えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.51 再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2011年4月21日発行 No.51


名張毒ぶどう酒事件

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第29回現地調査の成功

 いわゆる名張毒ぶどう酒事件は、この3月28日で事件発生から50年の節目を迎えました。その直前に開かれる29回目の現地調査において、どんな問題を焦点にするのか。またどんな学習の場にするのかであった。全国から遠路はるばる参加してくださる支援者をはじめ、事件の成り行きに注目している国民になにを訴えるのか。運営する者に課せられた課題でありました。

 長年続けてきた現地調査は、1回ごとにそれなりの成果を残してきたものの、やはり再審の扉をこじ開けられないもどかしさに、いまひとつという思いを残すことが度々でした。ここ数年、このような思いが準備段階からつきまとい、今回も同じ思いでした。
もうこれでお仕舞いにしたらどうかとついつい考えていしまう。そういう思いで続けてきた最近の現調でした。それは今でも変わらない。
 しかし、再審の扉をこじ開けない限り、足を止めるわけにはいかない。実施する以上は手を抜けない。参加者に新しい情勢をしっかり学んで力にしてもらい各地で支援活動の力にして欲しいという思い。そして、今回はどこからどんな人が、初めての支援者はどれだけ参加してくれるだろうかと思いを巡らせながらの準備作業でした。
 会場やホテル、マイクロバスの手配、案内状の作成、弁護団への要請と報告内容の申し入れなどをネット事務局の間で意思疎通をはかりながらの作業。なかでも救援会三重県本部会計責任者との意思疎通は欠かせません。運営費の採算性は無視できないからです。赤字を出せば、財政上堪えるだけでなく、後味の悪い結果を残してしまいます。
 会場の確保一つとっても大変です。公的施設は全国どこでも同じで、予約が利用日2ヶ月、3ヶ月前という決まりがあり、申し込み利用者が複数いれば抽選です。会場確保一つとっても冷や冷や苛々である。ホテルの予約も難しい。参加者数の予測は正直言って予測できない。一泊二日という行事であり、参加者にとっては費用の負担も決して馬鹿にならない。おまけに全国からの参加となれば決して便利な地ではない。ちょっと行ってみようという気持ちにはおいそれとならないだろう。重い腰でなくとも参加することを決意することは容易でない。かと言って申込期限は延ばせない。ホテルに迷惑は駆けられない。昨年まで使い続けてきた名張プラザホテルは不況の波で経営主体が変わってしまい、専用バスを使えなくなった。友人も経費が持たないと言ってマイクロバスを手放しまった。そういつまでも甘えられないことは分かっていたが、傷手の一つである。などと言い出せば切りがない。
 話しを戻しますが、今回の現調課題は、はっきりしていました。
 一つは、最高裁第三小法廷が出した差戻し決定から1年が経過しようという時期に差戻し審の審理状況をどうとらえるか。もう一つは事件から50年をどうとらえるかでした。
 そのうえで、一刻も早く、どう再審を開かせるか。そのための意見交換と意思統一を果たすことができるかどうかでした。
 また、50年前の3月28日、理不尽な惨事でお亡くなりになった5人の犠牲者やその家族と50年経っても、いまなお事件の真相が解明されないため、複雑な思いでこられた地元葛尾の人たち、未曾有の東日本大震災の被災者への思いを寄せながらの現地調査でもありました。
 全国14都道府県から弁護団8名と支援者83名、合計91名が集って、大過なく無事交流することができた喜びを全国の支援者と分かち合いたいと思います。

(名張全国ネット事務局長 砂野)

第29回名張事件現地調査、弁護団報告

 第29回の名張事件現地調査の事前学習会では,差戻審の経過と現状,毒物鑑定の問題点について,稲垣弁護人,佐々木弁護人より報告を受けました。弁護団報告の要旨は、名張事件全国ネットの事務局でまとめたものを掲載します。

(1)最高裁決定の不当性

 差戻審異議審の原因となる最高裁決定について,弁護団は不当決定であるという評価を示しています。
 最高裁決定は,新証拠3(毒物鑑定)の判断について,「原決定(異議審決定)が判断したのは,科学的知見に基づく検討をしたとはいえず,推論過程に誤りがある疑いがあり,いまだ事実は解明されてはいないのであって,審理が尽くされているとはいえない。これが原決定に及ぼすことは明らかであり,原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」と判示しました。最高裁の判断はこれにとどまらず,この判示の後,特別抗告審における発色問題の検察官,弁護団の双方の主張を取り上げ,審理が尽くされていないなどとして,差し戻しとなる結果が導き出されてしまいました。特別抗告審の終盤,最高裁がわざわざ最高検に対し答弁書の提出を求めたことにより,最高検から提出された学者の意見書がもとになり,ペーパークロマトグラフ試験によるスポットの発色性についての化学論争に発展しました。この論争により最高裁自らが判断することを先延ばしする材料となり,差し戻しという不当な判断となったといえます。

 最高裁決定は,新証拠の1,2,4,5については,まともな判断を示さず却下しました。また,弁護団は異議審決定の自白偏重思想を崩すため,自白の問題について重点をおいた主張を展開しましたが,最高裁は一顧だにしませんでした。
 最高裁決定は,最高裁自らが判断をすることを放棄し,奥西さんの50年もの時間を奪ってきた司法の責任をうやむやにし,命を弄ぶ不当決定と判断せざるを得ません。

(2) 毒物鑑定について

 毒物に関する新証拠3については,稲垣弁護人より詳細に報告を受けました。
 奥西さんが使用したと自白した「ニッカリンT」には,主成分テトラエチルピロホスフェート(TEPP)の他,副生成物としてトリエチルピロホスフェート(TriEPP),ジエチルホスフェート(DEP)が含まれています。しかし,事件直後に三重県衛生研究所が実施したペーパークロマトグラフ試験では,対照検体(本件ぶどう酒にニッカリンTを混ぜたもの)からは,Rf0.95にTEPP,Rf0.58にTriEPP,Rf0.48にDEPがいずれも検出されたのに,事件検体(飲み残りぶどう酒)からは,Rf0.95にTEPP, Rf0.48にDEPが検出されたものの,Rf0.58からはTriEPPは検出されませんでした。
 弁護団が新証拠として提出した専門家による鑑定では,ニッカリンTの製造方法では,必ずTriEPPが含まれ,その加水分解速度はTEPPと比較すると遅いことが判明しました。別のメーカーのテップ系農薬の製造方法では,TriEPPが生成されないことも明らかになりました。

 検察官は,事件検体からRf0.58スポットが検出されなかった理由について,事件検体に含まれていたTriEPPの絶対量が少なかったから検出されなかったとの異議審決定までの主張に加えて,最高裁において新たにRf0.58スポットがTriEPPであることを前提に,TriEPPの発色反応が著しく弱いために,事件検体にニッカリンTが含まれていたとしても事件検体から検出されなかった旨主張しました。

(3)差戻審における検察の主張と名古屋高裁の姿勢

 差戻審の第1回三者協議(5月28日)において検察官は,突如発色問題の主張を留保するという信じられないことを言い始めました。この主張のもととなる石山鑑定書では,Rf0.58はTriEPPではないと主張しています。本来であれば差戻の根拠となった主張が取り下げられるのであれば,検察は異議申立自身を取り下げるべきであるにもかかわらず,名古屋高裁は,ニッカリンTの再製造とペーパークロマトグラフ試験の実施という最高裁決定の呪縛にとらわれています。弁護団としては,「即時結審,再審開始」という態度は一貫していますが,高裁が最高裁決定の呪縛にとらわれている現状で,検察官主導の審理を許さないためにも,最低限の措置としてニッカリンTの成分分析には同意しています。その後,高裁は,大学や研究所にニッカリンTの鑑定を依頼しましたが,16をこえる組織から断られてしまいました。そのため高裁は,弁護団,検察官に対し,「ニッカリンTの成分分析の鑑定において,相手方の主張に沿う結果となった場合に,想定されている主張・立証の有無,ある場合にはその内容の概略」を示すように文書で照会してきました。ここでまた検察官は不当きわまりない噴飯ものの主張を行いました。それは一旦取り下げた発色問題を蒸し返してきたのです。差戻審で新たに主張を始めた石山鑑定書に対し,真っ向から対立する主張を平然と行う検察官の態度には厳しく抗議し,成分分析の結果をもって即時に結審を求めていくことが弁護団の対応です。
 新証拠3の毒物鑑定において,毒物が異なっていたことが明らかになれば,自白の信用性は一気に崩れ去ります。他の新証拠の評価も変更され,再審開始決定となるしかありません。                 

7次再審

 再審請求審決定(名高裁刑事第一部)
 2005年4月5日、名古屋高等裁判所刑事第1部は、7次審で弁護団が提出した次の5つの新証拠のうち1ないし3の新証拠を認めて、「自白の信用性には大きな疑問が残り、これに依拠した有罪認定は無理であると判断した。そして、以上を統合して検討した結果、結論として、上記のとおり、新証拠が本件の確定判決の審理に提出されていたとしたら、有罪認定には合理的疑いを生じさせ得るもの」と判断。(決定6,7頁)
 新証拠に対する認定の概要は以下のとおりです。

 新証拠1 偽装開栓の可能性(封緘紙を破ることなく栓の二度開けは容易)について弁護団の主張を認める。

 新証拠2 四つ足替栓の開栓方法について(鑑定人:名工大石川孝司教授)
   ぶどう酒瓶の「うち蓋(四つ足替栓)」を歯で開けたとすると証拠物の蓋の場合、足の折れ方が不自然。完全に折れ曲がっていることからすると足底平面に平らな道具を押し当てて突き上げた場合にできる折れ方。歯で開けた場合、このように折れ曲がることは不自然。

 新証拠3 ニッカリン・Tについて(宮川亘京大大学院教授、佐々木満阪大大学院教授)
   ペーパクロマトグラフィー検査によるテップ系農薬のうちニッカリン・Tについてはトリエチルピロホスフェートが検出されるが、飲み残しぶどう酒からはトリエチルピロホスフェートが検出されていない。他のテップ系農薬の場合、トリエチルピロホスフェートが含まれていないので、他のテップ系農薬の可能性が大きい。

 新証拠4 封緘紙の破損について(開栓方法)
   耳付き冠頭(外蓋)の開栓方法に関し、封緘紙の破損について(鈴木恭治教授)
   ぶどう酒瓶の外蓋を火挟みで突き上げて外したという自白からすると瓶の蓋と飲み口を封緘していた封緘紙の破れ方が不自然と主張。

 新証拠5 毒物混入後のぶどう酒の変色について
   ニッカリン・Tを白ぶどう酒に注入するとロゼ色に変色する。関係人の証言からすれば、ぶどう酒は「白」。証言と矛盾する。事件当時の三重衛生研の拡散実験では、ぶどう酒にニッカリン・Tを落とすと白濁するとの結果が出ている。

異議審決定(名高裁刑事第二部)

 しかし、検察は、この決定を不服として異議を申立したため、同高裁刑事第二部において異議審が行われることとなった。
 異議審では、異議申立が妥当であるかどうか。申立審が認めた3つの新証拠が無罪を言い渡すべき新規性のある新証拠かどうかが審理された。
 検察官の異議を認めて、開始決定が認めた3つの新証拠は証拠価値がないものとしてことごとく退けられ、再審開始決定を取り消した。

特別抗告審決定(最高裁第三小法廷)

 まず、決定は異議審決定は審理不十分として差し戻すべきものとし、刑の執行も停止した。
 決定の言い分は概ね以下のとおりである。
 ① 請求人、検察から当審に出された新たな証拠・主張については、原審において証拠調べがなされていないので判断できない。あらためて証拠調べをすべきである。
 ② 新証拠1、2、4,5については未だ疑問の余地がある。
 ③ 新証拠3の毒物鑑定については科学的知見に基づくものの、事件当時と同じ材料で行われていないので、当時の条件に近い方法での結果が求められる。
 ④ 検察の主張並びに平島鹿児島大准教授の意見書(回答書)については、推論の域を出ておらず科学的根拠がない。
 ⑤ 事件当時の三重県衛生研究所作成のエーテル抽出法による検査結果については、試験紙に反映された反応結果について十分な証拠調べがされていない。トリエチルピロホスフェートがいったん検出されて時間経過により消滅したかどうかなどの検討がされておらず疑問が残る。その点で審理が十分尽くされていない。
 以上の結果、異議審決定は審理が尽くされたとはいえず、これを見過ごせば正義に反する。

差 戻 し 理 由 の 概 要
  「原判決が、本件毒物はニッカリンTであり、トリエチルピロホスフェートもその成分として含まれていたけれども、三重県衛生研究所の試験によっては、それを検出することができなかったと考えることも十分に可能であると判断したのは、科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがあり、いまだ事実は解明されていないのであって、審理が尽くされているとはいえない。」 

 「現決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認められる。」

補足意見(田原睦夫裁判官)
 「本件は、事件発生から50年近くを経過し、また、本件再審申立から既に8年近く経過していることにかんがみ、差戻審における証拠調べは、必要最小限の範囲に限定し効率良くなされることが肝要であると考える。」

(文責・名張全国ネット事務局)



      こ  の  1  年  間  の  活  動  報  告

29回現調のひとコマ

許すな!検察の暴挙と検察に荷担する不当な名古屋高裁刑事2部裁判官   

・・・ 支援者はどう逆風に立ち向かうのか ・・・
全国ネット事務局次長
報告者 田 中 哲 夫

1 差し戻し決定以後の活動報告

 昨年4月5日の差戻し決定後、共に一刻も早い再審を求めて支援活動に取りくまれている仲間のみなさんが、今回の東日本大震災で多大なる被災されたことに、心よりお見舞い申し上げます。奥西勝さんもみなさんの被災に心を痛めています。一日も早い復興のため、私たちも微力ながら復興活動を支援する決意です。
 私たち全国の各支援組織と日本国民救援会は協力共同して精力的に活動を行ってきました。その結果、これまでの取り組みとして特筆すべきことは、この1年間で5万名に及ぶ要請署名を名古屋高裁へ提出することが出来ました。また、要請行動も文字どおり全国のみなさんの参加を得て毎月継続して行っています。
 死刑判決から丸41年となる昨年9月10日は全国17都府県から450名を超える参加者で名古屋高裁を「人間の鎖」で包囲し、布川事件ともエールを交換しながら、裁判官へ私たちの意思を伝える取り組みも成功させることができました。
 そして、奥西勝さんが85歳の誕生日を迎えた今年1月には、全国津津浦々で宣伝行動にも取り組みました。
 この1年実質的な審理がまったく進んでいない責任は検察にひきづられる名古屋高裁にあります。この1年、一刻も早い再審開始に向け、大きな力を結集できたことを確認しておきたいと思います。
 しかし、事件発生から丸50年、差戻し決定から1年が経とうとしている今なお、名古屋高裁は奥西さんの真摯な訴えや、私たちの要求を無視し、検察官の引き延ばしに加担して新たな鑑定を行おうとしています。 
 私たちは、今までの成果を土台に一回りも二回りも大きな支援運動を積み上げ、一刻も早く奥西さんを死刑台から取り戻すために全力を上げて奮闘しましょう。
 以下に、この1年間の全国的なとりくみを一覧表にしましたが、各地で様々なとりくみがされています。全国の各地の活動について、すべてを網羅してはおりません。また、記載漏れがあるかと思いますが、その点ご承知おき下さい。
 全国ネットの事務局で掌握している行動を一覧表にしましたので、ご参照下さい。

差戻し決定以後の要請行動等

【2010年4月から】

日 付要 請 先参 加 団 体参加者数
04/07名古屋高検ネット・救援会・各守る会 多数
04/08最高検ネット・救援会   -
04/21名高裁・高検・拘置所栄総行動としてとりくみ(愛労連など団体)   -
05/21名高裁・高検三重、東京、大阪、兵庫、愛知  15名
06/11名高裁・高検三重、群馬、東京、大阪、兵庫、愛知、救援会中央  17名
06/24名古屋拘置所愛知守る会  9名
07/28名高裁・高検三重、岐阜、長野、東京、兵庫、愛知  17名
08/24名高検・高検関西ブロック6府県  20名
09/10名高裁包囲人間の鎖 17都府県 450名
名高裁・名高検東海北陸ブロック+上記参加者 15都府県  35名
09/24名高検・高裁証拠改ざん問題の緊急要請 ネット・救援会愛知県本部  7名
10/22名高裁・高検首都圏・関東・甲信ブロック 9都府県  22名
11/10名高裁・高検・拘置所栄総行動としてとりくみ(愛知労連・団体)   -
11/29名高裁・高検北海道・東北ブロック 7道県 13名
12/17名高裁・高検中国・四国・九州・沖縄ブロック 17府  26名

【2011年1月から】  

日 付要 請 先参 加 団 体参加者数
01/14名高裁・高検愛知・三重・岐阜の宗教家 129名アピール 
01/28名高裁・高検愛知・三重・岐阜・大阪・兵庫 19名
02/10江田法務大臣未提出証拠アピール発表と要請
救援会・全労連・自由法曹団
02/24名古屋高裁・高検三重、大阪、兵庫、愛知、救援会中央  9名

署名・要請はがきの到達点

・要請署名 2月24日現在48,821筆(3月25現在の未提出分1,949筆) 合計50,770筆
・要請はがき 3月28日現在 3,298葉
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今 後 の 支 援 活 動

・・・ 差戻し審の逆流を止めるために・・・

日本国民救援会愛知県本部事務局長
竹  崎  義  久

圧倒的な署名の山で名高裁刑事第2部を包囲しよう!

 差戻し審の進行状況を見ると弁護団の報告からも、決して楽観できる状況にはありません。
 この一年間の署名のとりくみはいままでの5次審、6次審や7次審の特別抗告審までとは違って、急速な勢いで沢山集まっていますが、まだまだ全国津々浦々に私たち支援者の声が届いているとはいえません。差戻し審の逆流を止めるためには、何倍もの署名が必要です。
 名古屋高裁管轄の地元ではマスコミ等が新聞・テレビで私たちのとりくみを取り上げてくれていますが、全国各地にはまだまだ届いていません。各地での街頭署名・宣伝行動や団体回りが私たちの伝統的、かつ唯一の宣伝媒体です。
 各地で取りくまれる各種団体の催しや行事に積極的に出かけて訴えたりすることも重要です。
 街頭宣伝行動や事件学習集会など様々なとりくみなどを行うときにも、参加者から名高裁宛のメッセージを書いてもらったりして名高裁を包囲する工夫も大切です。 支援者の思いを手紙や絵手紙で名高裁に訴えることなど様々な手段を使って、のびのびと明るい支援運動を展開しましょう!

卑劣な検察へは厳しい批判の声を届けよう!

 また、多くの国民の思いを名高裁に届けるだけでなく、新たな主張を持ち出して審理を攪乱して、停滞させるなどの卑劣な検察への批判の声を届けることも重要です。
 名張事件でも証拠の捏造、証拠隠しなどがおこなわれていますが、検察の対応は反省するどころか、平然としているというのが実態です。
 一つひとつ、みんなの力とアイデアでとりくみ、必ず生あるうちに、奥西さんを私たちの手に取り戻しましょう。

お 願 い

 署名・手紙・絵手紙、メーセージあるいはmailメッセージは、要請行動の際に直接、名高裁刑事第2部に提出していますので、お手数ですが、救援会愛知県本部までご送付下さい。



痴漢えん罪西武池袋線小林事件

小林さんの一日も早い釈放を求め、要請と宣伝行動

小林事件地裁前.gif

 痴漢えん罪西武池袋線小林事件支援する会と救援会東京都本部は、4月6日、東京・霞ヶ関で、膠原病強皮症と脳梗塞を患う無実の小林卓之さんの一日も早い刑の執行停止を求める宣伝行動と、法務省への要請をおこないました。
 宣伝行動には17人が参加。インターネット「小林さんの命を救うネットユーザーの会」の告知で知り駆けつけた男性や、小林さんの奥さんが会員の婦人民主クラブの方がたも参加されました。
 要請行動では、法務省刑事局総務課が対応し、全国から集まった署名を小林さんの娘さんが手渡し、「難病の父を一日も早く釈放してほしい」と訴えました。(国民救援会東京都本部・酒井明)

 また4月11日には、国民救援会静岡県本部が静岡刑務所への要請と小林さんの面会をおこない、面会には、静岡県本部、東京都本部、婦人民主クラブなど計10人が参加しました。

静岡刑務所要請.gif

 今回は、3名の面会人に許可が出ましたが、小林さんが面会人を知っているかを問いただす「面通し」が初めておこなわれ、小林さんが知らないと言った1人が面会人室から出されました。
 静岡刑務所所長への要請もおこなわれ、庶務係長が応対しました。その中で、小林さんへ適切な医療をおこなうことや、刑の執行停止、面会人の増員と面会日数を増やすよう要請しました。
 また、今回の面会で面通しがおこなわれたことに対し、小林さんが知らない全国の支援者が面会できなくなるため、改めるよう求めました。(国民救援会静岡県本部・佐野邦治)



滋賀・日野町事件

阪原弘さんが死去     

再審への道なかばで

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 滋賀・日野町事件の当事者・阪原弘さんが3月18日午前3時45分、入院していた広島市内の病院で亡くなられました。享年75歳。21日、支援者らを含めて告別式が厳粛に執りおこなわれました。
 阪原さんは84年12月に起きた強盗殺人事件の犯人にされ、広島刑務所に収監されていましたが、昨年11月から食事が食べられず、免疫力が落ち、重篤な状態に陥っていました。弁護団の要求をうけ、12月にようやく広島地検が刑の執行停止を決め、外部の病院に移送されましたが、今年1月に痰が喉に詰まり、意識不明の重体となっていました。
 阪原さんは執行停止直前に弁護士と面会した時には既に口もきけず、ストレッチャーに乗せられた状態でした。家族や守る会、国民救援会をはじめ、支援者らはかねてから阪原さんの健康状態を踏まえ、刑の執行停止を求め続けていました

再審の審理終結

総括と今後の検討続く

 3月30日、大阪高裁は申立人の死亡にもとづいて再審請求の審理を終結することを決定しました。
 これを受けて日野町事件対策委員会と国民救援会中央本部、滋賀県本部が「日野町事件・阪原弘さん逝去にあたっての声明」を発表。声明では、これまでの支援への感謝とお礼を述べると同時に、これまでの総括と、今後の検討をひきつづきご遺族・弁護団とともに続けていくとしています。
 大阪高裁宛におこなっていた要請署名は5万2164人分が提出され、昨年12月に阪原さんが刑の執行を停止されてからの家族への支援カンパは125万9375円に到達しました。

刑事被収容者処遇法の全面改正を求めて

4.13日弁連の院内集会に73名が参加!

 2006年5月に刑事被収容者処遇法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)が施行され、今年5月で5年を迎えます。刑事被収容者処遇法には、施行日から5年以内に法律の施行状況について検討を加えるとの、見直す規定が定められています。再審えん罪事件全国連絡会は、刑事被収容者処遇法の制定にあたって、同法が旧監獄法と同じく施設長の裁量権が広く残されている下で、被収容者の権利が制限される恐れがあることを指摘し批判をしました。しかし、法務省は見直しに対して消極的態度に終始しています。
 4月13日、日弁連が主催する「刑事被収容者処遇法全面改正を求める院内集会」(共催=国民救援会、監獄人権センター、アムネスティ日本支部)が開かれました。東日本大震災後で参加者が心配されましたが、連絡会からは新倉修代表委員をはじめ多数参加し、73名が参加しておこなわれました。集会では、瑞慶覧淳事務局長が、新法施行当初は親族以外にも支援者の面会などが拡大したが、現在は支援者の面会に制限と旧監獄法時代に逆戻りしている現状と、日野町事件の阪原弘さんの事例をもとに深刻な医療問題について抜本的な見直しを求める発言をおこないました。具体的には、①施設内での治療・診療行為について少なくとも家族・弁護士への情報の公開、②セカンドオピニオン制度の導入、③医療について、日弁連が要求しているイギリスやフランスで行われているように法務省の管轄から厚生労働省に移管をさせることに賛成の意を表明しました。
当日は、無実のゴビンダさんを支える会と国民救援会から日野町事件の阪原弘さんの死亡にあたっての経過についてレポートが配布されました。今後、再審・えん罪事件全国連絡会として、各事件の支援組織に処遇問題についてのレポートの提出を求めて、新法5年後の見直しにむけて、法務省や国会議員に刑事収容者の実態を知ってもらい、抜本的な見直しに向けて運動を強化します。

院内集会.gif



※院内集会 資料

日野町事件・故阪原弘さんの処遇について

日本国民救援会

1、大阪高裁に再審請求の即時抗告審をたたかっていた日野町事件の阪原弘さん(75)は、2011年3月18日、広島市内の吉島病院において、心不全のため逝去されました。
  そこで、阪原弘さんの受けた処遇について、その概要を報告します。

2、阪原弘さんは、1984年12月28日、滋賀県蒲生郡日野町豊田で発生した強盗殺人事件の容疑者として、1988年3月9日から3月12日まで、連日、日野警察署に呼び出されて自白を強要され、犯行を認める「自白」をしました。
  そして、1988年3月12日に通常逮捕され、4月2日、大津地裁に強盗殺人事件で起訴されました。しかし、阪原弘さんは裁判では一貫して無実を訴えました。それが聞き入れられず、1995年6月30日、大津地裁で無期懲役刑が言い渡され、1997年5月30日、大阪高裁で控訴棄却の判決、2000年9月27日、最高裁で上告が棄却され、無期懲役刑が確定しました。

3、ところで、阪原弘さんは1988年3月12日に起訴された後、滋賀刑務所に勾留され、大津地裁で公判が続けられている途中の1993年8月に胃癌が発見され、滋賀病院で胃を全摘する外科手術を受けましたが、その治療期間中(その期間は不明)は、刑務官が監視する状態でしたが、家族が病室に入り看護にあたることもできました。

4、大津地裁での有罪判決後、阪原弘さんは大阪高裁での控訴審、最高裁への上告期間中は、大阪拘置所に勾留されていました。
ところが、最高裁への上告期間中に阪原弘さんが、慢性気管支肺炎に罹り、加えて特発性間質性肺炎を発症したため、2000年5月30日、大阪拘置所からの申し出により、大阪高検、最高検を経て、最高裁が、病気治療のため、勾留の執行停止決定を行いました。それによって、阪原弘さんは大阪市内の明生病院に入院し治療が続けられました。その治療期間中の2000年9月27日、最高裁第三小法廷が上告棄却の決定を行ったことによって、阪原弘さんの有罪が確定しました。

5、しかし、阪原弘さんは、直ちに服役に耐えられる健康状態でなく、最高裁の判決が確定して以後、約4ヶ月間にわたって明生病院での入院・加療が続けられました。そして、2001年1月29日、阪原弘さんは大阪拘置所に収監され、その翌日に大阪医療刑務所に移され、その後、岡山刑務所、尾道刑務支所、そして、広島刑務所へと服役する刑務所の変更がありました。しかし、その移動理由が刑務所当局から開示されることはありませんでした。

6、阪原弘さんと家族の訴えにより、1999年1月30日、国民救援会が阪原弘さんの裁判闘争の支援を決定し、「滋賀・阪原弘さんを守る会」も結成されて、支援活動が始まりました。運動体としては、体調の優れない阪原弘さんの健康問題を当初から重視し、それぞれの拘置所、刑務所当局に対して、文書や口頭で、「阪原弘さんの健康保持に万全を期し、適切な治療を行い、場合によれば外部の医療機関での検査・診療を行うよう」再三にわたって、強く要求してきました。
 また、弁護団は阪原弘さんとの面会によって得た情報や、弁護士会照会によって刑務所から入手した資料に基づき、阪原弘さん病状を逐次確認しつつ、刑務所当局に対して、その治療内容の開示、適切な治療を求める申し入れをたびたび行って来ました。

7、そうした中、2010年の春頃から、以前にも増して体調の優れない状態が続き、弁護人、家族が広島刑務所当局に対し、体調の徹底管理と必要な検査や治療、場合によれば外部の病院への転院を含めて検討するよう強く求めてきました。
しかし、広島刑務所は、阪原弘さんの体力が極端に低下し、危機的状態に立ち至っていることを認識しながら、適切な治療行為を行わず、2010年12月2日、面会に訪れた家族に「危険な状態にある」ことを告げながらも、なおも外部の病院に移しての適切な治療を行おうとせず、12月6日、遂に意識不明の状態となりました。この日、刑務所に赴いた弁護人の強い要求によって、やっと、外部の病院に移しました。
 しかし、時すでに遅く、阪原弘さんの体力は極度に衰弱し、重い肺炎に罹り、治療もままならない状態となっていました。その後、病院関係者、家族の必死の治療、看護によって、100日余りも、一進一退を繰り返した後、2011年3月18日、遂に帰らぬ人となりました。

8、もう少し早く、阪原弘さんを外部の病院へ移し、適切な検査と治療が行われていたならば、阪原弘さんをこれほど早く死に至らしめなかったのではないかと、悔やまれてなりません。
 以上のように、阪原弘さんの家族、弁護人、運動体は、阪原弘さんが危篤状態になるまで、健康問題を放置していた訳ではありません。まさに、刑が確定する以前から、一貫して阪原弘さんの健康状態を刑務所当局に説明し、適切な健康管理と必要な検査・治療を行うよう、強く求め続けて来ました。
 にもかかわらず、刑務所当局は、私たちの申し入れに、真剣に向き合おうとせず、危篤状態となり、死の直前に至るまで放置し、最後には、やっかい者を外に放り出すようなやり方で所外の病院に移しました。
 こうした経過をみるならば、阪原弘さんを死に至らしめた刑務所当局の責任は免れるものではありません。私たちは、強く抗議するとともに、阪原弘さんの死を無駄にすることなく、こうした不当な刑務行政のあり方を根本的に改めさせ、受刑者といえども、一般社会において受けられる医療水準の治療が受けられる人間としての権利を保障するよう強く求めるものです。 



※院内集会 資料

立法趣旨を曲げた実施状況が常態化している実態を理解ください。

無実のゴビンダさんを支える会・事務局

 私たちは、1997年3月、東京都渋谷区内で起きたいわゆる「東電OL殺人事件」において一審無罪判決を受けながら、東京高裁・最高裁による不当な逆転有罪判決により、無期懲役刑となり、現在横浜刑務所で服役しながら再審を請求している、ネパール人えん罪被害者、ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏の支援を行っている市民グループです。
 面会や文通は、受刑者を精神的に支え、社会との絆を絶やさず、社会復帰をスムーズにするために必須の支援です。ところが横浜刑務所は、以下に説明するように、支援者との面会や、ネパールに住むご家族との文通などに対して何らの合理的な必要性も、また説明もなく、制限を強化してきています。
 つまり2008年頃から、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(以下、新法と称す)第111条2項の解釈を極端にゆがめ、旧監獄法に逆戻りしたかのような、法の趣旨に反した運用がなされています。
 本集会参加者、ことに立法者である国会議員には、法の建前ではなく、その運用実態をご理解いただき、立法趣旨が損なわれることのないよう、ご尽力頂きたいと思います。

面会者を、突然1名のみに制限

 横浜刑務所のゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(ネパール人無期懲役囚、再審請求中)の場合、新法施行後、最初の1~2年は、支援者の面会を広く許可していました。その後、「面識のある者」という条件が付けられ、さらに、「面会目的がはっきりしていること」という条件が加わりました。
 2008年の秋、刑務所当局は「面会人数を1~2名にしぼるように」と言いだしました。新法の趣旨に反するとして、当局と話し合いましたが、理解を得ることができず、2009年から第111条2項に基づく面会人は、「無実のゴビンダさんを支える会」の代表1名しか許可されなくなりました。他に面会が可能なのは、身元引受人として登録されている1名であり、新法施行後2年程度は問題なく面会が許可され、かつ面会によって何らの支障も生じていない10年来の支援者多数が、一切面会不許可とされています。

●施設側は、面会人を制限する理由として、以下のように主張しています。
1)面会人が多すぎると、他の受刑者と不公平になる:
 しかし、そもそも面会回数(たとえば3類者は月3回など)が制限されているのだから、それによって公平性は保たれており、その範囲内で訪れた人数によって公平性が担保できなくなるというのは理解しがたい。
2)「交友関係の維持」とは、社会にいたときからの交友関係(たとえば、学校の恩師、職場の上司など)であるから、逮捕・拘留後の支援者のような関係は、これに該当しない:
 そのような解釈をとるなら、日本に家族・親族・友人・知人のいない外国人受刑者の場合、事実上、外部の者との接触ができなくなる。外国人の場合、言葉の問題や文化的背景の違いから、日本人受刑者以上に大きなストレスを感じており、外の世界とのつながりを維持することが精神的に大きな支えになり、平穏な受刑生活を送ることで、施設の安全・秩序の維持にも資すると考えられる。個々の受刑者の「矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれ」がないかぎり、原則として面会を認めるべきである。
 また、社会にいたときの交友関係が逆に犯罪性行を生んでいる場合(暴力団関係者、詐欺グループなど)もあり、むしろ身柄拘束後に知り合ったボランティアなどの支援者の支えによって更正の意志を培っている者も少なくない。こうした実態を無視して一律に交通権を奪うことは、受刑者の更生や社会復帰に資するものではない。
3)面会によってしか果たせない目的がなければ、面会を許可しない。「安否」だけでは面会の必要を認めない。また、手紙で伝えられる用件は、手紙で済ませろ:
 しかし、何よりも重要なのは「安否」ではないのか?また、手紙では本当のところが伝わりにくく、逆に直接顔を合わせれば、それだけで確認できるのが、安否情報である。これによって互いに精神的平穏を得ることができるのを、面会にわざわざ遠方から訪れている者を追い返してまで面会させないことは、正当な理由なく受刑者と訪問者の双方に対して非人道的な扱いを行っていることであり、とうてい正当性は認められない。いわばいじめやハラスメントとさえ呼べる行動である。
 とくに外国人の場合、手紙では伝わらないことも、たくさんある。外部の友人知人と顔を合わせて対話することは、受刑者が健全な人間性を保つために不可欠である。

ゴビンダ受刑者の面会状況の推移は、具体的には以下の通りです:
2005年5月~2006年4月: 家族・身元引受人面会のみ(月1回)
2006年5月24日: 「新法」により友人も面会可能(月2回)
2006年10月~ :  ゴビンダさん3類に昇進(月3回)
2006年10月~2008年3月: 3類(月3回)
2008年4月~9月: 3類から4類に降格(月2回)
*「友人」の範囲について、「面識のある人」、「面会目的」など規制強化
 これまでは、未決時代から面会実績のあった支援者だけでなく、初対面の支援者も面会を許可されていた。
2008年10月~ : 3類に復帰(月3回)
2008年11月~ : 面会制限強化(身元引受人の他、第111条2項に基づく面会は支援者1名を当局側が一方的に指名。他の支援者の面会を一律不許可に) → 以来、今日に至る。

家族との文通について

ネパールの郵便事情を考慮せず、身元引受人宛の発信を不許可に

 横浜刑務所に入所した2003年から2009年(4月)まで、ゴビンダさんは、ネパールの家族への手紙を、日本人の身元引受人Aさん宛に封書で郵送していた。
 その手紙を、Aさんがネパールに行く信頼できる知人に託して、現地で家族に手渡してもらっていた。

 ところが、2010年8月、ゴビンダさんが書いた家族への手紙を、これまでのようにAさん宛に送ろうとしたところ、封筒の宛名(Aさん)と内容物の宛名(家族)が異なるため発送が不許可となり、ゴビンダさんから家族に直接、航空便で郵送しなければならないと言われた。

 なぜ、今まで、わざわざAさん経由で「託送」していたのか?それは、下記のとおり、ネパールの郵便事情が非常に悪く、手紙の紛失が日常茶飯事だからです。

 ネパールにも日本と同じく郵便局はあります。しかしながら、ネパールはまだ住所が細かく表示されていないため、郵便物は全て郵便局止めです。日本のように郵便物を各家庭に届けるといったサービスはありません。したがって、ネパールの人々は、常に自分宛の手紙が届いていないか、郵便局に出向いてチェックし続けていなければなりません。

 それでも、郵便局が確実に手紙を保管していてくれれば、まだよいのですが、郵便局は、きちんと本人確認をせずに手紙を渡してしまいます。とくに、海外からの封書は狙われやすく、中に現金などが入っていないかと開封され、入っていれば現金を盗られ、入っていなければ開封してしまったので証拠隠滅のため捨てられてしまいます。このような手紙の紛失は、郵便局に到達する以前にも、それ以後にも起こりえます。これは決して例外的な最悪のケースではなく、「ネパールに手紙を出しても届かない」というのは、いわばネパールの「常識」なのです。

 以上のような、ネパールの特殊な郵便事情を横浜刑務所当局には何度も丁寧に説明したにもかかわらず、また従来の方法での文通によって何らの不具合も生じていないにもかかわらず、以降、ゴビンダさんからAさん経由での家族への発信は不許可となり、事実上、家族との文通ができない状態が続いています。



布川事件 判決日は5月24日

判決日の行動に参加を

 東日本大震災の影響で判決期日が延期となっていた茨城・布川事件の再審裁判で、水戸地裁土浦支部は判決期日を5月24日午後1時30分と決定しました。守る会では当日の行動について、3月16日に予定していた行動と同じ行動を計画しており、全国からの参加を呼びかけています。なお、午後6時30分から予定されている報告集会には参加申し込みが必要となります。
〈連絡先〉布川事件守る会℡03(5842)6464、または国民救援会中央本部まで。

今後の主な行動予定

5月25日(木) 日弁連前宣伝12:00~ 東京高検申し入れ14:00~ マリオン前宣伝15:00~
29日(日) マリオン前宣伝13:00~16:00
6月1日(水) 守る会報告決起集会 18:30~ 東京・新宿農協会館8Fホール
2日(木) 日弁連前宣伝12:00~ 東京高検申し入れ14:00~
7日(水)  日弁連前宣伝12:00~ 東京高検申し入れ14:00~
18日(土) 守る会第34回会総会10:00~ 東京・文京区民センター2A会議室



映画「ショージとタカオ」

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東京・新宿で再審判決日まで上映

 映画雑誌『キネマ旬報』による、2010年文化映画ベスト・テン第1位に、井手洋子監督のドキュメンタリー「ショージとタカオ」が選ばれました。
 布川事件の桜井昌司さん、杉山卓男さんが仮釈放された1996年秋から14年間、「フツーのおじさん」になるための2人の道のりを記録したものです。
 これまで映画「ショージとタカオ」は、全国各地で上映会がとりくまれ、多数の方がたが鑑賞しました。
現在、東京・新宿駅東南口の K`s cinema(ケイズシネマ)にて布川事件再審判決日の5月24日まで上映される予定です。まだご覧になっていない方は、この機会にぜひご覧ください。上映時間などは、K`s cinema(ケイズシネマ) 東京都新宿区新宿3-35-13 3F TEL03-3352-2471 にお問合わせ下さい。北海道や大阪でも公開予定です。
また、全国各地での自主上映会の開催を広く呼びかけています。
映画の全国での上映スケジュールや、自主上映会開催についての問合わせは、ショージとタカオ上映委員会 TEL03―6273―2324までお願いします。

                                                          

裁判・集会・宣伝などの予定

 5月11日 鹿児島・大崎事件第2次再審請求審事実調べ(原口さんの尋問) 鹿児島地裁
 
 5月20日 無実の人々を救う!全国いっせい宣伝行動

 5月24日 布川事件再審判決、報告集会(茨城県土浦市・マロウド筑波)

 6月11日~12日 福井女子中学生殺人事件第3回全国現地調査
         (福井県福井市)

 6月19日~20日 第21回裁判勝利のための全国交流集会(静岡県熱海市)

* 次号「ニュース」は、2011年6月上旬頃に発行する予定です。

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