えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.72再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2015年 4月 9日発行 No.72

鹿児島・大崎事件

最高裁の棄却決定に抗議、第三次再審請求へ決起集会!

弁護団報告 佐藤博史・弁護士

去る3月6日、寒風吹く東京お茶の水で、「大崎事件・原口アヤ子さんの再審をかちとる首都圏の会」主催の「最高裁棄却決定に抗議するとともに、アヤ子さんの無罪を勝ち取るための第3次再審請求」のための決起集会が開かれました。東京弁護団長の佐藤博史弁護士(写真)の報告要旨をご紹介します。

再審事件と刑事弁護人

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 私が弁護士になったのは1974年のことですので、刑事弁護人になって41年になりますが、「死刑4事件」の4番目の「島田事件」にも関与しました。再審は、「島田事件」を最後に長い「冬の時代」に入ったともいわれます。しかし、その間、私が最初から担当した「榎井(えない)村事件」は再審開始になり、検察官の異議申立もなく、一気に無罪判決に至りました。しかし、「榎井村事件」を除いて、長い間再審開始がなかったことも事実です。
 ところが、まず「布川事件」が再審開始になり、ついで、私が担当した「足利事件」が再審開始になりました。「足利事件」は、DNA再鑑定によって菅家さんの無実が明らかになったため、「布川事件」よりも先に無罪判決を得ましたが、その後「布川事件」の再審開始が確定し、ついで「東電OL事件」が再審開始になりました。
 そこで、再審事件は、ようやく春を迎えたかのように思われましたが、しかし、その後、「袴田事件」を除いて、再審が棄却され、「大崎事件」の第2次再審も認められなかったわけです。
 しかし、私は「足利事件」で東京高裁、最高裁、宇都宮地裁と3回敗れて、4回目の東京高裁でようやく勝ったのです。つまり、何度か敗けたからといって意気消沈しているようでは本物の刑事弁護人ではないと私は思います。
 しかも、再審事件は、今、地殻変動的に動きつつあり、市民参加の裁判員裁判が始まり、検察官も、裁判官も、国民の眼を無視できなくなっています。つまり、多くの事件は、再審開始の一歩手前まで来ていると思います。
 では、「大崎事件」はどうなのか。今日はそのことをお話したいと思います。

「大崎事件」とはどんな事件か

 九州の志布志湾に近い大崎町という小さな町で1979年の10月12日に事件が起きました。四郎さん(仮名)が自宅の牛小屋で死んでいるのが発見されたのです。四男の家の近くには長男一郎さん(仮名)一家、次男二郎さん(仮名)一家が住んでいて、アヤ子さんは一郎さんの奥さんでした。そして、一郎さんと二郎さんが、アヤ子さんに指示されて四郎さんを殺し、さらに二郎さんの長男・太郎さん(仮名)が死体の遺棄を手伝ったとされました。事件があった10月12日は結婚式で、一族は結婚式に出席したのですが、四郎さんは朝から酒を飲んで結婚式を欠席し、その夜、自転車に乗って農道の溝に突っ込んで倒れているところを発見され、近所の2人に救助され、午後9時過ぎに自宅に連れ戻されました。そのことをアヤ子さんが知らされ、アヤ子さんは四郎さんが自宅の6畳間で蒲団をかぶって寝ているのを確認してそのまま自宅に戻りました。ところが、翌朝四郎さんの姿が見えず、3日後に牛小屋で死体で発見されました。ところが、四郎さんの死体には堆肥がかけられていたため、殺人・死体遺棄事件として捜査が開始され、四郎さんにアヤ子さんが契約した生命保険が掛けられていたため、警察は保険金目的の殺人と考え、3日後に一郎と二郎さんを逮捕します。2人は、最初は「2人だけで殺した」と自白しました。
 しかし、保険契約をしたのはアヤ子さん、四郎さんが連れ戻されたことを知っていたのもアヤ子さんです。つまり、警察の狙いは最初からアヤ子さんでした。そこで、2人は、警察から「アヤ子から指示されたのではないか」と追及され、「アヤ子さんに指示された」と自白しました。さらに、警察は、太郎さんも死体を運ぶのを手伝ったのではないかと考え、太郎さんを死体遺棄の共犯者として逮捕し、太郎さんも自白しました。そして、3人の自白が揃ったところで、アヤ子さんが逮捕されました。アヤ子さんは一貫して否認しましたが、3人の自白に基づいて4人が起訴され、3人は裁判でも自白し、アヤ子さんだけが否認したのですが、一審の鹿児島地裁は、翌年の3月31日にアヤ子さんが主犯だったとして4人に有罪判決を下し、3人は服役します。アヤ子さんだけが最高裁まで争いましたが、翌年1月30日に上告が棄却され、アヤ子さんは懲役10年の刑に服します。
 アヤ子さんは、1990年に刑期を終えて出所し、5年後の1995年に第1次再審請求を行いました。そして、7年後の2002年、鹿児島地裁は「再審開始」を決定したのです。この開始決定は画期的でした。アヤ子さんだけでなく、裁判所でも認め服役した3人も犯人ではないと認めたからです。ところが、検察官が即時抗告し、2004年に福岡高裁宮崎支部が開始決定を取消し、2006年に最高裁が特別抗告を棄却して、第1次再審請求が終りました。
 第2次再審請求の申立は、4年後の2010年のことです。しかし、鹿児島地裁は2013年3月に請求を棄却しました。私と木谷明弁護士が参加したのはその直前でした。そして、即時抗告審の福岡高裁宮崎支部は、精力的に証人尋問をしながら、昨年の7月即時抗告を棄却し、特別抗告が最高裁でこの2月に棄却されたというわけです。

「足利事件」と「大崎事件」の共通性

 「足利事件」は、幼女誘拐殺人事件で、DNA鑑定が決め手でしたが、無実の菅家さんが約十時間の取調べで自白してしまっただけでなく、裁判でも3人の裁判官の前で自白し続けたという点で、「大崎事件」と共通しています。菅家さんは知的なハンディを負っていましたが、大崎事件の3人の男性も全員知的なハンディを負っていました。しかし、「足利事件」で言い渡されたのは無期懲役でした。「大崎事件」よりもはるかに重大な事件で、菅家さんは実に簡単に自白したのです。さらに、最終的には起訴されませんでしたが、菅家さんは、ほかに2件の幼女誘拐殺人事件を、わずか35分間の取調べで自白しました。「足利事件」が私たちに教えたのは、無実の人でも厳しく取り調べられると死刑になりかねないのに実に簡単に自白し、裁判官の前でも自白を維持することがあるということでした。
 私が菅家さんの弁護を始めたのは1993年ですが、2000年に最高裁で上告が棄却されたあとの2002年3月、「大崎事件」の再審決定が下れたのです。当時「足利事件」の再審請求の準備中で、「大崎事件」は「足利事件」にとってまさに導きの灯火だったのです。そして、2002年の12月に「足利事件」の再審請求をしました。
 「足利事件」で、菅家さんの無実の叫びを聞きながら控訴棄却をしたのは、のちに「東電OL事件」の無罪判決を破棄した高木俊夫裁判長でしたが、「足利事件」の右陪席は、「大崎事件」の開始決定を取り消した岡村稔裁判長でした。「足利事件」の裁判官が「大崎事件」の再審開始決定を取消し、アヤ子さんの夢を打ち砕いたのです。

「大崎事件」への恩返し

 ところで、私は、「大崎事件」弁護団の事務局長の鴨志田弁護士から、「一郎、二郎、太郎三人の男性の自白を分析できる心理学者はいないだろうか」と相談され、高木光太郎先生と大橋靖史先生を紹介しました。お二人は、DNA再鑑定によって菅家さんの無実が明らかになる前に、菅家さんの自白は心理学的にみると体験していないことを述べたものである疑いが強いという画期的な鑑定書を書いた心理学者でした。そして、お二人は、「大崎事件」の一郎と二郎の自白は体験供述ではないと鑑定され、第2次再審の即時抗告審でも証人として証言されました。再審請求事件で心理学者が証言したのは「大崎事件」が最初ではないかと思います。

第2次再審請求・即時抗告審棄却決定の到達点

 第2次再審請求の即時抗告審決定は、高木・大橋鑑定を部分的に採用し、一郎と二郎の自白は、それだけで信用できるとはいえないと判断しました。ところが、高木・大橋鑑定が太郎の自白は情報が不足しているので判断を留保するとしたことを捉えて、太郎の自白については必ずしもそうはいえないとし、さらに二郎の妻で太郎の母であるハナさんの供述は、第3者の供述で信用できるとして、アヤ子さんが二郎さんを誘いにきたと認められるとして、結論として一郎と二郎の供述も信用できるとしたのです。
 しかし、ハナさんは「純粋な第三者」ではありません。ハナさんは日頃アヤ子さんをよく思っていなかっただけでなく、夫の二郎さんと長男の太郎さんがアヤ子さんのせいで逮捕され、二郎さんと太郎さんは、アヤ子さんに指示されたと自白したことを警察から聞かされていたのです。ハナさんも事件への関与を疑われたのだと思います。ハナさんは、アヤ子さんが一郎さんを誘いにきたと供述することによって、アヤ子さんが主犯で二郎さんと太郎さんはアヤ子さんに利用させただけであると供述して、夫と息子に有利な供述をするとともに、ハナさん自身に対する嫌疑を晴らしたのです。
 高木・大橋鑑定がハナさんの供述を鑑定の対象にしなかったのは、ハナさんは共犯者ではなかったからです。そこで、私たちは、高木先生と大橋先生にハナさんの供述の心理学的な分析をお願いし、昨年の12月26日最高裁に「3月にもハナさんの供述を分析した鑑定書を提出するので、待ってほしい」と補充書を提出しました。
 ところが、最高裁は、2月2日、特別抗告を棄却する決定を下したのです。最高裁は何を考えているのだと思いました。

第3再審請求に向けて

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 しかし、ものは考えようです。最高裁で長く待たされた挙げ句、棄却されるよりは、短期間で棄却された方が良かったかもしれません。第2次即時抗告審決定は、一郎と二郎の自白がそれだけでは信用できないことを認め、ハナさんの供述が信用できるとして、再審を認めなかったのです。一郎と二郎の自白はそれだけで信用できると判断して再審開始決定を取り消した第一次即時抗告審決定(岡村決定)と比べると、明らかに、再審開始に近づいたものということができます。
 そこで、私たちは、ハナさんの供述を心理学的に分析した高木・大橋鑑定のほか、四郎さんをタオルで首を絞めて殺したという一郎と二郎さんの自白が法医学的にもおかしいことを示す法医学鑑定を新証拠にして、この7月にも第3次再審請求を鹿児島地裁に申し立てようと準備中です。
 首都圏の会の皆さんには、昨年7月、大崎事件の舞台が福岡高裁宮崎支部から最高裁に移ったため、「いよいよ皆さんの出番です」と言ってきました。そして、4月13日に霞ヶ関の弁護士会館のクレオで開く予定の集会も元々最高裁に向けたものでした。しかし、今や戦いに舞台は、再び鹿児島に戻りました。
 しかし、「大崎事件」は、「足利事件」という深刻な冤罪を知った現在では、おそらく警察・検察も慎重に取り扱うに違いない事件で、そのことは広く全国の人々に知ってもらう必要があります。そして、実際「大崎事件」は、再審開始まで、あと一歩のところまで来ています。
 「大崎事件首都圏の会」の皆さんが作られた「大崎事件」のパンフレットは実によく出来ていて、その改訂版を鹿児島現地での支援活動にも使わせて頂こうとしています。皆さんの支援活動はその重要性をますます強めていますので、どうか今後ともよろしくお願いしたいと思います。(大崎事件「首都圏の会ニュース」No51号より転載)

静岡・袴田事件

「袴田事件は終わっていない!再審開始決定1周年集会」に170人が参加

弁護団が「取調べ録音テープ」を一部紹介

3月27日、「袴田事件は終わっていない! 再審開始決定1周年集会」が日弁連クレオホールで開催され、170人が参加しました。この集会は、日弁連が主催で袴田巌さんの再審無罪を求める実行委員会の協賛で開催されました。

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 小川秀世弁護団事務局長は、弁護団報告の中で、昨年末に静岡県警清水警察署の倉庫から偶然見つかり、今年1月に弁護団に開示された取調べテープの一部を紹介しました。この日公開されたのは、66年8月の逮捕前に袴田さんが任意の取調べの際の約2分間のやり取りです。
 例えば以下のやり取りです。
 警察官A:「それだから今日全部お前に話をするって言うだよ」
 袴田さん:「まぁいい、もうやめよう。話はしょうがない、お宅の思う通りにしてくんな。ちゃんと出るとこ出て、俺は話をする。俺は潔白だ。」
 警察官A:「潔白だって言ってだな」
 袴田さん:「お宅が潔白じゃねえって言うんだったら、ちゃんと出るとこ出て、裁いてもらましょう。もう不愉快だよホントに、いつまでもいつまでもこんな……」
 このように袴田さんは、きっぱりと事件への関与を否定し、捜査官に無実を強く主張している場面が残されています。小川事務局長は、「警察の違法な取調べの実態を明らかにし、袴田さんの無実を示す新証拠だ」、「検察は『最近見つかった』というがとても信じられない。証拠開示の根本が問われる」と厳しく批判しました。弁護団では、現在テープの反訳・分析作業をすすめています。
 基調講演では、九州大学の豊崎七絵准教授が「検察官の即時抗告は許されるのか?-再審開始決定に対する即時抗告審の法理論的検討」として題して講演を行いました。講演の中で豊崎准教授は、「再審請求人は、二重の危険の禁止による保護を受けており、誤判救済を請求する権利を行使する一環として発生せざるを得ない負担を超える負担を甘受する謂われはない。再審開始決定に対する即時抗告は、まさしく過度の負担であり、社会復帰を妨げる」「時間はかかるが、いずれは無罪になるというのでは足りない」ことを強調し、袴田巌さんが一刻も早く無罪となり、社会復帰を果たすということが必要だと講演を結びました。
 集会には、袴田巌さんは残念ながら出席できませんでしたが、お姉さんのひで子さんがあいさつに立ち、「あっという間に1年が過ぎました。釈放当初は巌の表情は無表情でしたが、最近は笑顔で訪れる方に『いらっしゃい』と声もかけるようになりました」「みなさんのおかげで巌は、拘置所から出てきました。再審開始はかなっていないが、無罪まで頑張りたい」と、無罪になるまで引き続きの支援を訴えました。
 袴田巌さんの再審無罪を求める実行委員会は、集会前に東京高裁前で宣伝行動、その後、東京高裁、東京高検への要請行動を行いました。提出した署名は4794人分(累計約13万人分)です。
 次回は、4月16日の三者協議に合わせて、宣伝、東京高裁、高検への要請行動を行います。

巌さん79歳誕生祝いと再審を求める浜松集会

3月1日、浜松・袴田巌さんを救援する市民の会主催の「袴田巌さんの79回目の誕生日を祝い、再審開始、無罪判決を求める3・1浜松集会」が、クリエート浜松で開催されました。集会は、雨にもめげず、会場満席の参加者で立ち見まで出るほどの大盛況でした。

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この日、巌さんは参加できずにひで子さん(写真)が支援者への感謝と日常生活の中での様子を報告しました。巌さんは、「将棋」が得意で、支援者や関係者などの訪問者で対局しても負けなしでいるようです。
 集会では、袴田弁護団でご尽力されてこられた、田中薫元弁護士が、「袴田事件と私」と題して記念講演を行いました。田中さんは、巌さんが上告審で自分で長文の陳述書を書き上げ、その内容全てが今回の第2次再審の再審開始決定の中で認定されたものであることを紹介しました。その後、巌さんが釈放されてからこの1年間を振り返った貴重な映像が上映されました。
 集会では、東京高裁に対して、直ちに即時抗告を棄却すること、また、東京高検は隠している全証拠を開示して、即時抗告を取り下げることのアピールを採択しました。
 集会後、巌さんが欠席したため、誕生日祝いケーキを持って、ご自宅に支援者が集まり、「79」とデコレーションされたケーキにローソクを付けてお祝いをして、1日も早い無罪決定を油断することなく運動を進めていく事を誓ってきました。(静岡・袴田次郎)

大阪 東住吉冤罪事件

再審開始3周年の集いに全国から113人

4月末までに最終意見書を提出、急ぎ支援を

 大阪・東住吉冤罪事件の再審開始決定から3年目にあたる3月7日、「再審の扉を開き、朴さん・青木さんの釈放を!-再審開始の確定をめざす集い-」が大阪市・大阪グリーン会館ホールで開催され、12都府県から113人が参加で、会場はいっぱいになりました。また、テレビ局も3社が取材するなど、関心が高まっています。
開会にあたって、「東住吉冤罪事件」を支援する会の岸本修会長が、「事件(1995年)から20年。2人が自由になり、再開する日が近づいているとの確信をもってがんばていきましょう」とあいさつしました。

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弁護団(乘井弥生、青砥洋二、塩野隆史各弁護士)から、映像も使いながら、大阪高裁での審理についてわかりやすく報告がされました。
報告では、2つの争点(①「ガソリン7リットルを撒いてライターで着火したとする、朴さんの「自白」は信用できるか、②自動車からガソリンが漏れて、風呂の種火等に引火して火災に至る可能性があるか」について、それぞれに説明がされました。
 ①について。大阪地裁は、弁護団の「自白」にもとづく放火再現実験(7リットルを撒き終わる前に種火に引火)を理由に再審開始決定を出しました。これを不服として即時抗告をした検察は、高裁段階で、みずからも放火再現実験を実施しました。しかし、結果は弁護団の実験と同じようにガソリンを撒ききる前に引火して火事になりました。これによって、①については信用できないことが明らかになりました。
 ②について。①の検察の実験結果を受けて、弁護団はこれで審理は終了し、検察の即時抗告は棄却されると思いましたが、検察は、これまでの「土俵」(朴「自白」の信用性を争う)を変えて、自然発火の可能性はあるのか(言い換えれば、もし自然発火でなければ、放火しかない)という新たな「土俵」を持ち込みました。
 これまでも、朴さんの満タンの車からガソリンが漏れだし、車庫に設置されていた風呂釜の種火に引火した、自然発火の可能性が指摘されていました。テレビでこの事件を知った千葉の人から「うちの車(朴さんの車と同種)も給油口からガソリンが漏れる」との情報が入り、その後も数人から同様の情報が弁護団のもとに寄せられました。そこで、弁護団は4台の同種の車でガソリン漏れについて実験したところ、いずれも給油口からガソリンが漏れ出しました。また、少しでも給油口に砂粒などが付くと、漏れやすくなることもわかりました。さらに、審理のなかで、自動車工学の専門家が、朴さんの車からも漏れ出た可能性が十分にあったことを証言しました。
 参加者は、弁護団報告を受けて、青木さん・朴さんの無実をいっそう確信することができました。
 このあと、布川事件の桜井昌司さんが激励のあいさつをおこない、事件関係者からの報告として、名張事件について特別面会人の稲生昌三さん、大崎事件について宮崎県本部の堀田孝一事務局長、袴田事件と再審をめぐる情勢について中央本部の鈴木猛事務局長が報告をしました。鈴木事務局長は、「青木さん、朴さんを救い出すことは、他の多くの冤罪事件のたたかいの大きな力にもなります。力をあわせてがんばりましょう」と発言しました。
 家族のあいさつとして、朴龍晧さんのお母さんとお姉さんから(左上写真)、支援へのお礼と、「早く家族のもとに帰してください」と最後までの支援の訴えがありました。
 最後に、「支援する会」の尾﨑良江事務局長から行動提起(①事件の内容を多くの人に知らせよう、②署名を集め、1日も早く5万人分(現在、約3万8千)を達成しよう、③裁判所要請・アピールをおこなおう)がおこなわれ、再審裁判開始と刑の執行停止を求める決議を採択しました。
 閉会のあいさつを、姫野浄・大阪府本部事務局長がおこない、再審開始をめざし、最後まで奮闘することを確認し、閉会しました。
 裁判所は、弁護団・検察双方からの最終意見書の提出期限を4月30日と決めました。いよいよ最終盤です。署名など、全国からの支援を急ぎ強めてください。

名張毒ぶどう酒事件

奥西さんの処遇改善等について、アムネスティ、監獄人権センター、国民救援会が八王子医療刑務所へ共同要請

 3月5日(木)、再審・えん罪事件全国連絡会、監獄人権センター、アムネスティ日本、国民救援会が共同して、名張毒ぶどう酒事件の奥西勝さんの処遇改善について、八王子医療刑務所へ要請しました。
 この日の行動には、監獄人権センター・海渡雄一代表、アムネスティ日本・山口薫氏、国民救援会・鈴木猛事務局長、同八王子支部・佐藤泰子支部長、再審・えん罪事件全国連絡会・瑞慶覧淳事務局長、特別面会人・稲生昌三氏、名張東京守る会・落合修代表の7人が参加しました。
 八王子医療刑務所は、要請にあたって代表3人に絞ることを条件に、磯貝真之看守長と首席矯正処遇官が対応しました。こちらの要請事項は、主に以下の3点を中心に行いました。

 【要請1】奥西さんが再審請求人であることを尊重し、外部交通権を最大限に保障すること。とりわけ、面会の実質的な保障をはじめ外部からの激励を含むハガキや手紙を手元に届けるように直ちに是正すること。
 【要請2】現在、奥西さんは八王子医療刑務所で担当医をはじめ関係者の方々の献身的な努力によって、適切な医療処置と看護が行われているものと信じます。
 八王子医療刑務所内での矯正医療の透明性を担保し、奥西さんの病状を正確につかみ、今後の対応を適正におこなうために刑事収容施設及び被収容者の処遇に関する法律62条2項、3項に基づく「外部の医師等による診療」、63条によって「被収容者からの指名医による診療」を受ける権利を保障すること。
 【要請3】奥西さんの病状の急変、急迫な事態に対応できるように東京都在住者の支援者の特別面会人を拡大すること。

 この日の要請では、とりわけ奥西さんが人工呼吸器の送管手術によって声を失い、稲生さん等との面会では手で字を書くしぐさが多くなりました。そこで、要請では「再審請求人の外部交通権の保障を。発声ができない奥西さんは、空に字を書くが伝わらないもどかしさがある。面会人との意思疎通ができない。手で文字が書けるボードなどを携行品として認めても問題はないのではないか。指を使ってのコミュニュケーションであり、人道上の措置として認めるように。コミュニュケーションをとることで、生きる希望がおき、「心情の安定」にもなる」ことを強調しました。
 これに対して、磯貝看守長は、「法令に照らして処遇している。支援のみなさんの熱心な働きかけに、心を打たれている。また、死刑囚として処遇せざるを得ない。法令に照らしてないができるか、真摯に受け止めできることはやりたい」との回答がありました。
 しかし、その後の稲生さん面会ではボードの使用を含めて、「奥西さんの意思が確認できない」と、上記の要請項目はいまだに実現に至っていません。
 4団体では、引き続き名張事件弁護団や名張ネットワーク等支援者などとも相談して、奥西さんの処遇の改善に向けて、共同行動を続けることを確認しています。
  *要請書の全文は、こちらです→file要請書

北陵クリニック・筋弛緩剤冤罪事件

3・27仙台高裁へ要請行動 

新たに8,007筆の署名を提出

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3月27日(金)11時より、仙台高裁へ、守大助さんの一日も早い再審開始と、証拠開示及び証人喚問を行い、公正な裁判を求める要請を行いました。
3月に裁判体の異動があり、急いでこれまでに集まっている署名を提出しようと、全国に連絡し送っていただくなどしました。結果、この日までに全国から新たに寄せられた第2次分として、8,007名分の署名を(累計15,653名)提出しました。
 参加者全員からは、『守大助さんを有罪にした根拠はあまりにもずさん、証人尋問と証拠開示の上、公正な裁判を』と訴えました。

3月23日、街頭宣伝行動に若い人を中心に署名の協力

 風がまだ寒い中、3月23日、平日の昼12時から、いつもの一番町フォーラス前で署名・宣伝活動を行いました。
 この日の宣伝行動では、守大助さんの再審請求を求める署名とともに、「袴田・東住吉冤罪事件は再審開始が決定したものの、まだ確定したわけではありません」、「検察・裁判所の不当な巻き返しを許さぬ闘いを」と訴えました。
 鹿又会長、吉川副会長の訴えに続き、守祐子さんは、『裁判官は証拠を見ることも無く息子を無期懲役にしました。ぜひ再審を開き、専門家の意見を聞き、証拠に基づき、公正な裁判をやり直してください』と訴えました。
 何時もの土曜日ではなく、平日の12時から1時間の街頭宣伝でしたが、最近にはない67名の署名が集まりました。寒い中にもかかわらず、とりわけ若い方の、真剣に応える姿が目につきました。(宮城県の「守大助さんを守る会ニュース」より転載)

布川国賠裁判

弁護団が新たに文書提出命令申立を行う!

 3月11日布川国賠第9回口頭弁論が開かれました。証拠開示について、昨年12月ポリグラフ検査関連文書の文書提出命令申立書を提出しましたが、警察はポリグラフ検査記録紙が昭和61年8月那珂川の氾濫で流出したと言っています。しかし、弁護団の説明によれば、ポリグラフ検査記録紙は科学捜査研究所で保管し、古いものは根本町倉庫に移していたが、科学捜査研究所に昭和60年より前のポリグラフ検査記録紙の保管がないため、根本町倉庫に移して洪水で流出したと「推測」されるということだそうです。
 今回文書提出命令申立書(2)も提出しました。杉山さんのもう一本の録音テープ、桜井さんの被疑者状況録、目撃者とされるKの有元検事の調書、桜井さんの兄ら4人の供述録取書・捜査報告書です。
 また、弁護団は捜査(窃盗の勾留・再勾留を利用した取調べ、いわゆる逆送、虚偽供述の形成過程)の違法についての再反論の書面を提出しました。粘り強く反論をしているとのことです。
 次回裁判は6月10日2:00~103号法廷です。   (布川国賠支援する会・山川清子)

福井女子中学生殺人事件

学習を深め第2次再審請求に向け支援を広げよう

国民救援会北陸3県合同学習会

国民救援会北陸3県会議は3月15日、福井女子中学生殺人事件の第2次再審請求に向けて、北陸3県(富山、石川、福井)の国民救援会の県本部、支部常任委員を対象に、弁護団弁護士を講師に学習会を石川県平和と労働会館にて開催し、北陸3県の各常任委員30人が参加しました。

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弁護団から佐藤辰弥弁護士が、福井女子中学生殺人事件の経緯を中心に、吉村悟弁護士(写真)が第1次請求で焦点となった、証言や証拠を中心に最高裁の判断をどう見るのか、事件の本質と第2次再審請求に向けての課題が語られました。
 野村夏陽弁護士からは、裁判開始当時、学生だった時から裁判に関わってきた思いが語られた。
 前川彰司さんは、「弁護団の弁護士の方々や、全国の国民救援会の皆さんの支えがあったから、第2次再審請求に向けて頑張れる。率直に言うと、時々不安になることあります。更なるご支援とご協力をお願いします。」と訴えました。
 討論では、弁護団から社会的な包囲の重要性が語られたことを受け、支援する会結成や、福井女子中学生殺人事件が語られる際、変遷している証言が、複数が関わって複雑にされていることで、解りにくい。どう説明したら良いのかなど、具体的な質問が出されました。
 国民救援会福井県本部の木原和治事務局長から、各県に支援する会を結成していただける様、運動を進めたい。第1次再審請求運動の中でも、愛知県の守る会をはじめとして、他の都道府県からご支援と助言もいただいています。北陸3県ごとに守る会を結成し、全国に広げて行きたいとの訴えに。富山・石川両県かららも協力と前川さんの無罪をかちとろうと決意が語られ、今後のたたかに向けて団結を固めあいました。(日本国民救援会福井県本部 池田)

京都・長生園不明金事件

「真相究明の会」が第6回定期総会を開催

積極的な討論を行い、2015年度活動方針を確認する

「真相究明の会」は2月21日午後、南丹市八木町の府立口丹波勤労者福祉会館で第6回定期総会を開催しました。総会には、地元南丹市・亀岡市をはじめ、京都市内・宇治・城陽市、大阪・神戸の会員28名が出席しました。なお委任状を兼ねた欠席通知が33通届き、出席者と委任状の合計で会員の過半数を超えました。

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総会の冒頭、国民救援会京都府本部・橋本宏一氏から「長生園不明金事件によせて」の講演を受け、救援会下南支部の向井忠夫さんを議長に選出。奥山峰夫代表が開会のあいさつを行った後、山岡事務局長が議案の説明と予算・役員を提案、会計の西岡廣子さんが決算を報告し議案に基づく討論を行いました。新しく主原文江さん(右京区京北)が加わって頂いた役員を含め、報告された議案は、参加者全員の拍手で確認されました。
 討論では、「予算が前年決算を下回っている、緊縮財政でよいのか」、「会員を150~200人に増やせば安定する、各種団体の総会や集会で訴えさせてもらったら」、「今日の参加者が一人は会員を増やそう」、「昨年11/8のパレードは良かった、これからも年に一度は取り組んだらどうか」、「長生園の行事や野中理事長が出席する行事などで、無言の宣伝を取り組んだら効果があると思う」、「手作りの立て看板を作り立てたらどうか」、「来年からは総会の後に規模を広げた宣伝を取り組んだらどうか」など積極的な提案もあり15年度の中で可能な限り具体化することになりました。
 事件当事者の西岡廣子さんからは、「やってないものはやってない、自分の人生をかけたたたかいだ、家族の支えもありこれからも負けずにやっていきたい」と発言がありました。(「真相究明する会」事務局長・山岡良右)

熊本・松橋事件

「凶器と傷口に矛盾」と法医学者が証言

 2月27日、熊本地裁で弁護団が申請していた日本医科大学の大野曜吉教授(法医学)の証人尋問が行われました。大野教授は、「被害者の刺し傷は確定判決で凶器とされた小刀とは矛盾する」との証言を行いました。
 証人尋問の終了後、弁護団は記者会見を行いました。弁護団によると大野教授は左首と胸の傷の刺し傷の深さや幅を示し、「凶器の小刀で刺したとするには傷口が小さい」と指摘し、実際の凶器は本件の小刀より細い小刀が使用されたという見解を明らかにしました。
 検察は反対尋問で皮膚の弾力によって、使われた凶器よりも傷口が狭くなった可能性(押し下げ現象)があると主張しました。これに対して、大野教授は首や胸の2か所については弾力の影響はないと証言しました。
 弁護団は、今回の証人尋問によって、確定判決の矛盾がはっきりしたと会見で述べました。
 今後は、この日の尋問を踏まえ、弁護側と検察側が意見書を提出したうえで、4月21日に三者協議が開かれます。

会費・募金へのご協力ありがとうございました。

    *次の方々から賛助会費、募金のご協力がありました。
  小田中聰樹、光藤景皎(2015年1月以降から3月末現在)

白鳥決定40年シンポジウム第1回実行委員会

 と き  5月20日(木) 18時から20時
 ところ  平和と労働センター・全労連会館3階305号会議室

第25回裁判勝利をめざす全国交流集会

 と き  6月7日(日)13時から翌8日(月)正午まで
 ところ  熱海温泉「ホテル大野屋」
      〒413-8611 静岡県熱海市和田浜南町3番9号  ℡ 0557-82-1111
 参加費  1万6千円(資料代、報告集、1泊2食など含む)
 主 催   自由法曹団、全労連、国民救援会

裁判・集会・宣伝などの主な行動日程

 4月13日(月) 大崎事件集会(午後5時から日弁連・クレオホール)
 4月16日(木) 袴田事件三者協議(午後2時から東京高裁)
   〃      東京高裁前宣伝(12時)、高裁要請(13時15分)、高検要請(14時)
 4月21日(火) 熊本・松橋事件三者協議(熊本地裁)
 4月28日(火) 名張毒ぶどう酒事件独自要請行動(最高裁10時、最高検11時)
 5月 9日(土) 布川国賠裁判を支援する第4回総会(平和と労働センター14時から)
 5月10日(日) 特急あずさ窃盗冤罪事件再審開始をめざす集会(13時から16時
         :長野県諏訪市「こころの交流広場・多目的ホールにて」
 5月14日(木) 第217次最高裁統一要請行動(刑事事件は10時から要請)
 6月7日(日)~8日(月) 第25回裁判勝利をめざす全国交流集会(熱海「ホテル大野屋」
 6月27日(土) 第8回関西タンポポ集会(リバティー大阪 13時半~)
*各地の事件の取り組みや日程を事務局まで通信をお寄せください。
                      zuke@kyuenkai.org
* 次号「ニュース」は、2015年6月上旬頃に発行する予定です。

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