えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.58 再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2012年 10月16日発行 No.58



日野町事件遺族再審のご報告

弁護士 中 村  直 美
(京都弁護士会所属)

1 経過

 日野町事件は、1984(昭和59)年12月28日夜、滋賀県蒲生郡日野町でホームラン酒店を営む女性が行方不明になり、翌年1月18日に同女の死体が発見され、同4月28日に被害品の手提金庫が発見されたという事件であり、事件発生から3年以上が経過した1988(昭和63)年3月12日に、酒店の常連客だった故阪原弘氏(2011年3月に逝去)はその犯人として逮捕された。
 私は日野町事件の弁護団に参加して5年目になる。弁護団に参加して間もないころに故弘氏に面会したのだが、「早く家に帰りたい」「何でもよいから仕事をして、家族と暮らしたい」と繰り返し言っていたことをよく覚えている。当時、すでに体調を崩されており、面会室への移動すら大変な様子だったが、無実を訴え、家族への気持ちを切々と語っていた。
 故弘氏が無念の思いを残して亡くなられてから1年後、2012(平成24)年3月30日に、故阪原弘さんの遺族(妻子)4名が、大津地方裁判所に再審請求(以下「遺族再審」)を行った。遺族再審は、第1次再審請求の即時抗告審の到達点を引き継ぐ内容であり、自白の信用性、自白の任意性判断の再検討、情況証拠の証明力の検討を柱としている。
 遺族再審請求から半年余り、この間、弁護団はおおよそ月1回の弁護団会議のほか、現地調査や事件関係者との面談等を重ねてきた。また、裁判所・検察官・弁護団による三者協議が、9月末までに4回、大津地裁にて開かれた。さらに、9月4日には、裁判所、検察官、弁護団が日野町現地に集合し、事実上の現地検証を行った。これらの弁護団の活動等について、以下報告する。

2 弁護団現地調査

 現地には、まだ気づいていない事実が残されているのではないか、という気持ちは、弁護団の各自が持っている。そうした疑問を一つ一つたどり、現地に足を運び、地元の方々から話を聞く中で、「被害者が殺害された現場はホームラン酒店ではない」という確証が高まりつつある。
 被害者と同居していた80歳代の女性(被害者の親戚)は、事件について「(被害者は)わしを置いて出て行った」と近親者らに語ったのみであり、店内で被害者が殺害されるという異常な出来事が起こったことには一切触れていない。捜査機関は重要な参考人であるはずの同居人を丹念に調べることはなく、これまで、この同居女性は、店内で殺人と死体搬出が行われてもこれに気が付かないほど認識能力が乏しい老女のように仕立て上げられていた。しかし、現地調査を重ねていくうち、同居女性は毎朝欠かさずに近くのお寺にお参りに行き、お経を全部覚えているような頭の良い女性で、目は多少悪いもの、よく話し、健康にそれほど問題なかったことが地元の方々の証言により判明した。被害者が行方不明になってから1年間ほどは一人で暮らし、その後老人施設に入所したという。仮に店内が殺害現場であるなら、不審な物音や被害者の悲鳴や苦しむ声等の何らかの異常を、その同居女性は必ず察知できたはずである。同居女性が事件当時にホームラン酒店に現在したことと、店内が殺害現場とされることには大きな矛盾があると言わざるを得ない。
 また、被害者がコードレス電話を所持していたことも、近隣住民や近親者らの証言により明らかになった。酒店向かい側の住民が「被害者の話し声を聞いた」という耳撃は、会話の相手方の声は聴いていないというのであり、被害者がコードレス電話で何者かと話をしていたことと整合する。その他、普段はいていたサンダルが無くなっていることや、死体発見時の服装が室内には不相応な厚着であったこと、被害者が居なくなった翌日、酒店は出勤した店員により通常通り営業されており、店員や客は店内における事件性を察知した者はいないこと等を合わせ考えれば、事件当夜、被害者は何者かに呼び出され、あるいは連れ出されて外出したと思われるのである。
 一方、故弘氏は「事件当夜は酒に酔いつぶれて知人宅に泊まっていた」というアリバイがある。弁護団は本年6月に宿泊宅の家人の女性を訊ね、改めて故弘氏が泊まった状況について話を聞いた。女性はすでに80歳代半ばと高齢であるが、記憶もはっきりしており、故弘氏が泊まったことを明言した。女性によれば、故弘氏に「泊まっていきなさい」と言ったわけではなく、酔いつぶれて勝手に朝まで寝込んでいたらしい。そのため、「故弘氏を泊めたのか」と聞かれれば「泊めていない」と答えるが、故弘氏が事件当夜、寝込んで泊まっていったことには間違いないのだという。

3 三者協議におけるプレゼンテーション

 弁護団は申立後早期に裁判所に対し三者協議の開催を迫り、年末までの協議期日の予定を確保した。三者協議は9月末までに4回開かれ、新証拠の提出、提出予定や進行の確認などを主な議題としてきた。このうち、7月4日には、殺害方法と死体の手首を結束した紐の結び方に関するプレゼンテーションを弁護団が行った。これまで書面で主張してきた内容ではあるが、実演やパワーポイントを使うことで裁判所に体感させ、自白のような態様では殺害は困難であることや、死体の手首の紐の結び方は自白の内容とは明らかに異なることの説明をした。

4 事実上の現地検証

 9月4日には、裁判所、検察官、弁護団が、日野町現地に集合した。再審事件で、裁判所が現地に赴くというのは稀有なことらしい。
現地では、まず午前中に、弁護団の案内でホームラン酒店店内(および居住部分)を見分した。店内は、実況見分調書等の写真で見るよりも、ずっと狭いように感じられた。事件当時、店舗に続く居住部分の奥二畳の間には、被害者と同居していた女性が居たはずである。扉で仕切られてもいない近接した室内に居ながら、同居女性が被害者の身に起こった異変を何ら察知しなかったという不自然さを裁判官らはどのように感じるのであろうか、という思いで見分を見守った。また、店内の見分には被害者の親族も立会った。親族は、弁護団には敵意を持っているものと思われていたが、弁護団全員の店内への立ち入りを許諾され、後日改めて面談する約束をした。 
 午後からは、ホームラン酒店から死体発見現場まで、数台の自動車に分乗し、トランシーバーで各車両と連絡を取りながら、自白による経路をたどった。日野町銀座と呼ばれる町のメインストリートを、途中に警察署があるにも関わらず、軽トラックの荷台に覆いもせずに遺体を乗せて走行したという不合理な内容の自白には、改めて疑問を抱かずにはいられなかった。
 次に、いったんホームラン酒店付近まで戻り、今度は金庫発見現場への経路をたどった。金庫発見現場である石原山山頂付近までは、故弘氏が引当捜査でたどったとされる山道を、裁判官らも長靴に履き替え汗だくになって登った。自白によれば、このような悪路を草履履きのまま登り、街灯もない暗闇で金庫を破壊したとされているが、その必然性・必要性があったのであろうか。
 そして、死体発見現場も金庫発見現場も、引き当てはポイントごとに立ち止りあるいは車を停車させ、故弘氏に確認し写真撮影するなどして、捜査官による無意識的な誘導が行われていたことは、すでに提出済みの浜田鑑定により明らかであるが、裁判官らは両現場への経路をたどりながら浜田鑑定を意識されていたであろうか。
 今回の現地検証についての事前の申し合わせでは、正式な検証ではないので裁判所としてはビデオ撮影等の記録化はしないとのことであったが、裁判所は再審請求記録を読んだうえで現地を見ようという積極的な姿勢を示しているものと期待された。しかし、見分中の裁判官らの発言や、すべての見分が終了した路上にて証人尋問の不採用を宣言するなど、裁判所の心証は弁護団の期待とは反対方向に進んでいるのではないかと感じられてならない。

5 最後に

 再審請求の難しさは、有罪心証をもった裁判所に、いかに疑問を抱かせることができるかであると思う。遺族再審は、年内に事実調べを終えて来春にも開始決定を獲得すべく期日を重ねてきたが、裁判所が強い有罪心証に囚われたままであるのなら、このまま判断を仰いでよいはずがない。裁判所は確定判決等における証拠構造の脆弱さには目をつむり、再審開始を決定すべき事案だという心証には未だ至っていないという空気が強く感じられる。また、証拠開示に応じようとしない検察官の不当な対応については、激しい強い批判をぶつけ、裁判所との論争を強めなければならない。
 弁護団は、自白の獲得過程を含め、無罪方向を示す未開示証拠の開示を積極的に求め、証拠開示を実現する精力的な取り組みが至急の課題とされる。そして、日野町事件における情況証拠の評価について今いちど整理検討し、開始決定に向けた地道な努力を重ね、裁判所の真摯な判断を求めてゆきたい。



大崎事件 第15回全国現地調査

14都府県から94人が参加

坂屋光裕(国民救援会中央本部)

 原口アヤ子さんが首謀者となり元夫と義理の弟と一緒に別の義理の弟を殺害したとされた鹿児島・大崎事件の第15回全国現地調査が10月6日、7日、鹿児島県志布志市を会場に行われ、14都府県から94人が参加しました。

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 1日目の6日には、大崎事件再審弁護団の3人の弁護士から報告をしてもらい、原口アヤ子さんの無実を学習しました。
弁護団の小山内友和弁護士からは、「事件概要と、第1次再審請求審までの経過」と題して、原口アヤ子さんの「共犯」とされた人物、被害者死亡に至る経過、捜査の端緒、逮捕に至る経過、原口さんを懲役10年、他の「共犯」者をそれぞれ懲役8年、7年、1年とした判決の認定した事実(犯行態様、犯行動機)、さらに第1次再審請求審の最高裁判所での特別抗告棄却までを解説していただきました。その中で、犯行日とされた10月12日の晩は、原口さんたちは親戚の結婚式に参加したため、疲れて就寝しており、家からは一歩も外に出ていないこと、またアヤ子さんは捜査段階から一貫して犯行を否認し続けており、「自白」は一切ないこと(原口アヤ子さんが有罪とされたのは、元夫たち「共犯者」とされた人たちの「自白」などで、客観的物的証拠は一切ない)、受刑中職員から勤務態度良好なため「犯行を認めて反省すれば仮釈放できる」と何度も「反省」を勧められても「やっていないことを認めるわけにはいかない」と満期まで受刑したことなどが報告されました。また、第1次再審請求では、鹿児島地裁は、旧証拠を全面的に評価し直し、新旧証拠のすべてを総合評価のうえ、確定判決の事実認定への合理的疑いの有無を検討して新証拠の「明白性」を判断(いわゆる「全面的再評価」説)して再審開始決定を出したが、福岡高裁宮崎支部は、地裁の「明白性」の評価手法(全面的再評価)を誤りとし、新証拠の明白性判断は、その新証拠の立証命題の範囲に限定し、確定判決審の立場で検討評価すべき(いわゆる「限定的再評価」説)として再審開始決定を取り消したことを報告されました。

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 鴨志田祐美弁護士からは、「大崎事件第2次再審請求 新証拠について」と題して、再審開始の要件に始まり、第2次再審請求審の新証拠である上野正彦氏の法医学鑑定、「共犯者」供述についての心理学鑑定書、「共犯者」の知的障がいに関する精神科医の意見書の3本の鑑定、カーペット再現実験報告書について解説をしていただきました。その中で、法医学鑑定の結果からは「自白」どおりの殺害方法(被害者の首に西洋タオルを1回巻いて交差させ、その両端を力一杯引いて締め付けた)では、頚椎前面の縦長の帯状出血は形成されないので、タオルによる絞殺という確定判決の殺害態様は本件の死体所見に合致しないことや、供述心理鑑定の結果からは、「共犯者」たちの供述からは体験性兆候は確認されず、相互行為調整が必要な場面(たとえば、殺害に当たり、誰が何をするか予め分担を決めることなど)で体験しているものの供述であれば当然言及されてしかるべき事柄が述べられていないなど非体験性兆候が確認されたこと、さらにカーペット再現実験の結果からはカーペットの脱糞痕等の位置及び畳の尿痕・脱糞痕の位置は、「共犯者」の「自白」において本件犯行当時、中6畳間で被害者が寝ていたとされる位置(臀部の位置)とは全く一致しないということが明らかとなったことなどが説明されました。

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 泉武臣弁護士からは、「大崎事件第2次再審請求 証拠開示の戦いについて」と題して、刑事裁判と証拠開示について、再審における証拠開示について、大崎事件第1次再審における証拠開示について、公務所照会について解説をしていただきました。そのなかで、第1次再審請求審で検察側が多数の公判未提出記録を開示し、未提出の供述調書から供述の変遷が明らかとなり、再審開始決定につながったこと、しかし、まだ存在するはずの証拠が開示されていないこと、それらの証拠を開示させる闘いを弁護団は行っていることが報告されました。そして、いま弁護団は、検察が作成したと言明している「証拠の標目(リスト)」を開示させるために奮闘していることが報告されました。
参加者からは、「原口さんや共犯者とされた方々の無実がよくわかった」、「この事件の捜査がでたらめで杜撰なものであったことがわかり、怒りを感じる」「知的障がい者の取り調べであったにもかかわらず、その点に関する配慮が全くなかったことがわかった」「原口さんを救うために弁護団が一生懸命奮闘していることがよくわかった。われわれ運動体もがんばらなければいけないと思った」など弁護団の丁寧で真摯な説明で、原口さんの無実を確信するとともに、裁判勝利への意欲を培った学習会となりました。
 2日目の7日、犯行日とされた日に朝から酔っぱらって自転車とともに落ちたと考えられる深さ1メートルの側溝に行き、当日被害者を目撃した人の供述や倒れている被害者を軽トラックで被害者の自宅まで運んだ2人の供述などをもとに被害者の状況などの説明を受け、マネキン人形をつかって自転車ごと側溝に落下すればどのようなダメージを受けるのかの実験を行いました。その後、実際に被害者の自宅があった場所に行き、被害者が自宅に運ばれた状況などの説明を受けました。その後、会場に戻り、現地調査に参加しての感想や学んだことなどを交流し、全日程参加した布川事件の桜井昌司さんが布川事件の国賠裁判への支援とともに原口アヤ子さんを最後まで支援すると述べ、足利事件の菅家利和さんが原口アヤ子さんへの激励の言葉を述べました。裁判所宛と検察宛の要請決議を挙げて、散会しました。

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「東住吉冤罪事件」最高裁・大阪高裁の審理は?!

-10月28日、全国現地調査実施-

「東住吉冤罪事件」を支援する会 尾崎良江

 本ニュース第56号の一面を飾った3月7日の再審開始決定から早6ヵ月が経ちました。大阪地検の即時抗告により4月末には大阪高裁第4刑事部で抗告審が始まり、9月11日には第5回三者協議が持たれました。三者協議が非公開であることから弁護団は三者協議のたびに記者会見を開き、可能な限り進捗状況を説明し、弁護団の提出資料は開示しています。
 抗告審に入って弁護団は証拠開示勧告申立書を提出し、裁判所の勧告により検察は朴龍晧さん、青木惠子さんおよび長男の捜査報告書を6月に開示しました。その報告書から朴さんの捜査官の偽証が明らかとなり、弁護団は「再審開始理由の追加的主張」を提出しました。検察は7月になり「即時抗告申立補充書1」を提出、弁護団は9月には「反論書」を提出しました。また検察は「再現実験を予定」としており、その計画を三者で協議することなく突然に実験を行いましたが、その結果からは何も立証できませんでした。そのような進捗の中、大阪高裁は三者協議の日程を来年1月まで入れ、検察側に合わせた訴訟指揮のように思われてなりません。
 一方、大阪地裁の「刑の執行停止」決定は大阪高裁に取り消され、弁護団は4月6日「刑の執行停止」を求めて最高裁へ特別抗告しましたが、最高裁第三小法廷は9月18日不当にも抗告棄却を決定しました。最高裁の決定は弁護団の特別抗告申立書および大阪大学大学院水谷規男教授の意見書の内容にはなんら触れておらず、「弁護団の申立書に対する何らかの見解はある」との私たちの期待を完全に裏切るものでした。東住吉冤罪事件では「再審開始決定」の扉が開く、と同時に「刑の執行停止」で釈放という流れを確立することはできませんでしたが、皆さんと共同し運動を進めていきたいと思います。
 青木さん、朴さんを取り戻すには大阪高裁で即時抗告の棄却により再審裁判の開始を勝ち取ることしかありません。運動としては三者協議の日程に合わせ裁判所前でのビラまき、署名提出(9月11日現在、個人2,565筆、73団体)を行っていますが、多くの市民の声を届けるため、さらに高く署名を積み上げたいと思っています。今後ともご協力をよろしくお願いいたします。
 また大阪高裁を後押しするために全国的にアピールし、マスコミにも大々的に宣伝して10月28日(日)、大阪市東住吉区の現地において下記のとおり「第2回全国現地調査」を行います。
 現地は既に駐車場となっており、今回はこの火災現場において再現した土間兼車庫で、ガソリン(水で代用)をまき、放火行為を体験していただけます。「朴自白」の放火行為が不可能であり、不自然であることを、街の様子からも一層実感していただけるものと企画しました。また、弁護団からは詳細な現状報告・今後の方針等について報告していただきます。ぜひとも、ご参加ください。
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東住吉冤罪事件 現地調査申込書

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ゴビンダさんを訪ねて--カトマンズ訪問記

無実のゴビンダさんを支える会 渡辺亮
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 ゴビンダさんが自由の身となって故国ネパールに帰ってから約2ヶ月目の今年8月中旬、カトマンズのゴビンダさん一家を訪ねてきました。何年も前から一度訪ねてきて、と妻のラダさんや兄のインドラさんから言われ続けてきたのですが、そのつど「ゴビンダさんが家族のもとへ帰ったらね」と返事していました。それが本当になったのだから、夢のような気持ちです。
 8月11日の深夜、飛行機がカトマンズのトリブヴァン国際空港に着くと、ゴビンダさんがインドラさん、インドラさんの長男と3人で小雨の中、わざわざ出迎えてくれました。ホテルに着くとみんなで記念写真を撮りあい、再会を喜びました。「無実のゴビンダさんを支える会」を立ち上げてから11年余り。小菅の東京拘置所や横浜刑務所で、何十回面会したか分かりませんが、強化ガラスの仕切りや看守の立ち合いのない場所で、握手したりハグしたりできたのは、初めてのことです。親しい友人同士の当たり前のコミュニケーションさえ、これまで禁じられてきたのが、嘘のようです。
 一週間ほどの滞在期間中、ゴビンダさんは毎日、私につきあって市内や近郊の観光に出かけたり、自宅に招いて、ラダさんの手料理をごちそうしてくれたりしました。
 カトマンズは、狭い盆地に500万とも600万ともいわれる人口が密集した都会。急激な人口増加に、道路などの基盤整備が追いつかず、長い内戦が終結したばかりで政情もまだまだ不安定。あちこちに迷彩服を着てライフルを手にした兵士の姿が目につきます。しかし縦横に走る広い道や狭い道を、車やバイクがけたたましく走り回る活気に満ちた町でもあります。そして、そんな道路の脇を牛がのんびりと歩いたり、たたずんだりしています。
 ストゥーパと呼ばれる仏塔のある広場を散策したり、バクタプルという、日本でいえば京都のような古都まで少し遠出をしたり、のんびり過ごしながら、四方山話に花を咲かせました。しかし、やはり日本での裁判の行方は気になるようで、しきりに再審公判の日程や見通しを尋ねてきました。「もはや結論は動きようがない。再審開始を決めた同じ第4刑事部の担当だし、早期に無罪判決が出ることは間違いない」と伝えたのですが、「検察はまだ有罪だと言っているのでしょう?理解できない」と憤りを口にします。また「検察が証拠を隠していたおかげでひどい目にあう人は、私で最後にして欲しい」とも語っていました。
 静かな毎日を取り戻しつつあるゴビンダさんではありますが、こうしたことを考えると、ときどき夜眠れなくなることもある、とのことです。
 ヒンドゥ教のお寺で、年に一度の大きな祭があるのに出くわしました。川のそばで死者の遺体を火葬にして、灰を川に流すのですが、ゴビンダさんは、遺体を焼いているところが怖くて見られなくて、目をそらしていました。今さらながら、よくも警察や検察はこんな人を殺人犯などに仕立て上げたものだと、思いました。
 ラダさんと一緒にでかけたときは、いつも二人で手をつないだり、肩を組んで、仲の良いところを見せつけられました。
 一日も早く無罪が確定し、ようやく訪れた平穏な日々が確かなものになって欲しいと願わずにいられません。

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大崎事件首都圏の会 五味洋三 油彩画展

大崎事件首都圏の会 鈴木研二

 去る7月14日~20日まで、東京都新宿区にあるギャラリー「像」で大崎事件・原口アヤ子さん支援「五味洋三油彩画・協力福田磨理子『ボタニカル』(植物画)展」が開かれました。
 猛暑のなか130人を超える方がたが来場され、絵画を楽しみ交流を深めました。
 五味さんは国民救援会中央本部の前・救援美術展担当者で、自らも油彩画を中心に描きつづけプロもうなる腕前で、「首都圏の会」の世話人でもあります。
 今回は70点の油彩画と、福田さんの15点を展示しました。他にもこの展示会に賛同した会員さんより、貝細工のストラップ、裂き織りのショールやランチョンマットなどを提供いただきました。
 この催しは「首都圏の会」世話人会で運動もマンネリ化し、事件を多くの人に知ってもらい、広げる活動を模索していました。また、きびしい財政を立て直すためにも、何か新しいことをやってはどうかとの提案を受け実行委員会を立ち上げ開催したものです。
 カラーのビラを作り、救援会の各支部、首都圏の会の皆さんの協力で大きく財政的にも成功しました。

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再審・えん罪事件全国連絡会第21回総会のご案内

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裁判・集会・宣伝などの主な予定

           
10月21日(日)       秋田・大仙市事件第1回全国現地調
10月28日(日)           大阪・東住吉日野町事件第9回全国現地調査
10月29日(月)10:30~ 東電OL殺人事件再審第1回公判
10月29日(月)       JR山科京都駅間痴漢冤罪事件判決
11月 1日(木)       2012年司法総行動
11月 2日(金)13:30~ 袴田事件弁護側鑑定人尋問
11月16日(金)       福井女子中学生殺人事件名古屋高裁要請行動
11月17日(土)       福井女子中学生殺人事件再審開始決定1周年集会
11月19日(月)13:30~ 袴田事件検察側鑑定人尋問
11月25日(日)       日野町事件第9回全国現地調査
12月 1日(土)~2日(日) 再審・えん罪事件全国連絡会第21回総会

* 次号「ニュース」は、2012年12月中旬頃に発行する予定です。

■再審・えん罪事件全国連絡会とは・・・

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1973年4月、えん罪で苦しむ人々を救うことを目的として、作家松本清張氏、佐野洋氏、評論家の青地晨氏等の呼びかけで結成されました。
以来、「無実の人は無罪に!」をスローガンに、えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動などを進めています。

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