えん罪事件の真相を広め、裁判支援、在獄者の処遇改善運動をすすめています

No.87再審えん罪事件全国連絡会ニュース

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2018年 1月24日発行 No.87

庭山英雄先生の初心と新年の誓い

新倉 修(代表委員・青山学院大学名誉教授・弁護士)

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明けましておめでとうございます。
昨年は、大崎事件での再審開始決定があり、名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求への棄却決定があり、湖東病院人工呼吸器事件での再審開始決定がありました。また、NHK総合テレビでは東住吉事件の当事者である青木惠子さんを取材したNHKスペシャル「時間が止まった私 冤罪が奪った7352日」というドキュメンタリーが放映されました(2017年12月18日午後10時(50分)。オンデマンドでも視聴できます)。
こう見てくると、まず名張毒ぶどう酒事件に対する名古屋高裁の対応に如実に見られるように、再審の手続が裁判官の裁量に委ねられていて、誤判の発見と是正に対する真剣な対応が制度として確立していないという問題点があることがわかります。日本の刑事訴訟法は、明治以来、いわば「無謬」幻想を前提としていると言わざるを得ません。
アメリカの刑事裁判が、「荒っぽい」と傍聴した日本の裁判官に批判されつつも、誤判を防止するために、莫大な予算を充てて国選弁護人の保障を充実させ、これが再審請求事件でも貫かれていることは、人命に関わる刑事裁判こそが、人権に対する「荒んだ」感覚とはほど遠いものとして意識され、改良されてきたからに外なりません。また、アメリカの法哲学者のバーニー・サンデルが説くように、正義=司法の問題は「お金では買えない」かけがえのないものであるという謙虚な姿勢が貫かれることも、重要です。青木惠子さんの20年という「止まった時間」は、お金で償える類いのものではありません。東電「OL」事件で日本の司法に翻弄されたゴビンダ・プラサド・マイナリさんにも、同じ経験があるそうです。親子でありながら、不当な理由で長い年月引き離されて生活すると、親密な親子関係がつくりにくくなってしまいます。
このように、冤罪は人間関係を破壊し、生き生きとした個性的な人生を過ごすことができた時間を奪います。このような故のない身体の拘束や自由のはく奪は、本来、許されるはずもないことです。だからこそ、逆に、司法の「無謬性」の神話に安住しようとする人たちは、丁寧な事実の再調査や再審理を嫌忌し、「疑わしいときは、被告人の有利に」という刑事手続きの鉄則も、素直に認めたがらないのではないでしょうか。
冤罪の温床は「代用監獄」にあるとして、庭山英雄先生が五十嵐二葉先生と国際刑法学会ハンブルク会議で、決議の中に「司法官憲のもとに出頭後においては、被疑者は捜査官憲の拘束下に戻されてはならず、通常の刑務職員の拘束下に置かれなければならない」という文章を入れさせることができたのは1979年でした。すでに国際法曹委員会は、1959年にデリー宣言の中で「司法官憲の面前への引致の後のいかなる拘禁も警察の手に委ねられてはならない」と明確に問題を封じる方策を提案していますから、問題の所在は早くから国際的なレベルで共有されていたわけです。とはいえ、日本の悪弊は、便利さにかまけて改善を怠り、取調べ中心の捜査を脱却せず、言い訳を弄している点にあります。その後も、日本政府に対しては、自由権規約(市民的および政治的権利に関する国際規約)や拷問禁止条約の履行状況を審査する委員会から繰り返し「代用監獄」の問題を改善するように勧告が発せられています。日本政府はこれらについても、人権条約履行監視にかかわる委員会の最終所見ないしは総括所見は、法的拘束力はないという閣議決定を行っています。
冤罪の発生の防止と無辜の救済は、車の両輪です。このことを十分意識したうえで当番弁護士や公設弁護人などの研究に取り組み、刑事弁護権の拡張に大いに貢献した庭山英雄先生の初心は、まさに冤罪の温床を根絶する点にあったことを考えると、冤罪の温床や再審の壁にあふれた日本で2020年の第32回オリンピック・パラリンピックや第14回国連犯罪防止刑事司法会議を開催することに、ためらいを覚えるのは、私だけでしょうか。むしろ庭山先生の初心を貫徹するために、私たちは改めて再審冤罪の現状を訴えて、一日も早く改革に着手するように心がけなければならないはずです。
今年の3月には袴田事件について東京高裁の決定がなされる予定です。
*庭山英雄先生は、1993年から2014年まで、当連絡会の代表委員として、長く冤罪犠牲者の救援のために尽力されました。昨年12月に「偲ぶ会」が東京で開催されました。

 滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件 

大阪高裁で再審開始決定を勝ちとる!

伊 藤 正 一(湖東記念病院人工呼吸器事件西山美香さんを支える会)
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2017年12月20日、午後2時過ぎ、「再審開始決定」の文字が目に入った瞬間、涙があふれ出た。美香さん、ご両親、支援者の人たち、そして知り合いの記者たちと喜びの握手。待ち望んでいた日が来た。大阪の空は青空。冬の太陽の日差しが温かい。
予測はしていたが、25日、大阪高検は最高裁に即時抗告を行った。20代中ごろから30代の中ごろまで、人生の最も輝き充実する時期に、理不尽な仕打ちによって、自由を奪われ、人間としての尊厳を奪われた美香さんの苦しみ、無念さを思うと怒りがおさまらない。
2013年2月、美香さんの中学時代の教師数人で「西山美香さんを支える会」を立ち上げた。しかし、2004年7月に美香さんが殺人容疑で逮捕されたということは新聞報道などで知っていたが、それ以後、嘘の「自白」によって懲役12年の刑を科せられ、和歌山刑務所に収監されていたこと、無実を訴え再審請求をしていたこと、この第1次再審請求は、たった1年で却下されたことなど、私たちは何も知らなかった。この間、美香さんやご両親は、どこからの支援を受けることなく孤独なたたかいをしてこられたことになる。国民救援会に支援をお願いされたが、支援を得ることは出来なかったとのこと。
2012年9月に、第二次再審請求が行われ、あくる年の1月、ある機会に初めて、美香さんがどんな状態におかれているのかを知った。2月に支える会を立ち上げてまず行ったことは、この事件はどういう事件だったのか。なぜ美香さんは犯罪者とされてしまったのか。何度も学習会を持ち、その真相を知ることでした。
その後、美香さんが中学校に在籍していたころの教師や滋賀県下の退職した教師、美香さんの同級生や救援会の会員の人たちに署名を集めていただくことや集会・報告会などに参加していただくことなどを訴えたり、駅頭やスーパーの前、各地で行われる集会や催しで署名活動や宣伝活動を行ってきました。和歌山刑務所にも何度か美香さんとの面会を求めて行きましたが、面会は一度もかないませんでした。私たちの中にある西山美香さんは中学時代の美香さんでした。大人になった30歳代の美香さんを想像することはできませんでした。
支える会が中心になった活動(運動の広がり)に限界を感じていたころ、2015年1月、日本国民救援会の支援を正式に得ることができました。これを機に運動の輪は大きく広がり、近畿はもちろん全国から多くの方々の励ましや支援をいただくことができました。国民救援会の持っている底力をひしひしと感じています。
昨年の8月24日、美香さんは満期出所をしました。和歌山の救援会の皆さんに準備していただいた会場で美香さんと20数年ぶりに会い、想像すらできなかった様相やしっかりとした言動に感動しました。
出所後、美香さんは精力的に活動をしてきました。署名活動、高裁への要請活動、集会への参加、他の冤罪被害者への支援の活動など。彼女のそういった動きは、彼女と接した方々に力と希望を与えています。
今、彼女は、支援者の方々とどう向き合っていけばいいのか大いに悩んでいます。支援していただいた方々に深い感謝の気持ちを持っていて、皆さんの要望に応えようと必死で頑張っています。でもそのことが時には彼女の重荷になることもあります。
そんな彼女の悩みにもしっかり向き合って、支援者の思いだけで運動を進めるのではなく、彼女の気持ちを大切にしながら、再審無罪を勝ち取るためにがんばる決意です。

〈滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件とは〉
2003年5月、湖東記念病院で患者が死亡。看護助手の西山さんが執拗な取調べで、「人工呼吸器のチューブを外して殺害した」という自白を強要され、逮捕、起訴。懲役12年が確定。第2次再審請求審では患者の死因が最大の争点となり、弁護団は確定判決のいう「急性低酸素状態」ではなく、致死性不整脈(つまり病死)であると主張している。

滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件 西山美香さんに聞く

*「救援新聞」1月5日号から転載

滋賀・湖東記念病院人工呼吸器事件の第2次再審請求審は審理が終結し、再審の可否の決定は12月20日に出されます(記事は昨年12月19日時点)。昨年8月に刑期満了で出所した西山美香さん(37歳)を訪ねました。

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―12年間の獄中での生活大変でしたね。
■西山 そうですね。でも、2013年に中学校の恩師の先生方が「支える会」をつくってくださったことと、15年に国民救援会が支援決定してくれたことが、ものすごく励みになりました。
それまで、「なんで無実の罪で刑務所にいなくてはならないのか」と悩んで、苦しんでいました。自暴自棄になって、「ここから出せー」と叫んで、ドアを蹴(け)とばして、懲罰を受けたり、もう本当に荒れてました。

収監されていた和歌山刑務所で東住吉冤罪事件の青木惠子さんから、「刑務所は刑を務めるところだから、今はここで真面目にやるしかないよ」、「国民救援会の支援を受けているんだから、きちんとした行動をとらないといけないよ」と声をかけられ、それから変わりました。「救援新聞」に「獄中の冤罪犠牲者へ年賀状を」という呼びかけが載ってから、全国からたくさん年賀状をいただきました。
「くじけずに頑張ってください」「応援しています」などと書かれている言葉に励まされるし、外の様子を教えてくれるのがうれしかったです。
ウソの自白に苦しめられる
―裁判では西山さんのウソの自白が証拠として有罪となりました。
■西山 厳しい取調べから逃れたいのと、話をいっぱい聞いてくれた刑事を信用して好意を持つようになってしまって、ウソの自白をしてしまったんです。こんな大きなことになると思わなくて、後先考えずにしゃべってしまいましたが、面会のたびに父とは事件のことで口論となり、辛かったです。刑事から「認めれば執行猶予が付いてすぐに出られる」と言われて、信じてしまったんです。
―出所してから、はじめて宣伝などに参加したそうですね。
■西山 9月に初めて、事件の宣伝行動をしました。大阪までたんぽぽの会(関西冤罪事件連絡会)の例会に参加し、他の冤罪当事者の方と交流したり、地元でも歓迎会を開いてもらい、その後地元でも数回宣伝しています。大勢の人の前で話すのは、とても緊張しましたが、いつも支える会の伊藤先生がいてくれたので、安心して参加できます。
―救援会員へのメッセージをお願いします。
■西山 自由っていいですね。自由があるのはすごくうれしい。お風呂も好きな時にゆっくり入れるし。でも、まだ無罪と決まっていないので、本当の自由ではないと思います。
両親のために、自分のこれからの人生のために、再審無罪判決が欲しいです。もし、棄却されたとしても、支えてくれる人がいるので、無罪をめざしてすすんでいきます。これからも、ご支援よろしくお願いします。
〈激励先〉 〒521-0013  米原市梅が原870番地 伊藤正一様方 西山美香さんを支える会

 静岡・袴田事件 

検察の抗告理由は破綻し、再審開始決定の正当性が鮮明に

弁護団が最終意見書を提出

袴田事件の即時抗告審で、1月19日、弁護団、検察から最終意見書が東京高裁第8刑事部(大島隆明裁判長)に提出されました。双方の再反論は2月2日までとされ、いよいよ即時抗告審も結審し、年度内にも決定が出されるという重要局面を迎えました。

〈原決定のDNA鑑定の判断の正しさが証明された〉

静岡地裁の再審開始決定の理由の一つとなったのは、事件から1年2か月後に味噌タンクから発見された5点の衣類の血痕について、袴田さんのものでも被害者のものでもないとした、弁護側推薦の本田克也筑波大学教授が行った鑑定です。ところが即時抗告審で検察は、本田鑑定の血液由来のDNAを抽出するという「選択的抽出法」は再現性がないと、執拗に攻撃を行ってきました。
東京高裁は、弁護側の強い反対にも拘らず、本田教授の選択的抽出法の有効性に関する検証実験を決定し、検察側推薦の鈴木廣一大阪医大教授に鑑定を委嘱しました。
鈴木教授は、昨年6月に本田鑑定に批判的な最終的鑑定書を提出しました。そして、昨年9月には鈴木教授と本田教授の鑑定人尋問が行われました。結果は、鈴木教授の鑑定は、裁判所の具体的指示に反し、本田鑑定の方法とは器材も用具も溶液の量も異なっており、しかも裁判所が求めた本田鑑定の検証実験の体をなしていなかったことが明らかになりました。
一方、弁護団は、弁護人の一人と学生が本田鑑定の手技どおりに追試してDNAを検出できたことをビデオで録画してわかりやすく目に見える形で証明しました。これに対して、鈴木鑑定人が本田教授の方法ではDNAは検出できなかったことを法廷であれこれ答弁しましたが、科学的で説得力ある説明はありませんでした。
西嶋弁護団長は会見で、「検察側の主張は完全に破たんし、原決定の正しさは揺るぎないものであり、検察の即時抗告は棄却すべき」と力説しました。そして、「弁護団が強く反対した検証実験に費やした2年間は無意味であった」と、検察、裁判所の責任を厳しく批判しました。
西嶋団長は、弁護団の最終意見書のなかで下記の点を会見で強調しました。

〈検察の味噌漬実験が皮肉にも開始決定を補強〉

原決定は、味噌タンクに1年2か月も漬かったとされている5点の衣類の「色」が、白半袖シャツの色は全体的に白く、血痕が赤みがかっていることは「常識的に見ても」不自然と捜査機関を断罪しました。
弁護団は、この5点の衣類の「色問題」について、新たに花田智・首都大学教授(環境生物学)の意見書で、味噌に触れた血痕が黒色化する原理について科学的に解説した意見書を提出しました。
また、皮肉にも検察が即時抗告審で密かにおこなった味噌漬け実験結果も、白色の半袖シャツは茶色に染まり、血痕部分は真っ黒になっています。これは、再審開始決定の「血液が付着した後1年以上もの間1号タンクの中に隠匿されていたにしては不自然」との判断が正当であり、それを補強する結果となりました。
結局、「5点の衣類」は発見から遠くない時期に投入されたとしか考えられず、原決定が指摘したように捜査機関によるねつ造の可能性を疑った原決定に誤りはないことが、いっそう明確になったことを強調しました。

〈証拠開示で証拠の捏造がいっそう明らかに〉

また、原決定が厳しく指摘した捜査機関の証拠のねつ造問題については、「捜査機関がそのような首尾一貫しない、ねつ造を行ったとするのは不自然」などというだけで、説得力のある反論が全くできず、開き直りともいうべき内容にとどまっていることを指摘し、全く違法で杜撰な捜査を反省しない検察の態度を厳しく批判しました。
そのほか、即時抗告審でも弁護団の粘り強い証拠開示請求のなかで、新たに重要な証拠が開示されました。例えば、確定死刑判決が袴田さんの自白の信用性を認める状況証拠の一つとして、被害者の専務と格闘して出来たとされていた右足の脛の傷が、新たに開示された捜査資料によれば、袴田さんが逮捕当時には右足の脛には傷がなかったことがわかりました。つまり、この傷は逮捕後に出来た傷であることが明らかになりました。さらに、これまで弁護団が何度も証拠開示請求しても存在しないと回答していた「取り調べ録音テープ」が、たまたま清水警察署で見つかったとして開示されました。弁護団がこの録音テープを解析したところ、取り調べ室に便器まで持ち込んで自白強要した非人道的な取り調べの実態、さらには袴田さんと弁護人との接見を違法に盗聴していたことや原審の公判で捜査官らが偽証していたことが明らかになりました。これらの点については、弁護団は再審理由の追加の申し立てを行っています。この点について、東京高裁がどう判断するか注目されます。
袴田秀子さんは、「やっとここまで来ました。再審開始決定がでることを確信している」と述べました。

〈即時抗告を棄却させるために支援の強化を〉

この日、袴田巌さんの再審無罪を求める実行委員会は、東京高裁前で宣伝行動と東京高裁と東京高検に要請行動を行いました。裁判所の要請では、全国から寄せられた署名2,304名分(累計で約23万名)を提出しました。
2月24日(土)には、東京のYMCAホールで再審確定をめざす全国集会が開催されます。全国からの支援の集中をお願いします。

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1月22日、大雪の中、日本プロボクシング協会袴田巖支援委員会が行った最終ラウンド支援アピール行動に、元世界チャンピオンの輪島功一さんをはじめ現役の世界チャンピオン、日本チャンピオンらを先頭に60名を超す参加者で、東京高裁に「袴田さんの悲痛の叫びに真摯に受け止め、一日も早い検察の即時抗告を棄却するように」と要請を行いました。 (*上記の写真は要請に入るボクシング関係者)

 鹿児島・大崎事件 

南九州市で初の大崎事件集会に71名が参加

検察の即時抗告を棄却させ、一日も早い再審無罪を!

野元 幸一(国民救援会鹿児島県本部事務局長)

大崎事件の第3次再審は、昨年6月28日の再審開始決定に検察側がこれを不服として即時抗告し、その後の即時抗告審を経て、昨年12月15日で弁護人・検察官双方の書面提出が締め切られ、現在、裁判所の決定を待つ状況となっていますが、昨年暮れから南九州市の国民救援会の会員を中心に準備をすすめ、年明けには実行委員会を発足させ、大崎事件が起きた大隅半島に比べれば薩摩半島地域の関心がどうしても低く、「自信はないが、大崎事件のことは第1次再審請求の時から支援しており、原口さんには早く無罪になってほしい」とチラシの折り込み、宣伝活動を実施し集会を迎えました。南九州市は、ご承知のとおり、先の大戦で日本軍の玉砕戦術として有名な知覧特攻基地があった地であり、現在も「特攻平和会館」があり、いまも全国から戦争の惨禍を2度と繰り返したくないと多くの人が訪れる観光地でもあります。
集会は、現地実行委員会代表(内園知恵子さん)の開会あいさつで始まり、前半は弁護団の森雅美団長が「第3次再審開始決定の喜びは検察の即時抗告で消えたように思えるが、決定の内容は決して覆らないと確信している」と挨拶しました。
続いて、弁護団報告を鴨志田祐美事務局長が「2度目の再審開始決定の意義と即時抗告審の展望」と題して、パワーポイントでわかり易く約50分にわたり事件の概要と現状を報告しました。
その上で、即時抗告審では原口アヤ子さんの存命中に再審無罪判決を獲得することを最優先に考えて臨んだことが報告されました。
即時抗告審は昨年12月15日で事実上審理は終了し、裁判所の判断を待つだけとなっているが早ければ、2月中遅くとも年度内にも検察の即時抗告を棄却する決定を確信していると、弁護団報告を結びました。
集会では、事件関係者として、志布志事件・踏み字事件の川畑幸夫さんから連帯のあいさつがありました。また、アヤ子さんの長女西京子さんをはじめ、同じ冤罪犠牲者として東住吉事件の青木惠子さんほか6名からメッセージが寄せられ、それぞれ代読されました。
集会の後半は、朗読・構成劇「夜明けは近い」を再審をめざす会と地元有志のみなさんで上演し、参加者からは「原口さんの心の内がわかり涙した、再審は認められるべきだ」との感想が多数聞かれました。
最後に、再審をめざす会の稲留光晴事務局長から即時抗告審の最終盤の支援活動について訴えがあり、福岡高裁宮崎支部あてに「即時抗告棄却を求める集会決議」を採択しました。
集会は、福岡・熊本・宮崎から12名の参加者を含め71名が参加し、成功しました。

 宮城・北陵クリニック筋弛緩剤冤罪事件 

第32回仙台高裁要請に 6県21名参加

一日も早い、再審開始決定を!

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第32回目の要請行動が1月17日に行われ、6県から21名が参加、仙台高裁の裁判官に守大助さんの一日も早い再審開始決定と無罪を訴えました。
この日提出した署名は2,617名分、仙台高裁への提出累計は96,610名となりました。高裁提出分10万筆まであと3,390筆です。2月4日の集会の成功と同時に5日の要請行動までに達成できるようご協力お願いします。参加者は、「裁判所は証人尋問などの事実取調べ、証拠開示等をおこない、真実に真摯に向き合い公正な決定を」と訴え要請しました。
はじめに、宮城の会会長の鹿又輝男さんが署名と広島東部支部の大会決議を提出し、各県の参加者から、「大切な時間を、身に覚えのない事件の犯罪者としておくらせることは、何としても終わらせなければならない。袴田、東住吉、松橋などの再審決定には、法と良心に基づき裁判官が勇気を持って正義の決断をしたものと喜んでいる。法の正義に基づいて司法の良心を発揮してほしい」と、それぞれが意見を述べ要請しました。
〈今後の裁判所要請〉
2月5日(月) 9時30分 仙台高裁ロビー集合、10時から要請します。
2月5日には高裁署名数10万名を達成し、裁判所要請後、記者会見を開く予定です。先日累計20万署名でたくさんの署名を寄せていただきましたが、もう一踏ん張り、一人でも多くの方に訴え、署名を集め、全国連絡会事務局(国民救援会宮城県本部)までお送りください。
なお 3月は7日(水)13時集合13時30分から要請の予定です。

参考資料 米国・ペンシルベニア州

ムミア氏の再審に差し込んだ、新しい光

再審請求を棄却した州裁判所の判決は、違憲------合衆国最高裁が示した新判例。

今井恭平・ジャーナリスト

 今度こそ実を結ぶか?37年に及ぶ、無実の叫び

米国ペンシルベニア州の厳重刑務所で、仮釈放なしの終身刑に服している黒人ジャーナリスト、ムミア・アブ=ジャマール氏の再審請求に、大きな動きが出ている。
一昨年(2016)6月、アメリカ合衆国最高裁が示した新たな判例(ウイリアムズ対ペンシルベニア州)に照らすと、ムミア氏の再審請求★1をことごとく棄却してきたペンシルベニア州最高裁の判決のすべてが、無効となる可能性が出てきた。これらが無効とされれば、ムミア氏はあらためて審理の全面的な再開を請求でき、いったん閉ざされた再審の扉が、再び開く希望が生まれている。
★註1:正確にはPost Conviction Relief Act (PCRA)=有罪確定後の一連の救済請求訴訟。日本と法制度が異なるが、裁判のやり直しを求めている点では同様なので、以下「再審」と表記する。
ムミア氏は、1981年12月に、米国東部ペンシルベニア州最大の都市フィラデルフィアでおきた白人警察官射殺事件で犯人とされ、有罪=死刑判決が確定した。逮捕時から37年間、一貫して無実を訴えてきた声は、ことごとく圧殺され、再審請求は巨大な壁に阻まれていた。
今回の新たな事態は、2001年12月、連邦地裁ウィリアム・ヤーン判事が死刑判決を取り消し、終身刑に減刑★2して以来、およそ15年ぶりの大きな動きといえる。
★註2:終身刑への減刑は、事実認定とは無関係で、量刑決定段階で、死刑の適用に関して、裁判官が陪審員に正しい法律適用のための説示を怠ったため。

 同一人物が検察官、裁判官として同一事案にかかわることは、違憲

再審請求に新しい光を当てることとなったこの「ウイリアムズ対ペンシルベニア州判決」とは、どのようなものだろうか。
1984年、ウイリアムズ氏なる人物が、殺人罪で死刑判決を受けた。このときのフィラデルフィア地方検察官(DA)は、ロナルド・キャスティル氏という。その後、ウイリアムズ氏は、州と連邦の各級裁判所に、上訴や再審請求をくり返した。2012年には、検察官による共犯者への偽証の強要、無罪証拠の隠蔽などを理由に、再審を求めた。
提訴を受けた裁判所は、ウイリアムズ氏への死刑執行を延期した。州政府は、これを不服として、州最高裁に死刑執行延期の取り消しを求めて提訴。そのときの州最高裁長官が、キャスティル氏だった。つまり第一審の際にフィラデルフィア地方検察庁のトップだった氏は、その後順調に出世をつづけ、州最高裁のトップとなっていたのである。法曹一元である米国では、こうした事例は珍しくはないようである。
ウイリアムズ氏は、検察官であったキャスティル氏が再審に関わるべきではないとして、裁判官忌避を申し立てた。だがキャスティル氏は何らの釈明すらしないまま、忌避請求も再審請求も棄却、再度の死刑判決に最高裁判事として参画した。
2016年6月、合衆国最高裁は、この事案のように、検察官として関わった事件に、同一人物が再度裁判官として関わることは、あきらかに公正さを欠き、利益相反となり、公正手続き(デュープロセス)違反にあたるとして、合衆国憲法修正14条等に抵触するという新たな判例を示した。

 キャスティル氏は、ムミア裁判でも検察官と最高裁判事を務めた

キャスティル氏の経歴をふり返ると、1971年に地方検事補(アシスタントDA)として任官し、ムミア裁判の第一審(トライアル)が行われた1982年には上級地方検事補(シニア・アシスタントDA)であったことが分かる。1985年に地方検察官(DA)に選出され(DAは選挙で選ばれる)、その後1993年に州最高裁判事に(これも選挙で)選出されている。
つまりムミアの、州における第一審と直接の上訴審の全期間は検察官として、また1995年から2008年までの再審の全過程においては、州最高裁判事であったことになる。
ウイリアムズ氏の事案で、キャスティル氏の関与が違憲であるなら、ムミア氏のケースにもそっくり当てはまる。
実はムミア氏は、検察官であったキャスティル氏が裁判官として再審に参画することは違法であるとして、すでに1996年と2002年の2度にわたって彼の忌避を申し立てている。一昨年のウイリアムズ新判例によって、はじめてこの露骨な利益相反が問題として俎上に上がった訳ではないのだ。しかし、ムミア氏の忌避請求はいずれも却下されてしまった。
遅きに失したとはいえ、ウイリアムズ新判例により、これまでの再審請求審における露骨なバイアスをいったん無効と宣告し、まったく省みられなかった本来の争点、論点を再度公開の法廷で審理する機会が開かれるとしたら、大きな前進であることは間違いない。

 個人として、いかに緊密に関わったか

しかし、直ちにこれまでの再審棄却判決が無効となり、1995年の最初の再審のように、公開法廷で証人尋問や証拠調べ、弁論が行われるのかといえば、そうではない。検察がいま、必死で判決無効を回避するために固執しているのが、ウイリアムズ新判例の中の次の文言である。
「裁判官が、同一事件で検察官として、顕著な個人的関与(significant, personalinvolvement)」をしていた場合という表現だ。たんに裁判官が、かつて検察官であったというだけでは足りず、ムミア裁判においてキャスティル氏が、検察トップとしてどのように具体的に部下(公判検事)に指示を出していたのか、検察の法廷戦術策定にどのように関与していたのか、などが明らかにされる必要があるという。
ムミア氏は、ウイリアムズ新判例をうけて、ただちに検察に対し、ムミア裁判に対するキャスティル氏の関与を示すドキュメント類の開示を請求した。この問題を担当している州裁判官も、開示命令を下している。だが検察は、これまで開示を意図的に遅らせ、あるいはあまり意味の無い些末な資料だけを出してごまかすなど、サボタージュをくり返し、またキャスティル氏の関与を、否定ないし矮小化する発言に終始している。
今年1月17日、口頭弁論が開かれ、検察が関連資料の開示を行う予定であったが、このときの詳細は、まだ伝わってこない。

 人種差別にもとづく、検察の訴訟戦術

黒人による、白人警官の殺害という人種的・政治的にセンシティブな背景、ムミア氏が元ブラックパンサー党の著名な活動家であったこと、汚職がはびこっていた当時のフィラデルフィア市政に批判的な報道をくり返していた先鋭なジャーナリストが容疑者であることなど、当時もっとも注目されたムミア裁判において、地方検察庁のトップであったキャスティル氏が直接関与していないとは考えられない。ことにこれまでの再審過程で大きく取りあげられてきたのは、陪審員選定における検察の意図的人種差別への関与である。
再審請求過程で暴かれたもののひとつで見逃すことのできないものが、キャスティル氏がフィラデルフィア検察トップのDAであった時期に作成された、検察官補やインターン用の驚くべき「教育ビデオ」である。直接のビデオ制作担当者の名前をとって「マクマホン・ビデオ」と呼ばれるこの代物は、陪審員からいかに黒人を排除するか、またそれを人種差別だと言われないように隠蔽しながら行うか、というノウハウを教えたものである。人種を理由として陪審員を排除してはならない、という合衆国最高裁のバトソン対ケンタッキー州判決が出たことに対応し、その裏をかこうというものなのである。
ムミア裁判の第一審裁判官は、人種差別発言や差別的判決で「名高い」アルバート・セイボ判事だったが、検察もまたこうした意図的差別にもとづく訴訟戦術を駆使していたのであり、その責任者がキャスティル氏であったことは隠しようのない事実である。

 ムミアに、一日も早く自由を!

そもそもムミア氏の冤罪事件はどのようなものなのか。
1981年12月8日早朝、フィラデルフィアの中心街でひとりの白人警官が銃で撃たれて死亡した。偶然現場に行き会わせてしまったムミア氏は、自身も何者かに撃たれ、瀕死の重傷をおっている。現場にかけつけた警官隊は、自分自身の血だまりの中に倒れているムミア氏を、最初から犯人と決め込んで暴行を加えた。人種差別的暴力をくり返し、汚職がはびこっていた当時のフィラデルフィア警察による当初からの黒人への偏見が背景にあることは、先にふれた陪審員選定過程での人種差別などとあわせて間違いない。
彼が銃を撃ったといわれながら、衣服からは硝煙反応などが検出されていない。弾道学的検証からも、ムミア氏が拳銃を発射したとは考えられない。現場から逃走する2人組を見た、という複数の目撃証人が、裁判に召喚されなかったり、証言を撤回させられている。運び込まれた病院で、ムミアが「俺がやった」と叫んだとされる、警官や病院スタッフの明らかな偽証などなど。詳しくふれる紙面はないが、事件の概要などについて、より詳細な情報は「ムミアの死刑執行停止を求める市民の会」のHP( http://www.jca.apc.org/mumia/ ) 【検索/ムミアの死刑執行停止】をみていただきたい。情報更新は2011年12月の、終身刑確定までで終わっているが、事件そのものの概要や、冤罪を示す証拠、裁判、支援の経緯などはここを見ていただくと分かる。
現在、裁判の行方と同じくらいに支援者が心を痛めているのが、ムミア氏の健康状態の悪化である。37年にも及ぶ拘禁生活(そのうち30年近くは死刑囚として独房に拘禁)のせいで、何度か生命の危険にさえさらされながら、十分で適正な医療とはほど遠い環境におかれている。数年前からC型肝炎とそれによる肝硬変が進行しているといわれ、支援者は外部の医師の適切な診断と治療を求めているが、刑務所当局はいまだにそれに応えようとしていない。
さる1月17日、法廷が開かれ、ムミア氏本人が出廷した、とツイッター情報が流れてきたが、それ以上の詳しい状況が伝わってこないことも、彼の健康状態とあわせて気がかりなところである。
2月26日には裁判所の命令により、検察がキャスティル氏のムミア裁判関与の詳細について報告書を提出し、3月27日にはふたたび口頭弁論が開かれる予定だという。こうした一連の過程で、ムミア氏本人が数十年ぶりに法廷など公開の場に姿を現す可能性もあるようだ。一日も早く虚偽と欺瞞に満ちた有罪判決が破棄され、彼が家族と支援者のもとへ、反骨のジャーナリストの本来いるべき自由な場所へ戻ってくることを願いたい。

資料 袴田事件(即時抗告審)

弁護人最終意見書(要旨)

2018.1.19
袴田事件弁護団

第1 緒論

検察官の即時抗告は証拠と論理を無視したものである。
原決定は、有罪判決の中核をなす5点の衣類につき、付着する血痕のDNA鑑定と発見時の色に関する新証拠により、緻密で説得力ある判断をし、捜査機関によるねつ造を疑わせると明言した。そして、確定1・2審判決の問題点①~⑥を指摘し、上記新証拠と旧証拠を総合評価して、袴田が真犯人であることを認めるに足る証拠はない、として再審開始を宣明したのである。
これに対し検察官は即時抗告申立書及び同理由補充書において、5点の衣類についての本田鑑定(選択的抽出法により袴田とは異なるDNAの検出)を、出されているチャートは実際のものとは異なる疑いがあるとか、あげくは本田氏自身のDNAを検出しているとか、口をきわめて根拠のない攻撃をくり返した。弁護側の味噌による衣類の着色実験に対しても、条件設定が恣意的などというが、根本は第1次再審の「長時間味噌の中につけ込まれていたことが明白であ」るという非科学的な予断と偏見の最高裁決定を依りどころにしているに過ぎない。
ねつ造の疑いは、5点の衣類相互の矛盾や袴田の体形に合わない点などの指摘について、「捜査機関がそのような首尾一貫しないねつ造を行ったとするのは不自然」などという。しかし、これは開き直りにすぎない。
その詳細な論証は、第2項以下に展開している。

第2 即時抗告審の審理状況

1 弁護側の強い反対にも拘らず、裁判所は、DNA鑑定につき、本田教授の選択的抽出法の有効性に関する検証実験を決定し、検察側推せんの鈴木廣一大阪医大教授に鑑定を委嘱した。

平成27年12月7日決定-平成28年1月7日鑑定人尋問実施。しかし、鈴木氏は、本田教授の選択的抽出法の具体的な方法も確認しないまま、平成29年2月23日経過報告書、同年6月5日本田鑑定に批判的な最終的鑑定書を提出した。実に1年5ヶ月を要した。
そして、9月26・27日鈴木氏と本田氏の対質尋問が行われた。
結果は、鈴木鑑定は、裁判所の具体的指示に反し、本田鑑定の方法とは器材も用具も溶液の量も異なっていた。結局、裁判所が求めた本田鑑定の検証実験の体をなしていなかった。尋問直前、弁護人の一人と学生が本田鑑定の手技どおりに追試してDNAを検出できたのに、鈴木鑑定人が検出できなかったことをあれこれ法廷で陳弁したが、納得できるものではなかった。無意味な2年間だったと言えよう。

2 証拠開示

弁護人は抗告審の審理開始直後から様々な未提出証拠の開示を求めてきたが、意味のある開示は、後述する取調べ録音テープ24巻の開示であろう。他事件では応じることがあるのに、証拠リストの開示すら裁判所に勧告されても、最後まで応じなかった。
焼けた紙幣に関しての未開示証拠、松下文子の別件記録も、一切応じなかった。これらは原決定が指摘した清水郵便局で発見されたという焼けた5万円入り封筒のねつ造疑惑を一層深めるものである。
この録音テープは、供述心理学の第一人者である浜田寿美男氏に鑑定を依頼し、その鑑定書も提出ずみである。

第3 審理結果

1 本田鑑定人のDNA鑑定(=細胞選択抽出法)の有効性が裏付けられ、原決定に誤りがないことが実証された。

鈴木鑑定は、経過報告においては電気泳動上DNAは消失している、これはレクチン溶液にDNaseというDNA分解物質が含まれているからで、DNA検査にレクチンを使用することは禁忌と記載し、この本田鑑定否定の内容をマスコミにリークさえしていた。ところが、最終報告では、新鮮血痕を検体とするチャートにはDNA型が検出されていたし、陳旧血痕の場合DNA型は検出されなかったか、検出されたDNAは極めて少数であった。しかし、検出されていることには変わりはない。
鈴木鑑定と本田鑑定の差違は、鈴木鑑定人が本田鑑定人の方法-実験の全過程-とは異なる方法を用いたからだということが尋問において明らかになった。
詳細は意見書34~39頁。
要するに、鈴木鑑定人は、すべての実験において本田氏の細胞選択的抽出法と何一つ同じ条件で実験を行なっていない。裁判所の鑑定の委嘱事項(検証)に違反しているのである。
尋問においても、何故異なる条件で実験したか、その合理的説明はなかった。鈴木氏は、本田鑑定人の方法の検証はあえて行わず、自分独自の方法を実施してその優越性を誇示したかっただけと推測される。
なお、抗Hレクチンは、前記弁護人と学生の実験でも使用しており、単に量と使用方法の問題にすぎない。
DNaseの問題について補足すれば、抗Hレクチン試薬に限らず、自然界の到るところに存在する。DNA鑑定においてDNaseの影響を取り除く措置を講じていることは常識である。
又、鈴木鑑定人が自分の結果と一致するという名市大青木意見書のチャートは、様々に操作されており、2人が利用した名市大の陳旧血痕は、複数のDNAが混じった混合資料の疑いが濃厚である。

2 5点の衣類の色に関する証拠を新証拠とした原決定に誤りはない。

この問題について、検察官の原決定批判が的外れであることは、すでに反論ずみであるが(平成26、12、18 反論書3)、当審で提出された新たな証拠によっても、原決定に誤りがないことが確認された。
検察官の味噌漬け実験(中西意見書 検151)でも血痕は黒色に変化している。すなわち、味噌漬けにした日にちの経過により赤みが消えて色が濃くなり、427日後(1年2ヶ月後)は殆んど黒色といってよい状態である。弁護団が原審で行なった第2及び第3味噌漬け実験の結果と同一である。
これは、確定判決が掲げる佐藤秀一鑑定書添付の写真及び検20の写真の血痕の色調(一見して血痕と分かる赤みが残る)とは完全に異なる。
この血痕の赤みが消え黒色に変化するのはメイラード反応による(花田智意見書 弁212)。原審の弁護人実験は、科学的裏付けがあったのである。
検察官が引用する齋藤意見書(検65)は、本件の味噌タンクに漬け込まれていた条件と異なり,北里大学の研究室の棚で保管しているなど血痕斑の色調変化の一般論を語ったものにすぎない。
又、同意見書が条件次第で1年2ヵ月味噌漬けにされていたものと評価しても不自然ではない、というのは実験によるものではなく、単なる感想にすぎず、弁護人の実験=科学的にも説明可能な褐変への批判にはなっていない。
さらに言えば、5点の衣類は返品された残存味噌に長期間漬かっていたはずであり(岩田竹治報告書 弁43)、発見された衣類の色は、薄すぎて不自然である。
検察官の主張は、残存味噌の中にあったことを前提としておらず、完全に的外れである。
むしろ検察官の実験(弁212・写真27、28)は、このことを裏付けており、かえって原決定を補強している。
なお、検察官が当審でくり出した橋本商店の元従業員らの味噌の色が薄かったなどと述べる供述は、ことごとく40年以上前のあやふやな記憶にすぎず、客観的な実験結果を覆すものではない。原決定の「血液が付着した後1年以上もの間1号タンクの中に隠匿されていたにしては不自然」との判断は正当であり且つ常識的である。結局、発見から遠くない時期に投入されたとしか考えられず、捜査機関によるねつ造の可能性を疑った原決定に誤りはないのである。

3 新証拠である取調録音テープから明らかになった袴田の違法な取調べ状況

開示されたテープは、袴田の長時間の取調べの一部にすぎないが、捜査官の一方的証言がまかり通っていた取調べ状況について、可成りな程度客観的状況を明らかにすることができた。その委細は、意見書67~72頁。 [#e896cae0]
主任取調官松本久次郎の公判証言が偽証であったこと、同人に口裏を合わせて取調べに当った松本義男、住吉親、岩本広夫らが偽証していることが明らかになった。
テープは、さらには袴田をトイレにも行かせず食事もろくに摂らせず取調べたこと、弁護人との接見をも盗聴していたこと、連日長時間の取調べが続き、睡眠時間をとらせず、体調不良というより病人状態であったことが判明したのである。
そして、これら一連の取調べが示すことは、捜査側は、確たる証拠もないのに、ひたすら袴田に自白を迫っていたこと、時に誘導も交えて供述を創り上げていったこと、県警本部作成の「捜査記録」が言うように「犯人は袴田以外に居ない」という捜査方針のもとに取調べに当っていたこと、証拠のねつ造は、かかる違法な捜査の行きついた結果であることが判る。

4 即時抗告審で明らかになったその他のねつ造証拠

1)清水郵便局で自白後に発見された封筒入り現金のねつ造
原決定は、「捜査機関がねつ造したものとの疑いも払拭できない」「袴田の供述を~引き出しそれに合致した証拠をねつ造したとして時間的経過は十分説明が可能である」と判断していた。
この判断が正鵠を得たものであったことを取調べテープが裏付けた。
すなわち、松下へ預けたという供述誘導のカラクリは意見書91~96頁で明らかにしている。
9/6の取調べテープ1-07A17頁に、松本が、預けた「相手の人の名前を言えない~松下か」岩本「それならそれでいいじゃないか」と押しつけている。そして、袴田に「松下文子」と言わせるまで執ように迫り、1-10-B-1 5頁で「5万円ぐらい」という数字は、取調べ官小倉がまず口に出し、袴田にそれを言わせるのである。
紙幣の番号が焼かれていることを含め、検察官の弁明は何ら納得できるものではない。
弁護人がその真相を明らかにするため関係証拠の開示を求めても検察官が一切応じないのは、ねつ造のカラクリの露見を恐れたこと以外に考えられない。
2)右足脛の傷については、確定2審判決が鉄紺色ズボンのカギ裂き傷との整合性を強調しているが、両者の形状が合致していないことに加え、弁護人が当審で明らかにしたように、逮捕時かかる右足脛の傷がなかったことから、却ってズボンがねつ造であることを浮かび上らせたのである。

5 原決定までの証拠によって明らかになったねつ造を否定する検察官の主張に対する反論

その詳細は、意見書104頁以下にあるとおりである。
即ち、端切、はけないズボン、ズボンを脱いでステテコに直接血痕が付着したとの勝手な想定による検察官に迎合した血痕の付着状況に関する齋藤意見書(検65)の不合理、袴田の右肩の傷と半袖シャツ、長袖シャツや作業衣の破れとの矛盾は、ねつ造の可能性を強めるのである。
又、5点の衣類の出現はパジャマ中心の証拠と矛盾し、ねつ造を否定するとの主張は、正にヤケクソ的主張であり、冒陳変更の自己否定である。
緑色のパンツに関する主張も、母親が会社から送り返された荷物の中にあった袴田の緑色パンツ(ゴム通し穴の形状が5点の衣類中のものと異なる)を法廷に提出しており、何ら反論になっていない。

6 無罪を推認する新たな証拠

取調べ録音テープは、その取調べの異常さを示すとともに、吉村検察官作成の自白調書が証拠能力なく、排除されるべきものであり、全ての自白調書が無実の者が虚偽の自白に至る過程であると分析する浜田意見書(弁202)と相まって、袴田が無実であることをこれ以上なく明らかにするものである。浜田意見書が裁判官の自由心証主義を侵害するかのような論は傲慢以外の何物でもない。

第4 結語

本件即時抗告が何ら原決定を揺るがすものではなく、むしろ当審で開示された取調べ録音テープやその他の証拠により、原決定の正しさを強固にするものであった。検察官の即時抗告の無謀さと不当さが万人の前に明らかになっただけである。
弁護人は、さらに証拠開示や証人尋問を求め、あるいは再審事由の追加申立をするなど袴田の完全無罪と権力犯罪の全面的解明を追究してきたが、今は一刻も早い再審開始の確定と再審公判への移行を求めるものである。
*賛助会費、年末募金のご協力ありがとうございました。
土屋翼、清水信之、石川元也、江川紹子、串崎浩、早船寿美子、久保智史、瑞慶覧淳、
以上の方々から賛助会費、年末募金のご協力がありました。ありがとうございました。

 今後の主な事件の日程 

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2月 4日 北陵クリニック筋弛緩えん罪事件全国支援集会
午後1時半から 仙台弁護士会館
2月 5日 北陵クリニック筋弛緩えん罪事件:仙台高裁要請(午前10時)
2月 5日 今市事件公判 東京高裁(午前10時半から正午)
     東京高裁要請(午後2時)
2月 6日 今市事件公判 東京高裁(午前10時から午後5時まで)
2月 6日 天竜林業高校成績改ざん事件要請行動(宣伝=正午から、要請13時半)
2月19日 あずみの里「業務上過失致死」事件(長野地裁松本支部10時から)
2月24日 袴田事件再審開始確定をめざす全国集会
     東京YMCAホール(13時半から16時半) 参加費500円
2月27日 松橋事件弁護団特別抗告意見書提出行動(最高裁正面15時予定)
2月27日 名張毒ぶどう酒事件要請行動(名古屋高裁13時半、高検15時)
3月14日 布川事件国賠裁判(東京地裁103号法廷 13時15分から)
3月15日 名張毒ぶどう酒事件要請行動(名古屋高裁13時半、高検15時)
4月 7日 名張毒ぶどう酒事件全国支援集会(名古屋市「ウイルあいち」にて13時半)

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