えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.57 再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2012年 7月 9日発行 No.57

なくせ冤罪 ひらけ再審 6・16集会

冤罪許すなと330人

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     木谷さん「証拠開示で新しい道を」   周防さん「反省無ければ冤罪生む」

 冤罪で苦しむ人をなくすため私たちにできることを考えようと、「なくせ冤罪 ひらけ再審 6・16市民集会」が6月16日に東京都内で開催され、330人が参加しました。主催は冤罪を考える6・16市民集会実行委員会。
 「再審の動向について」と題し、成城大学の指宿(いぶすき)信教授が、再審の最近の動向、どうしたら冤罪はなくなるのかを講演。取調べの可視化が世界の流れとなっていることなどを紹介し、可視化などによって誤判を予防し、独立機関による救済や原因究明が必要であることを強調しました。
 元裁判官で弁護士の木谷明さんと映画監督の周防(すお)正行さんが対談。周防さんは、東電OL殺人事件での再審開始決定への検察の対応を例に挙げ、「自分達は間違っていないと断言できる姿勢に驚く。反省することができなければ、冤罪は起きてしまう。警察や検察の根拠の無い自信によって冤罪を生んでいると思う」と指摘。相次ぐ再審開始の動きについて、木谷さんは「再審請求でも証拠開示がされ、再審開始へ広がっていった。しかし、名張事件では頑として証拠開示がされず、再審開始決定が取り消された。証拠開示がされない方向に進むのではなく、裁判所による証拠開示命令によって、新しい道を切り開くことが必要」と強調しました。
 布川事件の桜井昌司さんによるミニコンサートでは、布川事件でのたたかいを語りつつ、桜井さんが獄中で作った歌を熱唱しました。母への思いを込めた「母ちゃん」では、会場で涙を拭く人の姿も見られました。
 集会では、冤罪とたたかう事件当事者や家族、支援者が登壇。冤罪による苦悩や不当性が話され、最後までたたかいぬき必ず勝つ決意が口々に表明されると、大きな拍手が送られました。
(救援新聞12年7月5日号より)

再審開始決定と刑の執行停止により即日釈放!

ゴビンダさんの悲願、「家族と一緒の帰国」と「お母さんとの再会」が実現!

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 2012年6月7日、東京高等裁判所第4刑事部(小川正持裁判長)は、ついにゴビンダさんの再審開始を決定しました。さらに「刑の執行停止」も認められ、ゴビンダさんは当日のうちに横浜刑務所から釈放され、東京入国管理局横浜支局に移されました。
 私たち「支える会」の招きにより、決定前日に緊急来日していた家族(妻ラダさん、長女ミティラさん、次女エリサさん)も、この感動的な勝利の一日を、多くの支援者らと共に体験することができました。

 一夜明けた8日の午前10時、私は、家族3人と横浜の入管に行き、ゴビンダさんに面会を申し込みました。
 ちょうど宮村啓太弁護士が面会中とのことで、待つこと30分。案内された面会室は、拘置所や刑務所とほぼ同じ。しかし、アクリル板の向こうには、白いスポーツウェアを着た「私服のゴビンダさん」が座っていました。その姿を目の当たりにして、「もうゴビンダさんは”受刑者”ではなくなったのだ!」という実感が込み上げてきました。
 以下は、ひとしきり続いた家族との会話の後、私がゴビンダさんから聞いた話です。

 7日午前10時すぎ、神田安積弁護士の面会で「開始決定と刑の執行停止決定」を知らされた。その後、「荷物をまとめておくように」と刑務官から指示された。受刑者仲間たちは、工場の昼休みに「ゴビンダ、バンザイ!」と喜んでくれた。その後の動き(高検が異議申立をし、釈放を取り消すよう高裁に求めたが、高裁が棄却したことなど)も、神田弁護士を通じて承知していた。そして夕方5時頃、刑務官から「釈放だ」と告げられた。まさか、その日のうちに釈放されるとは期待していなかったので、その瞬間、嬉しさのあまり「頭が真っ白に」なってしまった。いよいよ外に出るときは、集まっている報道陣から撮されないよう、大勢の刑務官が人垣で取り囲んで護送車に乗せられた。30分くらいで入管に着き、7時のテレビニュースで、今朝「開始決定」が出た瞬間の裁判所前の映像やラダさんのインタビューの様子などを見ることができた。
 支援者に手紙を書きたいとのゴビンダさんの求めに応じて、入管の1階にあるコンビニで、便箋と封筒、切手を差し入れました。以下、その手紙の内容を紹介します(ゴビンダさん自筆の原文、「支える会」ホームページに掲載)。
  
 「支える会のみなさん、Yokohama Immigration から心をこめてナマステのご挨拶を送ります。無実のゴビンダです。私は無実だから無罪、当たり前の結果です。でも真実を信じてくれた裁判官と出会って本当によかったです。ネパールでは、『真実は必ず勝つ』という諺がありまして、やっぱり本当でした。この当たり前の結果でたのは、みなさんの精一杯の努力、ご支援、励ましと、さらにおよそ3万人くらいの署名と弁護人の努力の結果です。もちろん日本のメディアのバックアップもありました。みなさん、ことばでは足りないですが、感謝の気持ちで胸いっぱいです。みなさんの励まし、情けなど、私の人生の忘れられないことです。まだ無罪判決まで続けてください。どうぞよろしくお願いします。お世話になりました。それではサヨナラ。無実のゴビンダ・プラサド・マイナリ。横浜入管にて 2012年6月11日」

母と共に

 この手紙の日付から4日後の6月15日、ゴビンダさんは成田空港から、妻ラダさん、長女ミティラさん、次女エリサさんとともに帰国の途につきました。「支える会」の蓮見順子さんと私も同行しました。空港でも機内でも夥しい報道陣の取材攻勢にあい、また乗り継ぎのバンコック空港では、ゴビンダさんだけが翌朝のフライトまで、現地の入管当局に身柄を拘束されるなど緊張の連続でしたが、16日、何とか無事にカトマンズ空港に到着。出迎えたお母さんとの再会を果たすことが出来ました。二人はしっかりと抱き合い、「やっと帰れて嬉しい」、「よく頑張ったね」との言葉を交わしました。

 到着日の夕方、兄インドラさんが設定していた記者会見があり、その晩は、家族と親族だけの歓迎会がありました。ゴビンダさんは、数日前から興奮と緊張でほとんど寝ていないと言って疲れているようでしたが、翌朝、自宅を訪ねると、大分落ち着いたようでした。意外なことに、ゴビンダさんと家族たちの様子から、母国を離れて18年(事件から15年)という長いブランクは、ほとんど感じられませんでした。この長い年月、ゴビンダさんと家族は、たとえ引き離されていても、ずっと心はひとつだったのです。「支える会」が、ほぼ毎年のように家族を日本に招き、日常的に家族とコンタクトをとり、互いの安否を知らせ続けてこられたのは、多くのみなさまのご支援あってこそです。そのことに事務局として本当に心から感謝しています。

 5月23日請求審の結審、5月31日決定日の通知、6月6日家族緊急来日、7日開始決定と即日釈放、そして15日帰国という、まるでジェットコースタームービーのような、息をつく暇もないような目まぐるしい展開でした。とりあえず最大の山場を越しましたが、ゴビンダさん再審の闘いは、これから新たな局面を迎えます。当面の課題は異議審の早期決着です。1日も早い再審無罪判決に向けて、これまで以上に支援活動を強化、拡大していきたいと思っています。どうぞみなさまのお力添えをよろしくお願いいたします。「無実のゴビンダさんを支える会」客野美喜子

東電OL殺人事件・再審開始決定の意義

科学的知見を重視

弁護団 佃克彦弁護士に聞く

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 6月7日に、ゴビンダさんの再審開始決定と刑の執行停止を勝ちとった東電OL殺人事件。弁護団の佃克彦弁護士に、決定のポイントと意義を聞きました。

 今回の決定のポイントは大きく3つあります。ひとつは被害者の膣内から検出された精液のDNA型が、ゴビンダさんのものと一致しないということです。証拠上で明らかになっている最後の売春客の型とも一致しない第三者のDNA型の精液でした。
 2つ目に、女性の乳房についていた唾液のDNA型が、膣内精液のDNA型と一致しました。その男性が被害者と性交して残したものだと考えられます。
 3つ目に、そのDNA型は、現場のアパートに遺留された陰毛1本と、被害者の衣服についていた血痕とも一致しました。最後の売春客のあと、第三者の男性が現場のアパートで被害者と性交をして、その女性を殺したという可能性が生じます。そうなると、ゴビンダさんが犯人であるということに合理的な疑いが残る。そこが決め手になりました。

事件当時の警察や検察の捜査に、どんな問題点が。

 一番大きいのは、先ほど話した2点目の乳房の唾液痕です。今回、事件当時の捜査報告書が開示されたことで、唾液の持ち主がO型だったということを捜査機関が事件当時既に知っていたことが分かりました。ゴビンダさんはB型ですから、ゴビンダさんを犯人とすることに合理的な疑いが残る証拠です。公判段階でこれを開示しなかったことは、完全に証拠隠しです。冤罪を作ったと言っても過言ではありません。

無実を示すDNA鑑定をすることになった経緯は。

 再審請求審で、弁護団はDNA鑑定を要求し続けていましたが、検察も裁判所も当初は消極的でした。
 09年の4月、足利事件で菅家さんのDNA鑑定の結果、無実が明らかになりました。それが契機となり、その年の秋ごろに裁判所がDNA鑑定するべきという意向を示しました。鑑定できる物証があるのならば、それをいたずらに劣化させず、鑑定して証拠として内容を固定化する必要性を感じたのではないでしょうか。

再審開始と刑の執行停止もした裁判所をどう評価しますか。

 たいへん素晴らしい決定で、裁判所の判断に敬意を表しますが、それだけゴビンダさんが「真っ白」だということでもあります。また、自分たちの出した再審開始決定が覆ることはないという裁判所の自信も感じます。
 裁判所が精力的に客観証拠の固定化を行なったということは、事件を科学的証拠から見ようという姿勢です。有罪を言い渡した高裁にはそれがまったくありませんでした。裁判所がそういう科学的な姿勢で再審請求審を指揮したことは、今後の他の再審事件にもよい影響を与えるのではないでしょうか。

ゴビンダさんを支える会や国民救援会の支援運動は、弁護団の活動に貢献することができたでしょうか。

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 大変感謝しています。支える会の献身的かつ継続的な活動によって、この事件はまったく色あせることなく、冤罪事件として人々の意識の上にのぼりつづけていたし、ゴビンダさんに絶えず接見したりケアしたりと、弁護団はその活動に支えられました。支える会がなければ、ご家族がゴビンダさんと面会することもできなかったと思います。
 尻すぼみすることなく10数年も支援を続けてくるというのは、本当に大変なことです。引き続き、関心を持ってみてください。

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名張事件  再審認めぬ不当決定

死刑執行停止も取り消す  

名古屋高裁に支援者200人が怒りの拳

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決定日当日、名古屋高裁前には多くの報道陣と支援者約200人が集まりました。
 午前10時、決定を待ち構えている支援者と報道陣の前に、唇を噛みしめて厳しい表情の弁護団が「不当決定」の垂れ幕を掲げながら駆けだしてきました。支援者の「エー!」という声で騒然となり、涙ぐむ人の姿が見られました。「裁判所は2年間何をやっていたんだ!」という声が裁判所に向けられました。
 裁判所から出てきた鈴木泉弁護団長は、「考えられない決定です。〝疑わしきは被告人の利益に〟の鉄則を、裁判所自らかなぐり捨てた。弁護団は今までに増して全力を投入して、この不当決定を必ずや打ち破る決意です」と怒りに身を震せて報告しました。
 支援者全員が満身の怒りを込めて「奥西さんは無実だ。再審取り消しは許さないぞ!」「奥西さんの無実の叫びを踏みにじるな!」とシュプレヒコールをあげました。

怒りに満ちた 高裁抗議行動

 つづけて約130人の支援者が、高裁に対し怒りの抗議行動をおこないました。
 支援者は、「裁判官が果たすべき姿勢が見られない」「奥西さんを生きて取り戻すため、絶対に負けない」と語気を強めて口々に訴えました。布川事件の桜井昌司さんは、「誰も納得しない。3人の裁判官の汚点となる決定」、足利事件の菅家利和さんは「86歳で半世紀も閉じ込められた無実の人に、なぜいい結果を出さない。理解できない」と訴え。最後に抗議声明が読み上げられました。
 記者会見で、鈴木泉弁護団長が今回の不当決定について報告しました(別掲)。拘置所で不当決定を知った奥西さんは、「ありがとう。今回は残念でしたが、次の勝利を信じていますので、今まで以上にご支援をお願いします」と話したことが報告されました。

こころ一つに 次こそ勝利を

 支援者集会では各地の守る会から「奥西さんも頑張っていくと話している。皆さんと一緒に頑張っていきたい」「心を一つにして、奥西さんが元気なうちに再審開始を勝ちとろう」と、最高裁でたたかう決意を固め合いました。
 支援者集会終了後、名古屋市内各地で宣伝行動がおこなわれ、決定の不当性を訴えました。また、奥西さんのいる名古屋拘置所に向けて、宣伝カーから「奥西さん、力を落とさないでください」「奥西さん頑張れ!」と激励しました。

科学に背く決定         鈴木泉弁護団長

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 不当決定が出された5月25日、弁護団の鈴木泉団長は次のように話し、決定を批判しました。

 本日、名古屋高裁刑事2部は、不当にも検察官の異議申立を受け入れ、2005年に名古屋高裁刑事第1部がおこなった再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却する決定を出しました。
 第7次の再審開始決定(05年)は、弁護団が提出した、事件で使われた毒物が、奥西さんがウソの「自白」で犯行に使用したとされている「ニッカリンT」という農薬ではなく、別のものであるという新証拠の証拠価値を認めました。しかし、異議審はそれを認めませんでした。
 10年、最高裁判所は、再審開始を取り消した異議審決定は「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず、その推論過程に誤りがある疑いがある」という理由で、名古屋高裁に差し戻しました。
 その差戻し異議審では、毒物鑑定、毒物問題が中心的な争点となりました。
 差戻し異議審が始まって間もなく、検察官は従前の主張を変更して、新たにニッカリンTには、問題の成分は5%以下しか含まれていない等と主張しました。このため差戻し異議審であらたにおこなわれたニッカリンTの成分分析鑑定の結果、検察官の主張は完全に否定されました。
 しかし、今回の裁判所の決定は、検察官さえ主張していない、また鑑定書にも鑑定人証言でもまったく言及されていない事実を前提にして、科学にまったくの素人である裁判官たちが、「推論」して判断したのです。
 今回の決定は、何らの科学的証拠に基づくことなく、かつ、検察官に科せられた立証責任を弁護人に転嫁して、再審の扉を閉じてしまったものです。
 私は今回の決定で、再審の扉が必ずや開かれると信じて、この日を迎えました。決定主文を見たときは、「なぜか!」と、一瞬言葉を失いましたが、決定を読み進めていく内に、不当な内容であることを知り、強い憤(いきどお)りと必ずやこの不当決定を打ち破るという強い決意を持つに至りました。
 最高裁のたたかいで、この不当決定を破棄させ、今度こそ最高裁自らに再審開始決定を出させるべく全力をあげる決意です。(救援新聞12年6月15日号より)

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大崎事件弁護団 最近の動向について

大崎事件弁護団 事務局長 鴨志田祐美
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 原口アヤ子さんが第2次再審を申し立てたのは2010年8月。翌年の8月にはアヤ子さんの亡くなった元夫についても,ご遺族が請求人となって再審請求を追加しました。大崎事件では現在,この2つの再審請求が一緒に審理されています。
 第2次再審申立てからこんにちまでの約2年の間に,かつて「開かずの扉」といわれていた再審をめぐる動きは大きな潮目の変化を迎えました。布川事件では再審無罪が確定し,福井女子中学生事件,東住吉事件,東電OL事件と相次いで再審開始決定が出されています。
 これらの事件の多くでは,再審請求段階で初めて,原審では裁判所に提出されていなかった証拠が開示されました。そして,新たに開示された証拠が再審開始の決め手となる「新証拠」と評価され,再審の重い扉をこじ開ける原動力となりました。
 今や,再審事件のキーワードは「証拠開示」といっても過言ではありません。
 大崎事件でも,第1次再審請求の際に弁護団が行った証拠開示請求の結果,「共犯者」とされた3名の男たちの初期段階の供述調書などが開示されましたが,まだすべての証拠が開示されたとは考えられません。
 今回の第2次再審請求で,弁護団は検察庁に対し,捜査機関にある未提出証拠をすべて開示するよう,強く求めています。また,裁判所に対しても,早期の証拠開示を促す訴訟指揮を取るよう働きかけを強めています。
 特に,私たち弁護団が注目しているのは,刑務所に保管されているはずの「共犯者」とされた男性たちの受刑記録です。彼らにはみな,知的障がいがあったとされています。知的障がいをもつ人は,質問者の誘導に乗ったり,質問者に迎合して話を合わせたりしやすく,また,強い言葉で追及されると抗うことができず,相手の言いなりになってしまう傾向があるとされています。
 アヤ子さんの殺人の「共犯者」とされた,アヤ子さんの元夫とその弟は,生前,「厳しい取調べに屈して,やっていないのにやったと言ってしまった」と訴えていました。  彼らの自白の信用性を判断するためには,その知的障がいの程度や特徴を明らかにすることが不可欠です。刑務所の受刑記録にはその情報が記載されているはずです。現に,第1次再審請求の際,死体遺棄の共犯者とされたアヤ子さんの甥の受刑記録が検察側の証拠として提出されましたが,そこには彼の知能指数や人格特性が記載されています。
 弁護団は,アヤ子さんの元夫とその弟の受刑記録を開示するよう,裁判所をとおして刑務所に照会していましたが,刑務所の回答は「照会には応じない。なお,彼らの受刑記録は表紙等を除いて廃棄済みである」というものでした。
 しかし,これに納得できるはずはありません。弁護団は,彼らの受刑記録については規則で定められている保管期限をまだ経過していないこと,前述のとおり,アヤ子さんの甥の受刑記録については,第1次再審の際,刑務所は検察庁からの照会に応じて提出しているだから,今回裁判所の照会に応じないのはおかしいこと,廃棄されていない「表紙等」とは具体的に何を指すのか,存在するものは出すべきである,などの点を指摘して,さらに裁判所に対し,再度の照会を行うよう求めました。
 これを受けて裁判所は弁護団の指摘に応える形で再度の照会を行いました。これに対し,刑務所は「表紙等」の内容についてある程度具体的に示したものの,「裁判所の提出命令によるほかは」受刑記録の開示には応じないと回答してきました。
 弁護団は,そういうことであれば,裁判所が提出命令を出すよう,職権発動を求めてさらなる働きかけを強めようと,次回7月26日の進行協議期日に向けた準備をすすめています。
 このように,弁護団は現在,証拠開示に向けた活動を精力的に行っていますが,さらに,これまでの証拠を整理し,洗い直し,あるべき証拠を探索するという作業にも力を入れています。この,地道で粘り強い作業に,若手の弁護団員が積極的に取り組んでいる姿が,最近の大崎事件弁護団の活力を象徴しています。
 前回の弁護団会議から,新たに若い弁護士が2名,弁護団に加わりました。優秀な若手弁護団員のフレッシュな視点と機動力が,再審開始へのさらなる推進力になってくれることを確信しています。
 去る6月4日,布川事件の桜井昌司さんが,アヤ子さんを激励するためにはるばる鹿児島までおいで下さいました。それにあわせてこの日,6月15日に85歳のお誕生日を迎えるアヤ子さんの,一足早い誕生祝いの昼食会を大崎町の隣の志布志で行いました。桜井さん,弁護団,支援者の方々と合わせて12名ほどの集まりになりました。皆に囲まれたアヤ子さんの嬉しそうな笑顔を見て「この笑顔は再審開始を勝ち取ったときこそ本物になる。その日まで闘い続けなければ」,と私も気持ちを新たにした次第です。
 引き続き大崎事件への暖かいご支援を,宜しくお願い申し上げます。

布川事件

心つないで36年、守る会が解散総会

「守る会」解散総会
 布川事件桜井昌司さん杉山卓男さんを守る会は、昨年5月24日、水戸地裁土浦支部で桜井さんと杉山さんに対し再審無罪判決が出され、確定したことで、その目的を達成しました。
 守る会は5月26日、東京・平和と労働センターで「継続は力 心つないで36年」と第36回総会を開き150人を超える人が参加しました。総会では、会の解散と「布川事件の国家賠償請求訴訟を支援する会」(仮称)を10月をめどに結成し、誤判原因の究明と、冤罪防止策(証拠の全面開示、取調べの全面可視化、代用監獄の廃止など)の実現のための運動を引き継ぐことを満場一致で確認しました。
 総会後、守る会の活動は、第36回総会をもって終了し、残務処理を8月31日まで、現事務局が責任を持っておこないます。また、守る会の運動をまとめた記録誌は6月末に完成予定です。
 長い間のご支援ご協力に心から感謝申し上げます。
 なお、年内に、布川事件の国家賠償請求提出、「布川事件の国家賠償請求訴訟を支援する会」結成、支援コンサートなどを予定しています。
 布川事件に関った多くの仲間は、引き続き冤罪根絶のために運動を進めてまいります。冤罪のない世の中をめざして共に前進していきましょう!
 (布川事件守る会事務局長・中澤宏)



「東住吉冤罪事件」を支援する会第9回総会

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「東住吉冤罪事件」を支援する会は、6月23日、58名の参加で第9回総会を開催しました。大分刑務所に収監中の朴龍晧さんのお母さんとお姉さんが「再審開始決定」を勝ち取ったお礼を述べ、再審無罪を勝ち取るためにより一層の支援を訴えました。また、事件関係者として、名張毒ぶどう酒事件・奥西勝さんの特別面会人、早川幸子さんが「奥西さんの人生を考えると眠れなくなる。絶対獄死は許さない」「東住吉事件では高裁で必ず再審開始を確定させてほしい」と訴え。泉佐野乳児虐待事件の佐々木嘉章さんのお母さんが「息子は絶対にやっていない。無実を晴らして子供を取り戻したい」と涙ながらに訴えました。
 弁護団の加藤弁護士から再審開始決定の概要と検察の即時抗告について、抗告審で検察の主張・立証が停滞しているが、証拠の一部が裁判所の勧告で開示されたとの説明、森下弁護士から大阪地裁の刑の執行停止の決定で朴さんを大分刑務所まで迎えに行ったが、大阪高裁が刑の執行停止の取り消しをしたことで直前になって出られなくなった、最高裁に刑の執行停止を求めていると怒りを込めた報告がありました。
 総会では、活動報告と活動方針の提案、会計報告、新組織の提案があり、拍手で承認されました。質疑応答で「刑の執行停止を実現するために最高裁へ電報を全国から集中」「総会決議を最高裁へ提出」など積極的な提案があり、最高裁への要請ハガキ・要請書提出、大阪高裁抗告審への署名を広げることが提起されました。(支援する会 尾崎良江)


袴田事件 第7回現地調査

18都道府県95人が参加

マスコミも注目する中、現地調査がおこなわれました

 6月24日・25日、静岡県静岡市(旧清水市)で袴田事件第7回全国現地調査がおこなわれ、18都道府県から95人が参加しました。
 主催者を代表して、国民救援会清水支部の内田隆典支部長が挨拶。弁護団の奮闘と、多数の方が現地調査に参加したことへお礼が述べられ、地元救援会として袴田さんの一日も早く救出する決意が述べられました。
 現地調査の弁護団報告で小川秀世弁護団事務局長は、第2次再審請求審で証拠開示を勝ち取った176点の証拠などを説明。
 再審の最大の争点である犯行着衣とされた5点の衣類について、DNA型新鑑定の結果、5点の衣類に付着していた血痕は、被害者や袴田さんのものでもないことが科学的に明らかになり、証拠が捏造されたとこれまで弁護団が主張していたことが裏付けられたことを強調しました。
 小川弁護士は、袴田事件は証拠を捏造されて作られた冤罪事件であり、捜査機関や死刑判決を出した裁判所を厳しく批判し、再審開始することが必要だと力説しました。
 事前学習会の後、参加者は事件があった味噌工場跡地で、事件の問題点について、説明を受けました。
 25日、現地調査をうけて疑問や今後の運動について論議し、現地調査団として裁判所、検察庁、静岡県警へ再審開始、すべての証拠の開示、違法捜査を批判する要請書を持って3班に分かれた要請行動をおこないました。
 総括集会で、袴田巌さんの姉の秀子さんは、「弟は無実です。長い間の拘禁生活で拘禁症を患い、この2年半面会ができていません。どうか無実の弟を救うため、なお一層のご支援をお願いします」と、訴えました。
 初めて現地調査に参加した女性は、「事前に事件のことも自分なりに勉強したが、弁護団や地元の話を聞いて理解が深まった。冤罪事件が本人と家族の人生を狂わし、人権を蹂躙することを肌で感ずることできて参加して良かった。帰ったら署名活動をはじめ頑張りたい」と感想を述べました。

                                                          
裁判・集会・宣伝などの主な予定
                               

7月13日(金) 8:15~ 最高裁統一要請行動(刑事事件は11時から要請)
7月16日(祝)14:00  東電OL事件 再審開始決定報告集会(文京区民センター)
7月18日(水)10:00  JR山科京都駅間痴漢冤罪事件最終弁論(京都地裁)
7月28日(土)~30日   日本国民救援会第56回全国大会(兵庫県)
9月 1日(土)~2日    豊川幼児殺人事件第2回全国現地調査(愛知県豊川市) 



* 次号「ニュース」は、2012年9月上旬頃に発行する予定です。

■再審・えん罪事件全国連絡会・・・
1973年4月、えん罪で苦しむ人々を救うことを目的として、作家松本清張氏、佐野洋氏、評論家の青地晨氏等の呼びかけで結成されました。
以来、「無実の人は無罪に!」をスローガンに、えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動などを進めています。


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