えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.81再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2017年 1月25日発行 No.81

無辜に泣く人をつくらないために、人権の灯りを掲げよう

新倉修(青山学院大学 再審・えん罪全国連絡会共同代表)
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明けましておめでとうございます。今年はいよいよ憲法施行70年を迎えることになります。白鳥決定40年のイベントをステップにして、みなさまのご協力によって、東住吉再審事件でも、完全無罪を勝ち取ることができました。引き続き、名張、大崎、福井、仙台をはじめとして、冤罪再審の扉を開ける課題に多くの力を結集して取り組みましょう。冤罪の原因を究明し、無辜を救済し、責任者を追及して、冤罪の防止を図るという一連の課題を、国民の課題として大きく提起し、いっそう大きな取り組みを盛り上げていきましょう。
大事なことは、一つ一つの冤罪再審事件を丁寧に取り組みつつ、点としての闘いを結びつけて一線につなげるとともに、こうして結びあわされた糸を縦横に織りこんで面をつくり、雪冤の布を織り、冤罪のない世界をつくる運動を進めていくことではないでしょうか。
布川事件の桜井さんが警察や検察に対して国家賠償請求訴訟を提起し、闘っています。東住吉事件の青木さんが昨年12月に国家賠償請求訴訟を提起して、これに続いています。志布志事件についても、大きな成果をあげています。事件に学び、訴訟支援で繋がり、社会変革のうねりを巻き起こそうではありませんか。
その大きなうねりを、実は、私たちは既に、松川事件支援活動という国民的裁判闘争として体験しているのです。福島県松川町で発生した列車脱線転覆事件は、労働運動の弾圧を目的とした政治謀略事件であることは、よく知られています。1963年9月12日に最高裁判所で1961年8月8日の仙台高裁による無罪判決が確定しましたが、事件発生から14年余の長い裁判闘争が、大きな実を結んだわけです。事件の記録や裁判資料・松川裁判支援活動の記録は、金谷川の福島大学に置かれた資料センターで整理・保存されています。決定的なアリバイ証拠となった「諏訪メモ」をはじめ、仙台高裁の門田裁判長のメモなどもきちんと整理されて、展示されています。そればかりではなく、資料整理に長年携わってこられた伊部正之さんらの手による福島県松川運動記念会編『松川事件五〇年』(あゆみ出版、1999年刊)を読むと、戦後の歴史が目の前に浮かび上がる印象を受けます。多くの市民が「私は松川を忘れない」と胸を張って語った歴史が、蘇ります。20人の被告人とその家族や友人だけではなく、日本中が松川事件の被告人の無実を信じ、無罪を求めました。世界各地からも支援の手がさしのべられ、力強い連帯の輪が広がりました。「真実は壁を透して」という言葉が文字通り、長期間の勾留から被告人たちを解放し、無罪判決に結実しました。このような国民的な快挙は、非戦を誓い、全世界の国民が平和に生きる権利があることを認める日本国憲法第九条にノーベル平和賞をあげたいという気持ちから市民活動をしている志と同じように尊いものです。歴史の彼方に追いやり、忘却の淵に沈めてよいものではありません。その意味でも、松川事件の資料は、そっくりそのまま、ユネスコの世界記憶遺産にふさわしいものといわなければなりません。アムステルダムにあるアンネの家を多くの人が訪れ、アンネの日記を世界記憶遺産として認証したように、松川町の事故現場を訪れ、福島大学にある松川運動資料館を訪問し、松川事件の資料を世界記憶遺産として認証されるように努めようではありませんか。冤罪再審事件の一つ一つの取り組みが、松川運動の記憶を通じて歴史を通貫し、国境を越えて、世界の人々の記憶に蘇ることは、冤罪の救済と検証と予防をめざす全ての人々にとって、決して他人事ではないはずです。
そして、今年はまた、日本は、国連人権理事会での普遍的定期審査(UPR)の年にあたります。また、2014年に行われた自由権規約第6回日本政府報告に続いて、第7回目の審査手続が新しい方法で取り組まれ、今年の10月には自由権規約委員会が日本に対して審査のための論点表(リスト・オブ・イシュー)をつくります。そのための情報提供が求められています。刑事手続について、自由権規約14条などが日本では遵守されているのかどうかが、まさに問われているところです。このような機会を最大限に活用して、冤罪の救済・検証・予防の循環を完成させて、冤罪の社会を築くために、さらに一歩踏み出しましょう。

東住吉冤罪事件

心穏やかに新年を迎える幸せ

青木惠子

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
昨年の8月10日に、真っ白な無罪判決を勝ちとり、やっと普通の母親に戻れたことはとても幸せでした。全国の皆様、本当にご支援をありがとうございました。心より感謝しております。
今年のお正月は、当たり前の世界で、普通の人として、娘と一緒に心穏やかな新年を迎えられました。このような日々が訪れたことが「まるで夢のようだな」って感じることがたびたびあり、胸が熱くなります。
平成27年10月26日に釈放されてから、両親と暮らしてきましたが、介護の難しさ、大変さを痛感し、私は精神的に余裕がなくなり、思いつめるようになりました。このままでは私自身も倒れてしまうからと考えて、昨年のクリスマスから一人暮らしを始めました(私の中では娘との2人暮らしですけど……)。また、新たな人生を一歩踏み出せました。アルバイトの量を増やして、しっかりと人生を歩んでいきます。でも毎日のように両親のところに通って手助けをしていますし、この生活のリズムが両親、私にとってベストな方法だったと感じています。
さて、無罪が確定。自立して初めてのお正月でしたが、改めて自由に行動できる、娘の供養ができる、息子と会える、両親の面倒を見れる。自由のすばらしさを噛みしめています。
昨年はいろいろな場所に伺わせていただき、私の体験を語りました(父が病気になったときは伺えずに申し訳ない気持ちでした)。初めての秋田への一人旅。原口アヤ子さんとの対面。不当判決の傍聴など、その時々で学び、勇気や励ましをもらいました。冤罪をなくすために私にしかできないことを、今後も続けていくと決意しました。まず第一歩として、昨年の12月に国賠訴訟をしました。私の無罪は証明されたものの、警察、検察は自らの過ちを反省することなく、現在も私を取り調べた刑事は「自供書は、自ら書いたもの。犯人だ!」と言っています。絶対に許せません! 警察、検察は反省も謝罪もせず、捜査は正しかったと言い続けています。なぜ、火災で娘を亡くしただけなのに逮捕? 起訴? 有罪? 獄中に20年も入れられるのでしょうか? 私にとって全てが「なぜ?」と疑問ばかりです。このまま原因を明らかにせず、黙って泣き寝入りなどできません! 真実を明らかにするまでは終われません! 国賠訴訟が大変なことはわかるものの、この闘い、厳しい道を選びました。
この闘いは私のためだけではなく、獄中にいる仲間の力に、冤罪をなくすための力になると考えています。絶対に勝利しなければなりません! 1月中にはホンダへの訴訟もします。
どうか、全国の皆様、私とともに闘ってください。皆様のお力添え、ご支援をどうかよろしくお願いいたします。

平成29年1月2日記

仙台北陵クリニック筋弛緩剤冤罪事件

第1次即時抗告審、仙台高裁・嶋原裁判長で必ず再審開始、釈放を勝ちとります!
2017年も引き続きご支援をよろしくお願いいたします。私は絶対に筋弛緩剤を混入していません!
寒の入りとともに、いよいよ寒さも本格的になってまいりました。日頃から「仙台北陵クリニック冤罪事件」を支援してくださり、誠に有難うございます。全国から年賀状が“884”通届いています。メッセージに励まされ、“今年も頑張るぞ”と心強くなっています。
さて社会から隔離されて16年がたちました。なぜ無実の私がこんなに苦しめられるのでしょうか。“やってない”という証明は、やってないという以上何があるのか。裁判所には、私と弁護団の主張、意見を公正・公平・常識を持って聞いてほしい。検察のとんでもない主張ばかり受け入れるのは止めてもらいたいです。
今年は抗告審の山場です。裁判所の“正しい”決断の年! 刑事裁判の原則に従って今度こそ判断してもらいたい。私と弁護団が求めている「証拠開示、証人尋問」を採用させ、開始の扉を開かせます。“トリ”のように飛んで、今年こそ皆さんの前へ飛んで行きたいです。
再審開始、釈放を勝ちとりますので今後もどうかご支援をよろしくお願いします。私も頑張って無実を訴えます。

2017年1月 「仙台北陵クリニック筋弛緩剤冤罪事件」 無実の守大助

2001年1月6日、突然無実の罪で逮捕されてから16年。10年一昔といわれていますが、息子はすでに45歳、同級生のお子さんの成長を見るにつれ、北陵クリニックに勤めなければこんな事件に巻き込まれなかったと今も悪夢を見続けている毎日です。
この間、息子は何事にもめげずに頑張ってこれました。国民救援会・全国40か所にある支援する会・守る会の皆様方がお忙しいなかを全国から千葉刑務所に絶え間なく面会にこられ、力強い励ましを下さっているおかげと感謝しております。
今年は勝負の年です。
新春には三多摩総支部・大阪市此花支部に支援する会が結成される予定です。
地元仙台でも3月25日には、仙台北陵クリニック事件全国連絡会主催の、無実の息子を取り戻すため大集会が行われます。再審開始を勝ちとるため、多数のご参加を切にお願いいたします。
裁判所を動かすため、全国から仙台高裁に再審開始の熱い声を届けてください。
仙台北陵クリニック事件をよりいっそうご理解いただくため、昨年暮れ「つくられた恐怖の点滴殺人事件」が出版、発売されました。多くの知人がわかりやすく、読みやすいと感想を寄せてくださっており、非常に好評です。皆様にもぜひご購読いただければ幸いです。
夫婦そろって古希を過ぎました。今年こそ再審開始・釈放を勝ちとり、元気なうちに1日でも長く一緒に暮らせるよう、よりいっそう頑張る覚悟でおりますので、どうか今後とも皆様のお力を私どもにお貸しください。

守 勝男,祐子

袴田事件

やはり違法捜査のオンパレードだった「袴田事件」~小便に行かせず、果ては取調室に便器を…

小石勝朗(ライター)

法律上は新たな申立てを追加したに過ぎないかもしれない。しかし、そこに盛り込まれた事実を見れば、この事件の本質が浮き彫りになり、決して看過できない内容であると多くの人たちが改めて感じるに違いない。
1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」。静岡地裁の再審(裁判のやり直し)開始決定により、死刑判決が確定していた元プロボクサー・袴田巖さん(80歳)が釈放されて、もうすぐ3年になる。検察が即時抗告したため東京高裁(大島隆明裁判長)で続いている再審請求審へ、袴田さんの弁護団は12月21日、事件の捜査段階で警察官の「職務犯罪」があったことを請求理由に加える申立書を提出した。
刑事訴訟法435条は、再審を請求することができる理由を挙げている。7号には「警察官がその事件について職務に関する罪を犯したことが証明された時」との規定が含まれており、新たにその適用を求めたのだ。これまでは「無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見した時」との6号に基づいて再審を請求し、静岡地裁も弁護団のDNA鑑定や味噌漬け実験の結果が「新規・明白な証拠」にあたると認定して再審開始決定を出していた。
追加申立てをした理由について、西嶋勝彦・弁護団長は記者会見で「この事件の捜査が犯罪のオンパレードだと裁判所と世間にわかってもらうため。それに、高裁での審理に時間がかかりすぎているので、6号以外の要件でも再審開始の結論が出ることを主張するため」と説明した。
今回の申立ての端緒は、警察での袴田さんの取調べの様子を録音したテープである。東京高裁での審理が始まって間もない2014年10月に静岡県警清水警察署の倉庫で見つかり、翌1月に弁護団に証拠開示された。計約48時間分あり、その内容を解析すると、それまで明らかになっていなかった重大な違法捜査が浮き彫りになったのだ。
今回の追加申立ては、主にその内容に拠っている。申立書で取り上げた警察官の「職務犯罪」は3つだ。
1つは、取調べ中の小便である。
袴田さんが逮捕されて18日目の1966年9月4日のこと。取調べのテープには、袴田さんが「小便に行きたい」と訴えるのに続いて、次のような警察官の声が録音されている。
警部M「小便に行くまでの間に、イエスかノーか、話してみなさい」
警部補I「その前に返事してごらん」
M「本当の気持ちを言ってみなさい」
I「お前、やったことに間違いないな」
M「言えなきゃ、頭だけ下げなさい」
小便に行かせないまま、袴田さんに自白を求めるやり取りが続く。袴田さんが尿意を訴えて約5分後にIが「警部さん、トイレ行ってきますから」と告げると、Mの「便器もらってきて。ここでやらせればいいから」という声が入る。そして、取調室に便器が持ち込まれ、袴田さんが小便をする音に続いて、Iの「蓋をしておけ」という声と、便器の蓋が閉まる音が録音されていた。
便器持ち込みについては、死刑判決が出た静岡地裁の公判で、証人尋問を受けたMとIが問われている。2人は「取調室の外の廊下に報道陣が詰めており、トイレに行く時に写真を撮られるのを嫌った袴田さんが便器の持ち込みを希望した」と証言していた。また、取調室の中についたてを置き、袴田さんはその陰で放尿したと説明していた。
しかし、テープには袴田さんが便器の持ち込みを希望するシーンはなく、ついたての設置をうかがわせる音声も入っていない。袴田さん自身、法廷で、自ら便器の持ち込みを希望したのではと尋ねられ、きっぱりと否定していた。録音テープによって、便器の持ち込みは取調官の指示だったことがはっきりした。
こうしたことから弁護団は今回の申立てで、MとIが取調室に便器を持ち込んで警察官の面前で袴田さんに放尿させたことはプライバシーや個人の尊厳を侵しており、また、袴田さんに小便をさせずに自白を求めたことで身体的、心理的な苦痛を与えたとして、特別公務員暴行陵虐罪が成立すると主張している。また、2人の法廷での証言について、偽証罪にあたると指摘した。
袴田さんは、この2日後の9月6日に犯行を「自白」する。取調室で小便をさせたり小便に行かせなかったりしたことに象徴される身体や精神にダメージを与える取調べが、その原因になったことは想像に難くない。袴田さんは公判で否認に転ずるも、最後まで「自白」が不利に作用して死刑判決の確定に至ってしまう。
2つ目は、袴田さんと弁護士との接見(面会)の様子が「盗聴」されていたことだ。
取調べテープには、逮捕されて5日目の8月22日に、袴田さんが弁護士と清水警察署で初めて接見した際のやり取りが入っていた。袴田さんが、逮捕当時に犯行着衣とされていたパジャマを挙げて「パジャマに血が付いていると言われても、わからないんですよ」と戸惑いながら無実を訴えている様子が確認できるという。
弁護団は、刑事訴訟法が保障する「秘密交通権」――容疑者が警察官の立ち合いなしで弁護士と接見できる権利――を明らかに侵しており、取調主任官だったMと、取調べに当たっていたIが、少なくとも盗聴を了解していたことは間違いないとして、公務員職権濫用罪が成立すると主張している。また、Mは公判で接見の盗聴を否定する証言をしており、偽証罪に該当すると指摘した。
3つ目は、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」のズボンをめぐる問題だ。
袴田さんが法廷でこのズボンを穿く実験をしたところ、小さくて入らなかったことはよく知られている。しかし検察は、ズボンが長期間、味噌タンクで味噌に漬かった後で乾燥したために縮んだと立論し、タグに記された「B」がサイズを示すことをその根拠とした。裁判所も受け入れ、5点の衣類が袴田さんのものだと結論づける拠り所にされた。
しかし、再審請求審で証拠開示された捜査報告書などによって、「B」がサイズではなく「色」を示していることが明らかになった。ズボンはもともと袴田さんには穿けない小さいサイズだったのだ。しかも警察は、5点の衣類が発見された数日後には、ズボンメーカーから「Bは色を示す」と聞いていた。
弁護団は今回の申立てで、ズボンの実況見分調書を作成したH警部補が、タグの「B」の欄の左側の文字が判読できないにもかかわらず、場合によっては捜査情報で実際には「色」を指すと知っていたにもかかわらず、調書に勝手に「型」と記載したと指摘。この行為が有印虚偽公文書作成・同行使罪に該当する、と主張している。
で、これら3つの行為は刑事訴訟法435条7号の「職務に関する罪」であり、再審請求理由に該当する、と強調した。
ところで、再審請求の即時抗告審で、再審理由や新事実の主張を追加できるかどうかについては、否定した判例があるそうだ。刑事裁判の即時抗告審は「事後審」と呼ばれ、1審と同じように自ら事件を一から審理するのではなく、1審の訴訟記録を基に1審決定の妥当性を事後的に審査するものと位置づけられているためだ。
弁護団は、今回の追加申立てのきっかけとなった取調べ録音テープの開示が即時抗告審になってからだったうえ、抗告審での新事実や新主張の追加を法律は禁止していないと主張している。札幌高裁が今年10月、地裁の決定を覆して7号による再審開始を認めたケースがあるそうだ。
東京高裁での袴田事件の審理の現況にも触れておく。
12月27日に裁判所、検察と弁護団による三者協議が開かれ、高裁が委託したDNA鑑定手法の検証実験について進捗状況が報告された。11月の三者協議で「本実験に入った」とされていたのは誤りで、まだその前の段階の予備実験が終わっていないことが明らかになった。弁護団によると、予備実験がどんな段階なのか、いつごろ本実験の結果が出そうかは、高裁から伝えられなかったという。
検察の提案に則り、弁護団の反対を押し切る形で裁判所がDNA検証実験を強行してから間もなく1年になり、西嶋弁護団長は「あまりにも遅すぎる。近々に結論が出ないのなら、検証実験の実施の取り消しを求める」と批判した。
当の袴田さんは、姉の秀子さん(83歳)と浜松市で静かな生活を続けている。午前中から夕方近くまで、日課の散歩を欠かさない。3カ月ほど前から、あくびをするようになったそうだ。秀子さんは「少しずつ緊張がほぐれてきている」とみている。
三者協議後の記者会見で、秀子さんは「40何年待ったのだから、3年や5年、どうということはありません」と気丈に語った。しかし、事件発生から50年を過ぎて袴田さんは80歳になり、いつまでも元気で暮らせるとは限らない。東京高裁の責任は重い。DNA検証実験が早期に収拾するよう積極的に指揮し、今回の「職務犯罪」の申立てにも真摯に対応して、少しでも早く決定を出すように努めるべきだ。
2017年こそは、再審開始~無罪判決に向けて大きな進展があるよう祈念している。

*小石さんの「マガジン9『法浪記』第77回」より転載

袴田巖さんの再審無罪求める2・25全国集会

~警察の職務犯罪こそが冤罪袴田事件の本質だ~

2014年3月27日の静岡地裁再審開始決定により、袴田巖さんが48年ぶりに獄中から生還して間もなく3年。検察の抵抗で未だ再審は始まらず、袴田さんは「確定死刑囚」のままです。この間東京高裁は、弁護団が反対するDNA鑑定の検証実験を強行しましたが、一方2年前に検察が開示した袴田さんの取調べ録音テープで、警察によるトイレにも行かせぬ拷問そのものの取調べ、接見盗聴、偽証などが判明。弁護団は昨年末、新たな再審理由の追加申立を行いました。冤罪袴田事件の本質であるこうした職務犯罪を許さず、1日も早い袴田さんの再審無罪を求めて、皆さまの参加をお願いいたします。
と き 2017年2月25日(土) 13時半開場
ところ 東京・文京区民センター3階A会議室
記念講演 「なぜ検察は『引き返す勇気』を持てないか」
講演者 市川 寛(弁護士、元検察官)
その他、弁護団報告、袴田巖さん、ひで子さんの訴え連帯アピールなど・・・
当面する主な袴田事件の行動予定
≪次回要請行動 1月30日(月)≫
14時00分 東京高裁要請(予定)
15時00分 東京高検要請(予定)
*この日は要請行動のみ
≪次々回要請行動 3月2日(木)≫
12時15分 東京高裁宣伝行動
13時15分 東京高裁要請(予定)
14時00分 東京高検要請(予定)
14時45分 弁護団激励行動
15時00分 弁護団三者協議へ *終了後、司法記者クラブで会見予定

大崎事件

「先達が犯した過ちをただすは司法の責務」

この春までに再審開始の可否判断がなされる見通しの鹿児島・大崎事件。事件の特徴と経過、闘いで得られた成果について、弁護団の鴨志田祐美弁護士の話をまとめました(2016年12月3日『再審に新しい風を』出版記念会での報告より)。
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第3次再審請求審が佳境を迎えています。3日前の11月30日が最終意見書の提出期限で、この1週間ほとんど睡眠を取らずに怒濤の意見書を書き上げました。50ページの中に、事件の経過、現在の到達点、そして再審を開始しなければならない理由まで示したものになったと自負しています。
行列ができるラーメン屋さんの看板メニューに「全部乗せ」というものがあります。大崎事件は「冤罪原因の全部乗せ」であるとも言えます。
この事件は、被害者のご遺体が牛舎の堆肥の中に埋められた状態からスタートします。死体遺棄事件には違いないのですが、証拠から事故死の可能性も濃厚で、果たして殺人だったのか疑問が残っています。けれども、原口アヤ子さんが被害者に保険金をかけていたことを把握した捜査当局が、早い段階で近親者による保険金目的の殺人という誤ったストーリーを作ってしまったため、殺人以外の可能性を示す証拠が収集されていないのです。
また、アヤ子さんは一度も自白せず、否認を貫いていますが、共犯者とされた人たちは、知的障害のある「供述弱者」で、密室の取調べで全員ウソの自白を取られました。
さらに、この自白を支える親族の目撃供述も非常に弱いものでした。「(被害者を)打っ殺してきた」と夫が言うのを聞いたとか、息子が家に帰って「加勢してきた。黙っちょらんや」と言うのを聞いたというだけのもので、現場を見てはいません。非常に不自然な目撃供述が自白を支えています。
それから、当時の法医学鑑定も極めてずさんで、頸椎の前面に縦長の大きな出血があるのに、切開して頸椎骨折の有無を調べていません。結果も「他に著しい所見がないから窒息死か。窒息死とすると、頸椎前面に組織間出血があるから、首周りに外力がかかったことが死因で、他殺ですかね」という程度の鑑定でした。けれども、自白と矛盾しないとして有罪証拠に積まれました。
さらに確定審の時点では、当時の弁護人が、アヤ子さんだけが無実で、他の3人は犯行をしたという見立てで弁護活動をしていました。これも冤罪を生んだ原因の一つで、こうした原因が重なっているのです。
そして第一次再審請求審では、鹿児島地裁の再審開始決定(2002年)が、検察官の即時抗告により福岡高裁宮崎支部で取り消されてしまいました(04年)。さらに第二次再審請求審では、鹿児島地裁の中牟田裁判長が、法医学者や心理学者の鑑定人尋問もせず証拠開示もせず、何もしないまま請求棄却決定を書きました。当時は布川事件、東電OL殺人事件、袴田事件などで、検察が隠した証拠の開示によって再審開始が実現する中、当たった裁判所が悪ければ何もされずに終わる、いわば「再審格差」という問題が生じていたのです。
弁護団が闘う中で、成果を挙げた部分もあります。大崎事件は、物証などの客観証拠が全くない事件です。そこで、供述証拠を叩くために、第二次再審から淑徳大学の大橋靖史教授と青山学院大学の高木光太郎教授による供述心理鑑定を新証拠として出しています。第二次再審の即時抗告審では、再審事件の事実調べとして、日本で初めてこの2人の心理学者の鑑定人尋問がおこなわれました。この鑑定の影響もあって、殺害をしたとされた2人の自白は、それ自体では信用性が高くないと判断されました。これは供述心理の知見が再審の新証拠としてある程度認められたことを意味します。
ところが、自白の信用性は認められないとしながら、親族の目撃供述は信用でき、その供述によって支えられている自白は信用できるという話になり、第二次再審の即時抗告審は結論としては棄却決定でした。
今回の第三次再審では、親族の目撃供述についても供述心理鑑定をおこない新証拠として提出しました。第三次の裁判体は、申立ての初日から「供述心理学者の証人尋問をする」と明言し、15年12月に大橋先生と高木先生の尋問をおこないました。その際に裁判長が、こう疑問を投げかけました。
「この供述鑑定は、検察官調書を主な鑑定資料としているが、検察官調書は有罪立証に必要なところだけを取る傾向がある。鑑定人は『(共謀とされた親族の間の)コミュニケーションに不全がある』と言っているが、それは語っていないのではなく、供述調書に取らなかっただけではないか」
それならばと、検察官調書以外の全ての調書に対象を広げ、親族の供述全てを鑑定して出しました。裁判所は大橋先生と高木先生の2度目の尋問をおこなうことを決めました。供述心理鑑定が再審の中でこれだけ重い意味を持って裁判所に受け止められるということは、大崎事件の大きな成果ですし、それにとどまらず、DNA鑑定ができず、供述証拠しかないような事件がこれから再審を闘っていくにあたり、非常に大きな突破口になっていくと思います。これが大崎事件の闘いの中で得られた成果ではないかと思っています。
審理は最終盤です。司法に携わる私たち皆で先達の誤りを正そうというメッセージとともに、弁護団は最終意見書を提出しました。意見書の最後の一節を読みます。
「――司法に携わるあらゆる者が、この事件では判断を誤り、十分な職責を果たさなかった。そのために冤罪を背負わされることになり被告人とされた4人は刑務所で服役し、夫婦の絆を断ち切られ、ある者は病に倒れ、ある者は自死し、生き残った最後の冤罪被害者・アヤ子も89歳である。弁護人、検察官、裁判所、それぞれの先達が犯した過ちを、当時より格段に進化した科学的知見をもって正すこと、確定審当時には隠されていた証拠すべてを判断資料として再吟味すること、それは同じ司法に携わる私たちに課された責務である。本件の再審請求は、37年にも及ぶアヤ子の雪冤の闘いを終わらせ、再審公判・再審無罪へと導くものとしなければならない――」
アヤ子さんは89歳。存命する再審請求人の中で最高齢です。今再審を勝ちとらなければ、彼女に人生のフィナーレを迎えさせることはできません。
皆さんにお願いがあります。再審開始決定が出されれば、検察官は即時抗告をします。それがいかに正義に反するか、声高に訴えていただき、アヤ子さんの再審開始をここで確定させたいと思っています。

(「救援新聞」1月25日号)


原口さんが生きているうちに、再審開始決定を!
全国から署名を鹿児島県本部に集中してください

1月12日、鹿児島地裁で三者協議が開かれました。これに合わせて、熊本、宮崎、鹿児島県本部から21人が参加して、裁判所で弁護団を激励しました。
三者協議後、弁護団は記者会見を行い、鴨志田弁護団事務局長が、会見で今回の第三次再審で開示されたネガフィルムを弁護団で印画し、 裁判官の前でパワーポイントを使ってプレゼンテーションを行なったことを報告しました。弁護団は、今回開示された重要な写真として、①被害者を側溝・道路から自宅へ軽トラで連れ帰った人の写真が出てきたことで、これまでの関係者の供述にかなり不自然な点が出てきたこと。また、②第二次再審では、親族の女性の目撃供述が決定的なものとして採用されたが、その女性に関する写真が出され、その写真と親族の女性の証言に不自然さが明らかになったこと。さらに③遺体の発見現場の写真では、共犯者とされた男性らの供述と矛盾していることが報告されました。これを踏まえて、弁護団は、「意見書」を今月末までに提出することを明らかにしました。
森弁護団長は、これらの証拠が最後の最後に出てきたことが残念だ、もっとこのような重要な証拠が早くに出ていれば、大崎事件がこんなに長く時間がかかることなく無罪となっていたはずだと検察の証拠隠しを批判しました。

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今回のネガフィルムが開示されたことで、事件発生当時、警察は死体の解剖を鑑定人に依頼する際に、すでに“殺人”と書いて写真が撮られていたことも明らかになりました。つまり、警察は被害者の死亡の原因が明らかになる前から殺人の先入観でもって捜査や遺体解剖を依頼していたのです。
裁判所も弁護団のこの日の説明に興味を示して、念のためにと3月1日に三者協議を入れました。
大崎事件の第3次再審請求審は、大詰めを迎えています。再審開始決定を勝ち取るために全国から署名を鹿児島県本部に集中してください。次回は1月24日に鹿児島地裁への要請行動を行います。全国のみなさん、お力をお貸しください。

堀田孝一(国民救援会宮崎県本部事務局長)

日野町事件

第16回日野町事件裁判所要請&宣伝行動

1月11日、滋賀、大阪、兵庫の各「求める会」は合同で大津地裁刑事部に個人署名1,130筆を提出し、「検察に証拠開示を強く求めて下さい」「阪原さんの無念を晴らして再審を開始して下さい」と要請しました。提出した署名の累計は33,775筆になりました。このあとJR大津駅前に移動し、行動に参加した求める会会員ら24人が横断幕を掲げながらビラ300枚を配布しました。
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各県の弁士がマイクで訴えるなか、「阪原さんは獄死したが遺族が再審請求しています、と声をかけながら配布したところビラの受け取りがよかった(兵庫の会員)」「いつもここで宣伝されてますね、と大津市内の主婦が署名してくれた」などの反応がありました。兵庫から参加した樋口房義さんはアカペラで「父へ」(野田淳子作詞作曲)を熱唱。行動参加者の涙を誘い文化的要素も加わった宣伝行動になりました。
宣伝のあと活動交流を行ない、「現地調査に参加した人が地元に帰り支援組織をつくるようになる」「横断幕や看板はいつでも作るので遠慮しないで」「我々に運動を提起してほしい」など積極的な意見が相次ぎました。そして運動を飛躍させるために関西規模の対策委員会を復活させることを確認し、救援会中央本部副会長の伊賀カズミさんが実務面をフォローすることになりました。

弁護団が新証拠を提出 殺害態様が自白と矛盾

1月11日、33回目の三者協議が大津地裁で行われ、検察は未開示証拠物100点ぐらいの一覧表をつくっていることを明らかにし、1月末をめどに提出すると明言しました。これは弁護団が、送致されているもの、警察に残っているものも含め、一覧表にして明らかにするよう強く求めていたもので裁判所も同様に求めていました。三者協議後の記者会見で弁護団長の伊賀興一弁護士は「これまでに開示された証拠は供述調書など書面が多かったが、証拠物の一覧ができたらぜひ閲覧をし、見定めたい」と意気込みを語りました。同時に、一覧表が開示されたら、警察が収集した証拠のなかで欠落している可能性、また本来収集するべき証拠を収集していない可能性、さらに捜査の段階で隠ぺい・廃棄されて一覧表に出てこないものがないかよくチェックしたいと述べました。次回三者協議(2月21日)では出された一覧表に問題があれば指摘をし、意見書を出すことになると述べました。
会見に同席した弁護団の谷田豊一弁護士は、東京医科大学の吉田謙一教授(大崎事件も鑑定)の遺体鑑定書を裁判所に提出し、圧迫痕の解析、両手首のうっ血の解明(緊縛されていた可能性)、口内の傷などから殺害態様は仰向けで、正面から左手で被害者の口をふさぎ右手をのどにあてて窒息死させているとし、阪原さんの自白の矛盾を明らかにしたと報告しました。阪原さんの自白では、座っている被害者の首を両手で絞めて殺したとなっていますが、解剖の結果舌骨が折れ、食道の後壁に当たって食道に出血痕が見られ、これはかなり力の入る絞め方であり、自白のような方法では力が入らない、と指摘しています。また被害者の手がうっ血しており、これは日焼けではなく抵抗をとめるために緊縛された可能性があり、心臓停止によってうっ血していることを解明しています。阪原さんの自白では両手首をヒモでくくったのは死んでから搬出するときに手がぶらぶらするのでくくったとなっており、うっ血するような状態まで緊縛したという自白はありません。また原審の段階では解剖した医師が、阪原さんの自白では殺せないということを供述していました。裁判では死体検案書しか提出されておらず、鑑定意見書もありませんでした。裁判所も独自の鑑定をすることもなく、解剖記録が出されたのは再審申立後でした。谷田弁護士は、今回の吉田教授の鑑定について、解剖経験が豊富で非常に精度の高い鑑定である、と評価しました。
続いて同弁護団の長尾一司弁護士は、事件当夜に被害者が共同浴場に行っていた可能性があるが営業していたかどうか確たる証拠がないなか、日野町役場に保管されている共同浴場の資料から隔日の営業であることが分かったので、報告書として裁判所に提出した、と報告しました。被害者の事件当夜の行動について、被害者の叔母は「12月28日の夜にお風呂に行っている」と供述し、被害者と酒食をともにしてそのあといっしょにお風呂近くまで同行した知人女性は「12月27日です」と食い違う供述をしていることから、捜査側もお風呂の開場日を調べているはずであり、捜査資料を開示すべきであると述べました。会見に出席した報道陣からの質問は途絶えることがなく、記者を対象にした勉強会を開いてほしい、との要望も出され終了予定時刻をオーバーしました。

国民救援会滋賀県本部 2017.1.13川東記

松橋事件

支援集会に7県、48人が参加!

検察の即時抗告を棄却させ、再審開始を勝ちとろう

熊本・松橋事件の支援を広げようと1月15日、熊本県本部と松橋事件宮田浩喜さんを支える会準備会が支援集会を行い、九州など7県から48人が参加しました。

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集会では、弁護団の萩迫光洋弁護士から事件概要やこの間の三者協議などについて説明がありました。萩迫弁護士は、この事件は、物的証拠は何もなく、あるのは宮田さんの「自白」のみで、その「自白」は捜査機関によって変遷させられているもので、信用性の低いものであると指摘しました。
しかも、遺体の首筋を中心に多数の傷があるが、凶器とされた「小刀」とはどう見ても幅が合わない傷があり、また、「自白」では座っている被害者を多数回刺したことになっているが、被害者の下から攻撃しないとできない傷があること。さらに、「自白」では宮田さんがシャツの切れ端を切り出し小刀に巻き付けて小刀に血が付かないようにし、後で風呂焚きの際に燃やしたとあるが、燃やしてしまったはずのシャツの切れ端が熊本地検に保管されていることなど、宮田さんの「自白」には矛盾が多いことを指摘しました。
また、その「自白」が、警察捜査のなかで矛盾が生じ、警察の描くストーリーが変わるとそれに合わせるように自白が変遷していることから、自白には信用性がないことなどを参加者からの質疑を交えて説明されました。
なお、シャツの切れ端について検察は、三者協議で「当時宮田さんの家には同様の切れ端が多数散乱していたため、他のものと間違えたとしてもおかしくない」などと主張していると説明されました。
集会では、参加した各県の代表者から、警察・検察の捜査への疑問や各地での支援の報告がなされ、高裁所在地の福岡では2月25日に集会を計画していること、鹿児島・大分・長崎の各県からは鹿児島・大崎事件などと合わせた支援強化を進めていることなどの発言がありました。
集会の最後には、即時抗告の棄却と再審開始を求める決議を参加者全員で採択しました。
参加者は集会終了後、現地調査を行い、事件現場や自白による宮田さんの「犯行」前後の足跡をたどり、現場の図面をみながら、自白によれば宮田さんは土足で室内に入ったことになっているにもかかわらず、その足跡が証拠として出されていないことなど疑問が出されました。また、被害者宅内部の血痕からおそらく返り血を多数浴びたと考えられる姿で、あろうことか車や人通りのある警察署の前を通って自宅に戻ったことなど「自白」の矛盾を実感し、宮田さんの無実を確信しました。

岸田 郁(国民救援会中央本部事務局次長)

名張毒ぶどう酒事件

東京・寒風吹く中、奥西勝さんの誕生日宣伝を行う!

名張事件東京の会と国民救援会東京都本部は、奥西勝さんが存命であれば91回目の誕生日にあたる1月14日、JR上野駅前で、9人で宣伝をおこないました。
寒風のなか、横断幕を掲げ、ハンドマイクで訴えながら、ビラを入れたポケットティッシュ1000個を配布しました。訴えでは、「無実を訴え続けた奥西さんは一昨年、八王子医療刑務所で89歳でなくなりました。有罪の証拠とされた鑑定が偽造であることが明らかになり、毒物が違うとの科学的鑑定が出ても、裁判所は人を殺したと自白しているとして、誤った裁判をやり直していません。いま妹の岡美代子さんが再審を求め訴えつづけています。ぜひご支援ください」と呼びかけました。ある女性は、「私にできることはないですか」など声をかけてきてくれました。

愛知守る会、岡美代子さん宅訪問

昨年12月11日、えん罪名張事件・愛知の会事務局メンバーで岡美代子さん宅を訪問しました。
昨年87歳になった岡さんはお元気で、総勢10名で押しかけた(!?)私たちを笑顔で迎えてくれました。ミカンやお菓子などを囲み和やかな雰囲気の中、いつもやさしく喧嘩などしたこともなかった奥西勝さんとの思い出や母タツノさんのこと、事件直後の状況や奥西勝さんとの面会の様子など、いろいろなお話をうかがってきました。各地で開催される集会などでの訴えも、最初は3日前くらいからとても心配で緊張していたのが、だんだん慣れてきたそうです。また、全国から届く手紙やハガキが元気の源になっており、とても感謝されていました。絵手紙でなくても結構です。ぜひ励ましの手紙などを岡さんに送ってください。
別れ際、今年にかける思いとして「今まで以上に助けてやってください。兄はもう死んでいないけど、あの世でいい結果を待っていると思うので、皆さんどうぞ助けてください。本当にお願いします」と心から訴えられました。
〒630-2345
奈良県山辺郡山添村菅生1356 岡美代子 様 宛

事件発生56年、再審開始決定12年

事件支援集中期間 3月28日(火)~4月5日(水)

名古屋高裁刑事第1部(山口裕之裁判長)は、第10次再審の申立から1年以上が経過しても進行協議を行わず、弁護団が提出した新証拠について検察官に対する求意見すらしていません(昨年12月21日現在の鈴木弁護団長の報告)。
愛知の会では、実質的審理に入っていない裁判所を動かし、早期再審開始・無罪を勝ち取るために、「事件発生・56年となる3月28日」から「再審開始決定・12年となる4月5日」までの期間を「事件支援集中期間」と位置づけました。3月28日の大須観音定例街頭宣伝の成功を皮切りに、期間内に救援会愛知県本部の各支部の皆さんと共同して各地で宣伝行動を繰り広げること、4月5日には名古屋高裁前で終日スタンディング行動に取り組むことを決めました。4月5日当日は、昼休み集会とそれに引き続く弁護団報告会&全国支援者交流会(愛知県弁護士会5階ホール)も行います。全国の皆さんのご参加を心から呼びかけます。

田中哲夫(えん罪名張事件・愛知の会事務局長)

布川国賠裁判

検察・警察の傲慢不遜な態度に怒り溢れて

12月24日、日比谷図書文化館小ホールで40人を集めて、9か月ぶりに布川国賠裁判についての報告集会が行われました。
まず、谷萩陽一弁護護団長により、冤罪の国家賠償請求訴訟についての裁判所の判断とその基準がどうなっているのか、時系列的に判例を挙げてわかりやすく解説した講演が行われました。
次に上野格弁護士から、高裁での文書提出命令即時抗告審の攻防についての解説がありました。
地裁で文書提出命令が出た杉山さんのテープについては、送致記録の提出を求めるとともに、再審請求審になって提出された桜井さんの初期供述テープが出された経緯・その記録を追及することで、同様の取り扱いと思われる杉山さんのテープの存在を明らかにしようとしているそうです。
また、ポリグラフ検査用紙については、検察は、これまでずっと窓ガラスが破れて流出と主張していましたが、最後になって、泥にまみれた書類を運び出したという陳述書が提出されました。実際それがポリグラフ検査用紙なのか、本当に根本町倉庫にあったのか、確たる証拠はありません。
最後に話した桜井さんは、国賠での勝利を確信している理由として、県警の偽証を既に裁判で認めていること、杉山テープの文書提出命令が出されたこと、即時抗告審の裁判官の、今でもその送致簿はあるのですかという質問に、検察はあるかどうか答えなかったが、いかに弱腰の裁判所でもこれを許すとは思えないことをあげました。
弁護団の先生からは、不合理な主張を堂々とする検察・警察の態度を改めさせるには、アメリカの州で実例があるように、無罪方向の証拠を隠す検察官を罰するしかないのではないかとの指摘も出て、検察・警察の傲慢不遜な態度、裁判所の甘い姿勢に対して怒りがあふれる集会となりました。
【裁判終盤戦を向かえるにあたって総決起集会のお知らせ】
来る2月5日(日)14:00~16:00、文京区民センター3Cで、布川国賠裁判勝利に向けた総決起集会が行われます。弁護団全員参加で布川国賠のすべてを解説する予定です。ぜひお越しください。

布川国賠支援する会事務局次長 山川清子

痴漢えん罪西武池袋線小林事件

最高裁が、弁護団の特別抗告を検討もせず請求を棄却

痴漢えん罪西武池袋線小林事件に対し、最高裁(池上政幸裁判長)は1月13日、小林卓之さんの無実の訴えを退け、小林さんの特別抗告を棄却する不当決定を出しました。
12月12日に特別抗告を申し立ててから、1ヶ月でした。年末年始が挟まったことからすると、実質2週間程度の検討で棄却したことになります。

抗議の声を最高裁に集中してください。

【抗議先】
〒102-8651東京都千代田区隼町4-2
最高裁判所第一小法廷 池上政幸 裁判長
【激励先】
〒113-0034 東京都文京区湯島2-4-4 平和と労働センター5階
国民救援会東京都本部内
「痴漢えん罪西武池袋線小林事件 小林さんとご家族を支援する会」

「再審の新しい風を」の普及のお願い

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昨年11月7日、青山学院大学において「白鳥決定」40周年記念シンポジウムを行い、研究者、法律実務家、市民など300人の参加で大きく成功させることが出来ました。ご協力をいただいた皆さまに心より感謝申し上げます。
この度、シンポの成果を踏まえて『再審に新しい風を!』を日本評論社から出版しました。本著は、シンポジウムのパネラーの方々が中心に執筆し、冤罪・再審をめぐる状況と問題点、そして冤罪救済のために今後何か必要かを論じています。
ぜひ、再審に新しい風を吹かせ、冤罪事件の解決に向けて本著が一助になればと願っています。
普及にご協力お願いします。
20冊以上は特別価格で1,470円です。
送料は無料です。

今後の主な事件の日程

1月27日 最高裁要請第227次統一要請行動、新春のつどい
朝宣伝8時15分、刑事要請10時、民事・労働要請11時
新春のつどい(平和と労働センター3階 13時から)
1月25日 大崎事件鹿児島地裁要請行動(鹿児島地裁14時~)
1月30日 袴田事件要請行動(14時=東京高裁、15時=東京高検)
2月 5日 布川事件国賠裁判決起集会(14時から東京・文京区民センター3C)
2月15日 名張毒ぶどう酒事件 名古屋高裁13時30分、高検要請15時
2月16日 北陵クリニック・筋弛緩冤罪事件要請行動(仙台高裁13時から)
2月25日 袴田事件全国集会(東京・文京区区民センター3A会議室 13時から)
3月 1日 大崎事件三者協議(鹿児島地裁)
3月 2日 袴田事件三者協議(15時東京高裁、12時から高裁前宣伝後、要請行動)
3月25日 北陵クリニック・筋弛緩冤罪事件・全国支援集会
(仙台市・エル・パーク仙台14時から、参加費500円)
3月28日 名張毒ぶどう酒事件・事件発生56年行動
(12時 大須観音宣伝、要請行動13時45分 名古屋高裁ロビー集合)
4月 5日 名張毒ぶどう酒事件・再審開始決定12年行動
9時から名古屋高裁スタンディング
12時から名古屋高裁前宣伝
13時15分から報告集会・弁護士会館にて)
発行 日本評論社
定価 1470円

賛助会費、年末募金のお礼

下記の方々から会費と貴重な募金が寄せられましたありがとうございました。
振り込みをされた方で、事務手続などで報告が漏れていましたらお詫び申し上げます。
≪ご協力をいただいた方≫ *敬称略
石井進、小田中聰樹、清水信之、谷村正太郎、瑞慶覧淳、前川彰司、国民救援会岡山県本部
(2017年1月18日現在)

* 昨年12月の「再審・えん罪事件全国連絡会第24回総会決定」等はホームページに掲載しています。ご参照ください。
* 各地の事件の取り組みや日程を事務局まで通信をお寄せください。zuke@kyuenkai.org
* 次号「ニュース」は、2017年3月下旬頃に発行する予定です。

再審・えん罪事件全国連絡会とは・・・

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1973年4月、えん罪で苦しむ人々を救うことを目的として、作家松本清張氏、佐野洋氏、評論家の青地晨氏、刑事法学者の小田中聰樹、弁護士の竹澤哲夫等の呼びかけで結成されました。
以来、「無実の人は無罪に!」をスローガンに、えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動などを進めています。

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