しい怒りを覚えると同時に、本当に悲しくなるばかりです。

 私は、真実が一つである限り、その真実を追い求め戦い続けます。

 防衛医大教授の痴漢冤罪事件の最高裁判決にありました、「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり,これを防止することは刑事裁判における最重要課題の一つである。刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告人の利益に』の原則も,有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も,突き詰めれば冤罪防止のためのものであると考えられる」という那須裁判官の補足意見の一節にもあるように、この言葉を下級審であります東京高裁も切に受け止め、今後、真摯に司法判断を下してもらいたいと思います。
 今後とも、皆様方のご支援ご協力をお願いいたします。

 2010/2/11 柳澤広幸
(守る会ニュースより)

仙台筋弛緩剤冤罪事件の報告

■ 3/7(日)銀座リレートークに参加します。■ 

一昨年に引き続いて名張事件・東京守る会の主催するえん罪リレートークに参加してビラ配り等行います。

第2弾・えん罪リレートークin銀座2010
日時:2010年3月7日(日)午後1時~4時
場所:JR有楽町駅近く、有楽町マリオン
前の街頭 

■ 裁判資料CDROMを発行しました。 ■

 このたび首都圏の会では、関係者・希望者への配布用として、北陵クリニック事件の主な裁判資料を1枚のCDROMにまとめたものを発行しました。
 これを1枚300円+送料でお送りいたしますので希望される方はぜひご連絡ください。
※プライバシー保護及び悪用を避けるために注意書きをお読みになられた上で適切にお取り扱い願います。

■ 宮城と千葉から冊子発行 ■

 宮城・守る会と救援会千葉県本部から新しい冊子が出ています。
 宮城の冊子は去年2月に花島弁護士(一~三審の主任弁護士)が徳島の会総会で講演した内容をまとめたものです。
 56P 300円+送料です。

 千葉の冊子は去年8月までの面会者の面会記をまとめたものです。
43P 200円+送料です。

首都圏の会でも何部かストックしておきますので興味ある方はご連絡ください。

■ 守大助さんからのメッセージと詩 ■

 去年末に弁護士経由で届いた守大助さんのメッセージと詩をHPに掲載しましたのでぜひご覧ください。

 また首都圏の会宛てのメッセージの中では、運動会(10年ぶりとのこと)が行われて工場対抗の応援合戦で盛り上がったこと、
刑務所慰問コンサートを新しい講堂で聞いたこと、暖房のない仕事場で靴を縫う仕事をしていることなどが書かれていました。

(守大助さんを支援する臨時ニュースより)

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